大連税關⑧建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
出版者   大満州国建国紀念写真帖刊行部
出版年月日 昭和9
p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/5

  目  次
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/746

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
《大連海關⇒大連關税徴収處⇒大連税關》
昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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上段左から
刀根ハツエ  齊藤 重子  加藤スミ子
竹下 敏子  川口 文子  松下ミドリ

孫 通 善  榎本  淸  石井 敏夫
小川  洋  上野 秀雄  劉 信 貴

田村 平作  長友  霞  井上  敏
岩崎 健克  中尾  薫  浦川 淸志

大竹 岩雄  川畑 友吉  王 經 鑄
宮原 庭雄  堀田  端  磯野 俊一

白 天 民  曹 國 苓  宇田川芳郎
哈 增 悦
p778【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p778【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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昭和八年 大同二年 十二月三十一日 編輯
昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
編輯・印刷 山崎鋆一郎
兼發行者  和歌山市小松原通一丁目五番地
印刷所   大正寫眞工藝所
      和歌山市小松原通一丁目五番地
發行所   大正寫眞工藝所内
      大滿洲國建國紀念寫眞帖刊行部
      和歌山市小松原通一丁目五番地
配本所   大正寫眞工藝所新京營業部
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大連税關⑦建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
出版者   大満州国建国紀念写真帖刊行部
出版年月日 昭和9
p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
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昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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上段左から
野見 山厚  竹橋 正人  三城 六郎
井田  忠  岡本 謹爾  渡邊  恒

坂口 正廣  干   騫  尚 傳 福
趙 乾 仁  末藤 一百  魏 政 謙

王 本 富  王 宗 田  王 華 普
方 廣 昌  坂本 輝雄  呂 作 富

屋敷 淸子  馬 殿 甲  李 勝 和
邵 繼 昌  李 明 遠  一杉ノリ子

阿部カナメ  山田外喜子  吉倉  久
杉井 愛子  吉川美代子  立川 久美
p774【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p774【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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昭和八年 大同二年 十二月三十一日 編輯
昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
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大連税關⑥建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
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出版年月日 昭和9
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
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昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
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上段左から
宮本 元槌  西崎 良子  中島 壽枝
香川伊津子  寶賀千代子

藤本  昇  山口 淸一  大谷 勇雄
神殿 倢平  瀧本治三郎  山口 六郎

森  修平  石村  司  根本  祐
板倉 門治  堀田 @輔  @:糸+直
池崎 豊喜

竹内 末治  田中  篤  尼田 常藏
小越 淸弘  能仁 俊夫  方 錫 珠

刈谷 一郎  渡邊 泰通  島田  保
山崎 秀夫  金 平 吉  坂本  直
p770【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p770【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
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大連税關⑤建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
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出版年月日 昭和9
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
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上段左から
下元兎喜雄  太田滿洲男  高木 悦三
松久保實雄  中川眞規二郎 關  雄一

陳 厚 芳  白 貴 讓  臼井 義雄
野田 三郎  望月  明  高橋伴次郎

平井 義晴  關根 豊重  速水 健三
岡安 政雄  服部 齊洋  劉 源 盛

小林クニヱ  木村 八重  直江 惠子
高橋ミツヱ  木村 信次  西村  實

水之江百合子 高橋 房子  和登 妙子
小森 末子  村井 敦子  高山 初英
p766【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p766【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
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兼發行者  和歌山市小松原通一丁目五番地
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大連税關➃建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
出版者   大満州国建国紀念写真帖刊行部
出版年月日 昭和9
p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/5

  目  次
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/746

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昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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上段左から
鮑 紹 博  井出口新一  内藤 幸市
石栗 宏作  西山 嘉一  西久保秀輔

坪内 直巳  岩永  勇  眞藤 松吉
猶原 義明  伊東 弘曹  今村 憲雄

廣崎 健一  佐竹  隆  吉富 良夫
湯淺 一男  奥田 篤二  朝倉  充

橋口 福松  澁谷 文明  玉好 藤秀
林  達夫  國岡  嚴  弓場 兼雄

平山  豊  大島 敏雄  葛西  誠
三上 皎一  横田 武敏  田原 秀穗
p762【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p762【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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昭和八年 大同二年 十二月三十一日 編輯
昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
編輯・印刷 山崎鋆一郎
兼發行者  和歌山市小松原通一丁目五番地
印刷所   大正寫眞工藝所
      和歌山市小松原通一丁目五番地
發行所   大正寫眞工藝所内
      大滿洲國建國紀念寫眞帖刊行部
      和歌山市小松原通一丁目五番地
配本所   大正寫眞工藝所新京營業部
      新京曙町四丁目六番地
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/1242
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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泉谷祐勝(早大出)立幅跳 一等 2メートル73センチ 第五回国際オリンピック大会予選競技会 明治44年11月

