《愛國第一號機:昭和7年1月24日》
【爆弾三勇士】昭和7年

【爆弾三勇士】昭和7年
[爆撃の一刹那] p107-114/121
(血湧き肉躍る愛國號の奮戦)

 一、晴れゆく霧 p107/121
『加藤大尉殿。霧が晴れましたぞ!』
格納庫の外で、八木中尉の若々しい聲が聞こえました。
愛國第一號の機體を綿密に檢査してゐた加藤大尉は、
油に汚れた手を拭き拭き外へ出て見ますと、
なるほど朝から深く垂れこめてゐた霧が次第に晴れわたり、
太陽のありかさへぼんやりと見えて來ました。
『よし、うまいぞ!』
物に動ぜぬ加藤大尉の顔にも、 p108/121
アリアリと嬉しさうな色が浮かびました。

時は昭和七年一月二十四日…。
この日わが愛國第一號機は、
打虎山西北方に於て
兵賊討伐中の室師團を援助せんがために、
羽がひの下に爆彈を抱いて、
今正に奉天の飛行場を出發しようとしてゐるのでした。

諸君は既に『愛國第一號機』のことに就いて
お聞きになつたことがありませう。
これこそ國民の愛國的熱情が
凝り固まつて出來上つたものです。

去る大正七年から昭和六年の末までに、
陸軍學藝技術奨勵費として
國民から陸軍へ寄附された金が、
積もりに積もつて約十七萬圓に達しました。
その金も單に金持ち連が出したのではありません。
その日の暮しにも追はれてゐるやうな人々が、
眞に國を思ふの赤心を以て、
苦しい中から寄附したものです。

從つて軍部に於ても、
なんとかしてこの金を生かして
使ひたいものと考へてゐる最中、
恰も滿洲事變が突發しましたので、
直ちにこの金をもつて優秀な爆撃機を作り、
これの『愛國第一號機』の名稱を與へたのでした。
從つて愛國號の機體の中には、
國民の熱い血潮がそのまゝ脈を打つて流れてゐる
と云つてもいゝでせう。

愛國第一號機は、全部金屬製で、
全體に草色のカムフラージが施されてゐます。
(カムフラージといふのは、迷彩を譯され、
 敵の目をごまかすために塗られた不規則な色どりです)

發動機は四百五十馬力のもが二基備へつけられ、
どちらか一基が故障を起こしても、
尚他の一基だけで飛行を續けることが出來ます。

愛國號の主なる役目は、
敵の陣地や軍隊に爆彈を投下するのですから、
左右の翼の下、及び胴體の下部に、
合計十六箇(四五〇キログラム)の爆彈を
抱いてゐます。 p109/121
この爆彈は操縦席にあるスヰツチ一つで、
左右いづれのものでも、
自由自在に落とせるやうになつてゐます。

又、愛國號は、前、後、下の三箇所に
機關銃を備へつけてゐますから、
たとひ敵の戰闘機に襲撃された場合でも、
十分に應戰することが出來るのでした。

空中戰を行ふについて最も必要なことは、
速度が早いといふことゝ、
上昇力(僅かな時間で高い所まで昇る力)が
強いといふことですが、
愛國號はこの點についても
申分のない優秀な飛行機なのでした。

愛國號は昭和七年の一月十二日に立川を出發し、
同十五日のお昼頃に奉天の飛行場に到着しましたが、
その翌々日の十七日には、
早くも彰武附近に於て
兵賊團に最初の爆撃を行ひ、
すばらしい初陣の手柄を立てたのでした。

そして、今日こそ
その第二回目の出陣の日なのでした。

 二、爆彈を積んで……
日は次第に高く上つて來ました。
飛行場の片隅に張られたテントの中から、
飛行服に身を固めた岩下中佐の姿があらはれました。
濃い眉の下には、いかにも軍人らしい鋭い眼が光つてゐます。

『加藤君、どうぢやな。機關(エンジン)の工合は?』
『ハイ、申し分ありません。
 霧もこの分なら十時過ぎには
 すつかり晴れてしまふだらうと思ひます。』
『爆彈は?』
『二十五キロのを十四個だけ積みました。』
『よし、では出發しよう。』 p110/121

寒い朝でありました。
格納庫の外へ引き出された愛國號は、
朝の冷たい空氣の中に双翼を伸ばせるだけ伸ばして、
悠然と深呼吸をしてゐるやうでありました。

指揮官たる岩下中佐は、
一番うしろの機關銃手の席に就き、
その直ぐ前には内地からはるばると
愛國號を輸送して來た加藤敏雄大尉が、
副操縦者として乘り組んでゐます。

大尉は陸軍第一の名飛行士……。
ことに戰闘機の操縦にかけては、
殆ど神のやうな技倆を持つた方です。
今回愛國號が成るに及んで、
まづ第一にその榮ある操縦者に選ばれたのを見ても、
その腕前の程がうかがえるでせう。

加藤大尉の前には、
關東軍飛行隊の八木中尉……
數多き飛行隊の勇士の中から、
愛國號の正操縦者として選ばれた方です。

又、機首の偵察席には、
八木中尉と同じく英氣潑溂たる川守田中尉が、
この日は爆撃係りとして、
爆彈投下機のスヰツチを受け持つてゐます。
3-愛国第一号 p110
(1)川守田中尉 爆撃係
(2)八木中尉  正操縦者〔関東軍飛行隊〕
(3)加藤大尉  副操縦者〔110〕
(4)岩下中佐  指揮官 機關銃手の席
 ×印 敵彈ヲ受ケタ所

午前十時二十分。
八木中尉の合圖につれて、 p111/121
愛國號はスルスルと滑走をはじめ、
やがてふわりと舞ひ上つたと思ふと、
たちまち西北の方に機首を向けて、
ちぎれちぎれに飛ぶ雲の間に姿を消してしまひました。

 三、壯絶!爆撃の一刹那 p111/121
 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1720587/111

 四、危ないかな! p114/121
 ―略―
その後愛國第一號は、
滿洲の空を縦横に飛翔して、
到るところで殊勳をたてましたが、
今は事變の一段落するに及び、
○○の飛行場にその機翼を休めてをります。
昭和七年三月二十八日印刷
昭和七年四月  十日發行
愛國美談叢書(1)
《爆彈三勇士》
◇定價金五十錢◇
(送料十錢)
著 者 久米元一
發行者 齋藤 保
    東京府瀧野川町中里一二七番地
印刷者 巧藝印刷所
    東京市京橋區西八丁堀一ノ四ノ四
發行所 合資會社 金の星社
    東京市本郷區根津片町五
    電話 下谷 三八五二番
    振替 東京三二六九二番
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