【明治の演芸 8 (明治38年~明治45年) (演芸資料選書 ; 1)】1987
著者 倉田喜弘 編
出版者 国立劇場芸能調査室
出版年月日 1987.12
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/3
明治四十四年
◎五・八夕(大阪時事新報)
西区の興行界に覇を称する
侠客切れの卯之 事 吉田卯之助は、
去る三月中旬より病気に罹りて服薬中、
心臓に腫物を生じ、
大阪病院に於て治療に手を尽したる効なく、
八日午前五時、
六十九歳を一期として死去したるが、
同人は彼の有名なる会津の小鉄と義兄弟の縁を結び、
淡熊杯とも親しき間柄(編者注=中略)
四十歳の折、
八千代席といふ落語の小屋を開きしが
抑も興行界に手を出す初めにて、
明治十七年、
当時には珍しき大象を買取り
道々興行して東京に到り、
明治二十二年憲法発布の際、
10. 憲法発布式之図 東京都立図書館
明治22年(1889)の紀元節2月11日、
明治宮殿の正殿において、
大日本帝国憲法の発布式が執り行われました。
其 象を時の海軍大臣西郷邸へ持込み
近代 日本人の肖像
[西郷 従道]生没年
天保14年5月4日 〜 明治35年7月18日
(1843年6月1日 〜 1902年7月18日)
象の芸尽しを縦覧に供したるに、
其時 列席したる三条公の御意に叶ひ、
近代 日本人の肖像
[三条 実美]生没年
天保8年2月8日 〜 明治24年2月18日
(1837年3月14日 〜 1891年2月18日)
「芸能大象」と四文字を揮毫して賜はりたる事あり、
今尚同家の居間に懸額として珍蔵し居れるが、
今は松島の八千代座を始め、
天満座、八千代活動館、八千代浪花節席、
近くは茨住吉神社前に
大劇場歌舞伎座の建築を為したる等、
漸次興行界に重きを為し、
興行の事は一切息子の力松に任せて、
自分は建築請負を業とし居たりと云ふ。
葬式は十一日午後正一時、
西区十返町三十番地・八千代座前自宅より出棺、
阿部野墓地に於て営む由。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/139
演芸資料選書・1
倉田喜弘編
明治の演芸(八)
昭和六十二年十二月二十五日
編集 国立劇場芸能調査室
発行 国立劇場
102 東京都千代田区隼町4-1
03-265-7411
印刷 (有)伸交社印刷
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/196
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2026年04月14日05:05
《吉田卯之助君》故三條公爵より「藝能大象」の綠額を賜ふ
【諸家稜々志】大正4年
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