松村正子「松村一造の妻・父は泉谷祐勝」
松村一造「小野又一の実兄」
小野又一「小野一雄・雄二の父」
松村一造・小野又一「父 松村仙造(真澄) 母 松村墨(小野梓の二女)」
[婦人公論]新年号 第一巻 第一号
婦人公論第一年第一号目次
女子容色美発揮術(額容と髪の結ひ方)・・・伊賀とら・・・二八
女子容色美発揮術(一)
顔立と髪の結方 新橋 伊賀とら子 p28-32
女を若くする日本髪
容貌に相応しい髪形
山の手と上方の髪
髪の質にも頭の形にも
髪の洗ひ方
縮毛の人は束髪が適当
自分の髪に趣味を持ちたい
菊重ねの結ひ方
大正4年12月15日印刷納本
大正5年1月1日発行 (禁転載)
発行兼編輯人 麻田駒之助
印刷人 高木西三
発行所 中央公論社
東京市本郷区駒込西片町十番地
電話 下谷 九一九
印刷所 秀英舎第一工場
東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地
「中央公論社 創業100年記念 反省雑誌改題
中央公論第一号 婦人公論第一号
復刻版(昭和60年10月)」
【大正名人録】島内柏堂編纂 東京黒潮社蔵版
凡例 p3/255
一 本書題して、大正名人録と云ふも、
世間の所謂名人とは、多少その意義を異にせり、
即ち本書の名人とは、
大正六七年の交に於ける名高き人と解すれば可なり。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/3
理髪師(大正七年一月調、イロハ順)p41/255
男子
長谷川與志雄 京都間ノ町御池下ル
鳥海定吉 東京麹町七丁目
大場秀吉 東京芝櫻田本郷町十四
齋藤小三司 東京芝西久保巴町三一
荘司岩三郎 東京京橋宗十郎町一〇
荘司七之助 東京日本橋本町一ノ一四
杉浦浪次郎 剃刀 帝国ホテル内
女子
伊賀とら 東京京橋宗十郎町一一
尾張屋みつ 東京日本橋濱町二ノ一二
門田きみ 東京日本橋檜物町
高橋だい 東京日本橋元大工町三
高木きく 東京小石川表町九二
桑島ちよ 東京京橋宗十郎町一一
小島とり 東京浅草新片町三
荒木とき 東京麹町山本町一ノ八
佐藤あき 東京下谷数寄屋町一三
金原もん 東京浅草公園第六区
岐阜屋やす 東京日本橋箱尾町二 (?)
關口ぶん 東京京橋南金六町一四
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/41
編纂兼発行者 島内登志衛 東京市麹町区土手三番町三一番地
印刷者 佐久間衡治 東京市京橋区西紺屋町二十七番地
印刷所 株式会社秀英舎 東京市京橋区西紺屋町二十七番地
発行所 黒潮社 東京市麹町区土手三番町三一
大正七年二月十八日 印刷
大正七年二月二十一日 発行
大正七年二月二十五日 再版発行
大正七年三月一日 三版発行
定価弐圓五拾銭
送料 (内地 八銭 台湾、樺太二十銭 朝鮮、支那三十銭)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/253
【大正成金伝】
髪結ひ成金桑島千代子 p20-22/101
一萬三千圓を棒に振る
京橋は宗十郎町に
『桑島千代』と標札のかかった小奇麗な家がある。
御主人のお千代さんは
一と云って二と下がらぬ髪結ひの師匠さん、
何業に限らず日本一と云はれる迄には、
そこに非常な技倆と努力とが要る。
ほんにお千代さんは御偉い方ぢや。
お千代さんは其の昔
京橋山城町に名を売った
粕屋御若の一番弟子であった。
死んだ新橋のお愛さん、
今の關口お文さんなどと一緒に
梳手で随分苦しんだものだが、
年期が明けた二十一の歳、
三十間堀に別看板を出して、
小さいながらも間口一軒を構へることになった。
糟糠の夫は重兵衛さん
年収一萬圓
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/919761/20
編輯兼発行人 大迫利亮
株式会社富強世界社代表者
東京市神田区一ツ橋通八番地
印刷人 植田庄助
東京市芝区櫻川町二十番地
印刷所 大高印刷所
東京市芝区櫻川町二十番地
発行所 株式会社富強世界社
東京市神田区一ツ橋通町
大正八年四月十五日 印刷
大正八年四月十八日 発行
定価金五拾銭
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/919761/99
【現代婦人職業案内】主婦之友婦人家庭叢書 第一篇
職業に成功した婦人(その二)写真掲載 p4/68
映画女優として人気ある五月信子嬢。
帝劇の幹部女優森律子嬢。
美髪師として知られる
帝国女子美髪学校長、全国美髪聯盟会長たる佐藤あきさん。
日本最初の美容術師であり、
理容館を経営してをられる遠藤波津子女史。
一生を看護婦として盡した
東京看護婦聯合組合顧問柘植愛子女子であります。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/4
美髪師 p34-35/68
女髪結といって軽蔑したのは昔のことです。
今では婦人美髪師といはれて、
立派な婦人職業として新しい意義を持ってきました。
