[のきしのぶ]随想集『乃き志のぶ』杉村 伸:平成元年
[のきしのぶ]] p1-4
落語に――
熊さんが、縁あって京都の公卿さんのお嬢さんを、お嫁にもらった。
三つ指ついての礼儀正しい挨拶から、何から何まで面食らうことばかり。
その中で、
「おい、今夜のおかずは何だ」と聞くと、
「はい、ややととにござります」というので見ると、
いりじやこが三四尾のっていた。
「オイ、今朝のおかずは」と聞くと、
「はい、のきしのぶにござります」というので見ると、
たくあん漬けの押しにした大根の菜っ葉であって、
びっくりする――
という話がある。
これは、幕末時代の江戸下町の庶民は、裏長屋に住んで、
着るものは仕事着のはんてんと、
寒くてもゆかた一枚位しか持たなくても、
食うものは、生きの良い魚河岸からの鯛の刺身を食っていたのに、
京都の公卿は、気位のみ高く、
起居動作も典礼があり見栄をはるが、 p2
食事の方はまことに粗末であったことを、
落語で笑い話にしたものであった。
山に囲まれ平野に乏しく、海に遠い京都では、食物は乏しかった。
それを色々に工夫したのが、あの風味豊かな京料理である。
したがって同じ干物でも、京都で味わう干物はうまい。
若狭がれいでも京都のものは塩加減といい、やおらかさといい、
なんとも言えぬ味があるが、
それが神戸へ来ると塩からく味が落ちてしまう。
戦前、京都駅前の丸物百貨店に、
親戚の『アトベ』が神戸から店を出していたので、
いつも買って来て貰ったものである。
それで、江戸では煮だしに使ういりじゃこを、
京都ではお膳の魚に用いるのであるが、仲々おいしいものである。
小さいので幼魚として、
京の公卿言葉で「ややとと」と申したのである。
ややとは幼児ということである。
一方、「のきしのぶ」というのは、
「たくあん」を漬ける時に上と下に敷いたり、
かぶせたりする干した大根の葉のことである。
普通、これは捨ててしまうものである。
ところが、これを水洗いして塩気をとり、
若干の味の素に「うす口」の醤油をかけたのを、
暖かいご飯、 p3
―それもなるべく「こしひかり」がよく合うようだ―
の上にのせて食べると、これほどうまいものはない。
ことに前夜、
宴会などで味のきつい料理で飲み食いしてきた翌朝には、
これ程さわやかな食事はないであろうと思われる。
私がこれを知ったのは、
結婚した五十年前、
私の家内の生家である
京都府船井郡高原村下山という
丹波丹後の国境の雪の多い山地の旧家でのことであった。
両国への分水嶺で、
水は北へ流れては由良川として日本海に入り、
南へ流れては保津川として嵐山の名流となる。
一村、本家を中心にした同姓の村での代々の豪族であった。
そこで初めてこの味を知った。
落語を聞いたのが先か、里で食べたのが先か、
五十年後の今日、記憶にないが、
田舎ではもちろん、
牛か豚かの食料にでもしていたであろう
この大根の葉っぱが、
神戸のハイカラなお兄さんからの宣伝で次第に評判になり、
今では村のかいわいで、食べもしないのに、
「神戸のお兄さん」の「のきしのぶ」と、
持てはやされるようになった。
漬物の好きな私は、
町内の懇意な漬物屋さんにも時々この落語を聞かせて、
これを頼むのであるが、 p4
なかなか思わしいものが手に入らぬ。
もっとも市販の漬物では、
あの自然な味が出て来ないのでもある。
最近、末娘の相手が越後生まれで、
生家が農家であるので、
正月前になると、
母堂の心のこもった漬物とともに
「のきしのぶ」が送られてくる。
相当に塩がきいているので、塩抜きをして戴くと、
昔の自然の懐かしい風味が出てくる。
よく考えて見ると、葉っぱは本来、葉緑素を含んでいる。
これが糠でしっかり漬けられ糠を吸収する。
白米は、一字にすると粕であり、糠は健康な米である。
そしてこれを晩秋の強い日光で干すから、
紫外線をたっぷり吸収する。
こう考えてくると「のきしのぶ」は、
決して枯れた葉っぱではなく、
大した健康食であるとも思われる。
大正の初め、母校神戸二中で、
沢庵漬亡国論を説いた博士先生に、
「日の丸弁当」の日本兵が勝ちましたよと
反論したことを思い出した。
「のきしのぶ」礼賛の弁仍如件。
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〔奥付〕
杉村伸随想集 のきしのぶ
平成元年十月一日発行
著者 杉村 伸
兵庫県神戸市中央区熊内町九の二の一八
電話 〇七八(二二一)四四一九
〒六五一
製作 講談社出版サービスセンター
東京都文京区音羽一の二の二
電話 〇三(九四一)五五七二
〒一一二
印刷 信毎書籍印刷株式会社
製本 株式会社 松栄堂
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松村一造(伯父)の蔵書より
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