【明治期における神戸の健脚競走に関する史的研究
  (神戸商科大学研究叢書 ; 46)】
著者    棚田真輔 著
出版者   神戸商科大学経済研究所
出版年月日 1994.1
p1神戸の健脚競走に関する史的研究
〔画像〕p1神戸の健脚競走に関する史的研究
https://dl.ndl.go.jp/pid/13193633/1/1

  2 第五回国際オリンピック大会予選競技会
神戸生まれの東京高等師範長の嘉納治五郎のもとに、
駐日フランス大使のジェラールから、
P.Dクーベルタンの
第五回オリンピック・ストックホルム大会への
参加を勧める意向を伝えられたことが、
「大日本体育協会」を設立させる切っ掛けを作った。

明治44年7月になって
「大日本体育協会」の名称で、
わが国の競技スポーツを代表する
団体が誕生したのであった。

大日本体育協会は、最初の事業として
第五回国際オリンピック大会予選競技会の開催を決定し、
明治44年11月18・19日の両日、
東京市郊外羽田の新設された競技場で
行うことを公表すると共に、
全国の競技者に次のような
競技会応募の檄をとばして、
アピールをしたのであった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/13193633/1/147

2)泉谷祐勝の活躍
彼は、早稲田の野球部がアメリカ遠征した時、
メンバーの主力として加わった人で、
この時は卒業生としての資格で、
大会には百米競走と立幅跳に出場した。

兵庫県神戸高等学校が発行した
『会員名簿』によると、
旧神戸一中の明治35年・第三回卒業生の項に、
泉谷祐勝の氏名が、
のちの神戸一中の校長となった
池田多助らと一緒に記載されている。

それから通常の4年間早稲田大学で学んだとすれば、
明治40年の春には大学を卒業している事になる。

また、同校の同窓会誌の第12号には、
彼の住所が神戸の元町三、善照寺となっており、
同第14号では、
東京、第一師団第一連隊第七中隊第四班となり、
明治43年7月発行の第19号には、
「泉谷祐勝君 正にベースボールのシーズンに入りたれば、
 遊園地草青きところに、
 君の英姿を見る亦遠きにあらざるべし。
 聞く君は かの米油取扱店なる
 スタンダード商会に勤務せられると。」
の記載があった。

上記の『会員名簿』によると、
住所は東京都杉並区荻窪一丁目55となっており、
早稲田大学を卒業してから、
一時軍隊に入隊し、
その後アメリカの石油会社のスタンダード商会に就職して、
ずっと東京で生活したものらしい。

また、
この『会員名簿』の第七回卒業欄に野球部で活躍した
佐々木祐哲の氏名があるが、
その行に生田区山本通5の77の1、
善照寺住職とある。

泉谷の4歳下の弟がこの佐々木で、
名前を後に勝磨とあらためている。

さて、問題のオリンピック予選大会における
彼の競技成績は、以下の通りで、
実に輝かしい活躍であった。

百米競走
 予選第一回 一着 泉谷 祐勝(早大出) 11秒5分の1
       二着 木場貞一郎(東大)
 決   勝 一着 三島 弥彦(東大)  12秒
       二着 明石 和衛(東大)
       三着にも木場貞一郎が入り、
       東京帝国大学がこの種目で上位を独占し、
       泉谷は彼らに敗れてしまった。

立幅跳
 決勝 一等 泉谷 祐勝(早大出) 2メートル73センチ
    立幅跳で制覇したが、
    この種目の審判及び競技規定は、
    以下のようになっていた。
     -略-

写真Ⅳ-2 泉谷祐勝が立幅跳で授与された優秀記録証
p148泉谷祐勝が立幅跳で授与された優秀記録証
〔画像〕p148泉谷祐勝が立幅跳で授与された優秀記録証
https://dl.ndl.go.jp/pid/13193633/1/148

の規定(略)に従って競争されたものであったが、
栄えある競技大会での全国制覇であったにもかかわらず、
肝心のオリンピックの代表選手には選抜されなかった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/13193633/1/149

明治期における神戸の健脚競走に関する史的研究
1994年1月20日 印刷
1994年1月25日 発行(非売品)
著 者 棚田 眞輔
発行所 神戸商科大学経済研究所
    神戸市西区学園西町8丁目2番地の1
印刷所 交友印刷株式会社
    神戸市兵庫区水木通9丁目1-34
https://dl.ndl.go.jp/pid/13193633/1/178
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2013年03月16日07:41
[泉谷祐勝:夫人 鎭子:池田章政(実父」茂政(養父)]
【早稲田大学紳士録. 昭和15年版】
明治三十九年 大學部 政治經濟學科卒業
※明治39年(1906)
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《泉谷祐勝》県立神戸商業時代[明治31年末]乾行義塾[明治15年 英国宣教師フオスの設立]応援出場【保健体育学研究 (2)】1974-03