一流どころの髪結さんになると、
何十萬といはれる財産を拵へて豪儀なものです。
髪結と一緒に美容をやればなほ便利であります。
現在全国に二萬四千七百人餘の婦人美髪師がをります。
主なる結髪師と学校及養成所
桑島千代(東京市京橋区宗十郎町一一)
伊賀とら(東京市京橋区宗十郎町一〇)
關口文子(東京市京橋区南金六町一四)
佐藤あき(東京市下谷区数寄屋町一三)
日本女子美髪学校(東京市神田区表猿楽町二)
東京女子美髪学校(東京市牛込区水道町三二)
東京婦人美髪学校(東京市本郷順天堂横丁)
大場理髪館婦人部(東京市芝区櫻田本郷町一四)
大阪美髪女学校 (大阪市東区玉造東雲町)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/34
編纂者 主婦之友社編輯局 東京市神田区駿河台南甲賀町十七番地
発行者 石川武美 東京市神田区駿河台南甲賀町十七番地
印刷者 竹内喜太郎 東京市牛込区榎町七番地
日清印刷株式会社印刷
発行所 株式会社主婦之友社 東京市神田区駿河台
大正十五年三月十四日印刷
大正十五年三月十九日発行
定価六拾銭
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/65
[真偽二道]著者 発行者 大国美都雄
印刷・製本 (株)富士印刷所 京都府綾部市若竹町41
昭和58年11月10日発行
後に大先生が九州から帰ってこられてからの話に、
震災当日には大先生の身体中に火で焼かれたような赤い傷ができ、
熱い熱いともだえられたということである。
信者の人は東京にもいたから、
それらを救済すべく大先生の精霊が活動された、とも聞いた。
さらに後の話であるが、
東京の銀座に住んでいた
日本一の髪結いさんといわれた伊賀トラさんは、
地震と同時に弟子達を引き連れ、宣伝歌を唄いつつ避難して、
その後京都に住みつき、京都で髪結いを営んでいた。 p90
※ 大先生 出口王仁三郎聖師
※ 震災当日
関東大震災(かんとうだいしんさい)は、
1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒(以下日本時間)、
神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生した
マグニチュード7.9の大正関東地震による地震災害である。
神奈川県を中心に
千葉県・茨城県から静岡県東部までの
内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらし、
日本災害史上最大級の被害を与えた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD
大国美都雄 妻:大国 弘
大国 弘(弘子) 父:松村仙造(真澄) 母:松村墨の長女
松村一造「小野又一の実兄」
小野又一「小野一雄・雄二の父」
松村一造・小野又一「父 松村仙造(真澄) 母 松村墨(小野梓の二女)」
[婦人公論]新年号 第一巻 第一号
婦人公論第一年第一号目次
女子容色美発揮術(額容と髪の結ひ方)・・・伊賀とら・・・二八
女子容色美発揮術(一)
顔立と髪の結方 新橋 伊賀とら子 p28-32
女を若くする日本髪
容貌に相応しい髪形
山の手と上方の髪
髪の質にも頭の形にも
髪の洗ひ方
縮毛の人は束髪が適当
自分の髪に趣味を持ちたい
菊重ねの結ひ方
大正4年12月15日印刷納本
大正5年1月1日発行 (禁転載)
発行兼編輯人 麻田駒之助
印刷人 高木西三
発行所 中央公論社
東京市本郷区駒込西片町十番地
電話 下谷 九一九
印刷所 秀英舎第一工場
東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地
「中央公論社 創業100年記念 反省雑誌改題
中央公論第一号 婦人公論第一号
復刻版(昭和60年10月)」
【大正名人録】島内柏堂編纂 東京黒潮社蔵版
凡例 p3/255
一 本書題して、大正名人録と云ふも、
世間の所謂名人とは、多少その意義を異にせり、
即ち本書の名人とは、
大正六七年の交に於ける名高き人と解すれば可なり。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/3
理髪師(大正七年一月調、イロハ順)p41/255
男子
長谷川與志雄 京都間ノ町御池下ル
鳥海定吉 東京麹町七丁目
大場秀吉 東京芝櫻田本郷町十四
齋藤小三司 東京芝西久保巴町三一
荘司岩三郎 東京京橋宗十郎町一〇
荘司七之助 東京日本橋本町一ノ一四
杉浦浪次郎 剃刀 帝国ホテル内
女子
伊賀とら 東京京橋宗十郎町一一
尾張屋みつ 東京日本橋濱町二ノ一二
門田きみ 東京日本橋檜物町
高橋だい 東京日本橋元大工町三
高木きく 東京小石川表町九二
桑島ちよ 東京京橋宗十郎町一一
小島とり 東京浅草新片町三
荒木とき 東京麹町山本町一ノ八
佐藤あき 東京下谷数寄屋町一三
金原もん 東京浅草公園第六区
岐阜屋やす 東京日本橋箱尾町二 (?)