【保健体育学研究 (2)】1974-03
著者    関西学院大学 編
出版者   関西学院大学
出版年月日 1974-03
p1【保健体育学研究 (2)】1974-03
〔画像〕p1【保健体育学研究 (2)】1974-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/1

  関西学院スポーツ史の研究(Ⅳ)
   倶楽部組織から学校チームへ 米田 満
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/38

  乾行義塾戦の勝利
あの時学院には野球の出来る者は八人だけよりなく、
見物に来た一人、
一高の瀬古君に一塁を守って貰った。

相手の乾行義塾も選手が一人不足で
神戸商業の一人に加はってもらった、
あの時僕等は確かに勝ったね――」
と書いた。

その試合は明治31年6月末に
学院の狭い小石まじりのグランドで行なわれた。
相手になった乾行義塾というのは明治15年、
英国宣教師フオスの設立にかかる
聖公会系のミッション・スクールで、
関西学院と同じく中等教育を授ける各種学校であった。

当時の所在は神戸市内の鯉川筋にあったが、
居留地の外人子弟が多く
仲々に派手な感じの学校であった。
ベースボールの服装もユニフォームから
グラブ、ミットまで立派なものであり、
中にはシューズをはいている者もいた。

関西学院の前時代的な野球スタイルと比べると、
およそ月とスッポンであった。
  -略-
この試合で乾行義塾の方も
8名しかメンバーがいなかったので
神戸商業から1人応援にかけつけたと
乾精末も書いているが、
これがほかならぬ泉谷祐勝であったのだから面白い。
これはのちに乾自身が明言したところによる。

泉谷は明治29・30年と2年間、
学院でベースボールをやり、
この明治31年春から神戸商業に転じて
相も変らず
倶楽部組織のベースボールを楽しんでいた。

乾行義塾のアイダ投手も
関西学院から転じた混血児であったから、
そんなつながりで泉谷の登場となったものであったろう。
泉谷はショートストップの難関を守ったという。

この試合のとき、
普段から選手たちに接触していた
普通部の部長ウェンライトが観戦に来たが、
応援というよりはベースボール党の連中が血気盛んで
よく喧嘩をするので、
それが心配だから見に行ったといわれている。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/39

昭和49年3月25日 印刷
昭和49年3月30日 発行
郵便番号 662
兵庫県西宮市上ケ原1番町1番155号
編集兼 関西学院大学
発行人 塩谷 滋
兵庫県尼崎市北大物町25
印刷所 尼崎印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/63
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《泉谷祐勝》明治29・30年 関西学院、明治31年 県立神戸商業、明治32年 神戸中学、明治35年 早大【保健体育学研究 (2)】1974-03

【保健体育学研究 (2)】1974-03
著者    関西学院大学 編
出版者   関西学院大学
出版年月日 1974-03
p1【保健体育学研究 (2)】1974-03
〔画像〕p1【保健体育学研究 (2)】1974-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/1

  関西学院スポーツ史の研究(Ⅲ)
   ベースボールの芽生え  米田 満
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/34

  倶楽部作りの風潮
明治30年の春に作られた倶楽部のうち、
主なるものとしては
幼年、共和、体育、兵庫、敏馬の五つがあった。
このうち
「兵庫」は兵庫在住の商業生徒が作るもの。
「敏馬」は関西学院内の同好グループであり、
五つの倶楽部の中の二強であった。
この兵庫、敏馬は春以来、
勝っては挑み、負けては復讐し、
という具合で盛んに試合を重ねていたが、
最後に勝を占めた敏馬に対して
神戸中学の二年級を中心とするチームが挑戦してきた。
時は(明治30年)7月初旬、
場所は居留地であった。
その日の選手はつぎの通りであった。
(敏馬倶楽部)
 大松(中堅) 小森(右翼) 田丸(左翼)
 酒井(三塁) 大上(二塁) 鈴木(一塁)
 泉谷(遊撃) 水野(捕手) 後藤(投手)
(神戸中学)
 小林(中堅) 安藤(右翼) 高見(左翼)
 木下(三塁) 土肥(二塁) 岩松(一塁)
 石丸(遊撃) 竹崎(捕手) 石田(投手)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/36

この敏馬倶楽部のメンバーは姓のみ分って
名前の方は不明である。

このうち「酒井」は普通部、
明治31年卒の酒井良太郎であると思われるが、
決定的ではない。
同級生の小川陽一が
酒井良太郎のベースボール党なることを
指摘しているところからの推測である。
同窓会名簿にはこの酒井良太郎ひとりがあり、
他の8名の名前はない。

ただ当時の入舎願をみて、
酒井良太郎(明治27年9月入舎)
後藤政太郎(明治28年入舎)
小森 栄吉(明治28年10月入舎)
大松 善吉(明治29年4月入舎)
田丸 宗一(明治30年4月入舎)
泉谷 祐勝(明治30年春入舎、2年)
大松 善吉(明治30年5月入舎、 1 年)
などの名があるので、
これらの人々ではなかろうかと想像するのみである。
このうち、大松善吉の名が2回出てくるが、
大松は落第して明治30年春、
再び一年生であったのだろう。

ただこの中で
「泉谷」だけは多くの人々の言によって
「泉谷祐勝」だと断言できる。
泉谷祐勝はいうまでもなく、後年、
早稲田大学の名選手となり、
明治38年春、初めてアメリカに遠征して
日本野球史を飾る一員となった。

彼は明治29・30年は関西学院在籍、
明治31年に県商に転校、
明治32年春、今度は神戸中学三年に転じ、
ここで神戸中学の名手として対外人戦に活躍した。

卒業後、明治35年、早大に入学、
その秋から野球部に投じて
明治20年以来の一高時代に終止譜を打たせ、
早慶時代を開く中心選手となった。

その弟、佐々木勝麿は神戸中学から慶應に進み、
兄弟そろって名手の名をほしいままにした
神戸球界の元老である。

なお、中学の遊撃「石丸」は
のちの神戸銀行頭取、岡崎忠雄氏である。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/37

昭和49年3月25日 印刷
昭和49年3月30日 発行
郵便番号 662
兵庫県西宮市上ケ原1番町1番155号
編集兼 関西学院大学
発行人 塩谷 滋
兵庫県尼崎市北大物町25
印刷所 尼崎印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/2264044/1/63
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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大連税關③建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
出版者   大満州国建国紀念写真帖刊行部
出版年月日 昭和9
p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/5

  目  次
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/9

第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/746

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
《大連海關⇒大連關税徴収處⇒大連税關》
昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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上段左から
間庭織之助  森田 鶴吉  山田豊次郎
神下  勝  張   桐  齊藤太郎治

曲 知 新  竹下 藤吉  甲田 一誠
田中 通明  桐澤 伊藏  岡田三九生

前田 武雄  毛利  正  若山 節夫
内田 鋌治  小笹 益造  齊藤 秀松

加藤 竹治  宮崎 五郎  黄 國 光
原口  茂  石原 次郎  南出 陽一

前田素盞雄  谷村  武  加藤達次郎
平田 五郎  末次 長平  中野 辰三
p758【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p758【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/758

昭和八年 大同二年 十二月三十一日 編輯
昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
編輯・印刷 山崎鋆一郎
兼發行者  和歌山市小松原通一丁目五番地
印刷所   大正寫眞工藝所
      和歌山市小松原通一丁目五番地
發行所   大正寫眞工藝所内
      大滿洲國建國紀念寫眞帖刊行部
      和歌山市小松原通一丁目五番地
配本所   大正寫眞工藝所新京營業部
      新京曙町四丁目六番地
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/1242
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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大連税關②建國の榮光を擔ふ有司【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年

【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
著者    大満洲国建国紀念写真帖刊行部 編
出版者   大満州国建国紀念写真帖刊行部
出版年月日 昭和9
p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p5【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/5

  目  次
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第七章 建國の榮光を擔ふ有司(其四) p746-778/1248

    大連税關
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/746

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《大連海關⇒大連關税徴収處⇒大連税關》
昭和7年9月15日:建國の榮光を擔ふ有司
【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
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上段左から
井上 豊子  李 星 三  玉井 楠夫
坂野明二郎  山崎辰之助  片岡 鈴子

西田千代美  山本 喜三  周 士 超
八森 信子  内藤 貞子  會田昭八郎

太田  正  淸水 重治  八島鐵之助
櫻場 春彦  園田 勝一  新井健二郎

日高 淸彦  芝 國 重  高橋 一雄
福元  信  木村  光  森田良太郎

解 日 寛  草野  豊  野口 武夫
北島彌一郎  石橋 好義  馬 殿 魁
p754【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
〔画像〕p754【大満洲国建国紀念写真帖:日訳】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/754

昭和八年 大同二年 十二月三十一日 編輯
昭和九年 康德元年  九月 十八日 印刷
昭和九年 康德元年 十二月  一日 發行
〔非賣品〕
編輯・印刷 山崎鋆一郎
兼發行者  和歌山市小松原通一丁目五番地
印刷所   大正寫眞工藝所
      和歌山市小松原通一丁目五番地
發行所   大正寫眞工藝所内
      大滿洲國建國紀念寫眞帖刊行部
      和歌山市小松原通一丁目五番地
配本所   大正寫眞工藝所新京營業部
      新京曙町四丁目六番地
https://dl.ndl.go.jp/pid/1688540/1/1242
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