關口ぶん 東京京橋南金六町一四
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/41
編纂兼発行者 島内登志衛 東京市麹町区土手三番町三一番地
印刷者 佐久間衡治 東京市京橋区西紺屋町二十七番地
印刷所 株式会社秀英舎 東京市京橋区西紺屋町二十七番地
発行所 黒潮社 東京市麹町区土手三番町三一
大正七年二月十八日 印刷
大正七年二月二十一日 発行
大正七年二月二十五日 再版発行
大正七年三月一日 三版発行
定価弐圓五拾銭
送料 (内地 八銭 台湾、樺太二十銭 朝鮮、支那三十銭)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958677/253
【大正成金伝】
髪結ひ成金桑島千代子 p20-22/101
一萬三千圓を棒に振る
京橋は宗十郎町に
『桑島千代』と標札のかかった小奇麗な家がある。
御主人のお千代さんは
一と云って二と下がらぬ髪結ひの師匠さん、
何業に限らず日本一と云はれる迄には、
そこに非常な技倆と努力とが要る。
ほんにお千代さんは御偉い方ぢや。
お千代さんは其の昔
京橋山城町に名を売った
粕屋御若の一番弟子であった。
死んだ新橋のお愛さん、
今の關口お文さんなどと一緒に
梳手で随分苦しんだものだが、
年期が明けた二十一の歳、
三十間堀に別看板を出して、
小さいながらも間口一軒を構へることになった。
糟糠の夫は重兵衛さん
年収一萬圓
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/919761/20
編輯兼発行人 大迫利亮
株式会社富強世界社代表者
東京市神田区一ツ橋通八番地
印刷人 植田庄助
東京市芝区櫻川町二十番地
印刷所 大高印刷所
東京市芝区櫻川町二十番地
発行所 株式会社富強世界社
東京市神田区一ツ橋通町
大正八年四月十五日 印刷
大正八年四月十八日 発行
定価金五拾銭
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/919761/99
【現代婦人職業案内】主婦之友婦人家庭叢書 第一篇
職業に成功した婦人(その二)写真掲載 p4/68
映画女優として人気ある五月信子嬢。
帝劇の幹部女優森律子嬢。
美髪師として知られる
帝国女子美髪学校長、全国美髪聯盟会長たる佐藤あきさん。
日本最初の美容術師であり、
理容館を経営してをられる遠藤波津子女史。
一生を看護婦として盡した
東京看護婦聯合組合顧問柘植愛子女子であります。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/4
美髪師 p34-35/68
女髪結といって軽蔑したのは昔のことです。
今では婦人美髪師といはれて、
立派な婦人職業として新しい意義を持ってきました。
一流どころの髪結さんになると、
何十萬といはれる財産を拵へて豪儀なものです。
髪結と一緒に美容をやればなほ便利であります。
現在全国に二萬四千七百人餘の婦人美髪師がをります。
主なる結髪師と学校及養成所
桑島千代(東京市京橋区宗十郎町一一)
伊賀とら(東京市京橋区宗十郎町一〇)
關口文子(東京市京橋区南金六町一四)
佐藤あき(東京市下谷区数寄屋町一三)
日本女子美髪学校(東京市神田区表猿楽町二)
東京女子美髪学校(東京市牛込区水道町三二)
東京婦人美髪学校(東京市本郷順天堂横丁)
大場理髪館婦人部(東京市芝区櫻田本郷町一四)
大阪美髪女学校 (大阪市東区玉造東雲町)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/34
編纂者 主婦之友社編輯局 東京市神田区駿河台南甲賀町十七番地
発行者 石川武美 東京市神田区駿河台南甲賀町十七番地
印刷者 竹内喜太郎 東京市牛込区榎町七番地
日清印刷株式会社印刷
発行所 株式会社主婦之友社 東京市神田区駿河台
大正十五年三月十四日印刷
大正十五年三月十九日発行
定価六拾銭
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019153/65
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
[真偽二道]著者 発行者 大国美都雄
印刷・製本 (株)富士印刷所 京都府綾部市若竹町41
昭和58年11月10日発行
後に大先生が九州から帰ってこられてからの話に、
震災当日には大先生の身体中に火で焼かれたような赤い傷ができ、
熱い熱いともだえられたということである。
信者の人は東京にもいたから、
それらを救済すべく大先生の精霊が活動された、とも聞いた。
さらに後の話であるが、
東京の銀座に住んでいた
日本一の髪結いさんといわれた伊賀トラさんは、
地震と同時に弟子達を引き連れ、宣伝歌を唄いつつ避難して、
その後京都に住みつき、京都で髪結いを営んでいた。 p90
※ 大先生 出口王仁三郎聖師
※ 震災当日
関東大震災(かんとうだいしんさい)は、
1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒(以下日本時間)、
神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生した
マグニチュード7.9の大正関東地震による地震災害である。
神奈川県を中心に
千葉県・茨城県から静岡県東部までの
内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらし、
日本災害史上最大級の被害を与えた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD
大国美都雄 妻:大国 弘
大国 弘(弘子) 父:松村仙造(真澄) 母:松村墨の長女




