[近代日本の最高の政治教育家 小野 梓]
伊藤 勲・上智法学論集(昭和四七年一二月)
恵存 小野雄二様
[近代日本の最高の政治教育家 小野 梓]
~生誕一二〇年を記念して~
伊藤 勲
上智法学論集 第一六巻 第二号(昭和四七年一二月)抜刷
四六頁-四七頁
(2)伝記として…等がある。
外国人の研究としてアメリカ人
Sandra T.W.Davis博士の論文が委曲をつくしている。
戦後、早稲田大学高野善一氏の編纂した
新資料にもとづいて研究した
最も詳細な伝記である。
この研究により昭和四三年、
ペンシルヴェニア大学から
Ph・Dの学位を授与された。
英文六百余枚で、
その中の一部は
「小野梓―明治の知識人」
(『明治文化全集』第二十八巻「国憲汎論」)として、
また
「小野梓と共存同衆」
(『早稲田大学史紀要』第二巻第二号・昭和四三年)、
「教育思想家・小野梓」
(『早稲田学報』昭和四三年六月号)
として発表された。
将来、全文が邦訳される筈である。
現在、ニューヨークHunter Collegeの教授で、
日本の近代政治史を研究している学者である。
※別稿に記載

〔画像〕抜刷-四七-2
四八頁
又一の長男雄二は現在、 ※長男⇒二男
京都工芸繊維大学の学生である。(13)
五八頁
(13) 又一氏のことについて、
ノートルダム女学院教諭
シスター・メリー・キャーレン
(立花寛子様)から教えていただいた。
および、
ノートルダム女学院父母の会
『清流』(昭和四七年二月二六日)参照。 ※下記

〔画像〕抜刷-五八-2
一〇九頁
むすび
小野梓は極めて短い生涯中に、
血を吐く病魔と、
火を吹く力も無い生活と闘いながら、
政治に、学問に、教育に、
はたまた平和のために、
満腹の抱負と理想をいだき、
その実現に情熱を燃やしつづけた。
彼の抱負と理想は不幸にして、
生存中、美しい花を咲かせることはなかった。
しかし、梓によって一度、
蒔かれた数々の種子は枯れることなく、
つまれることなく、
多くの人々に承けつがれ美しい花となり、実となり、
また開花せんとしている。
今日、われわれは立憲政治、民主政治の下にあって、
文物制度進歩の光に浴しているのは、
梓が病弱の身体をなげうって尽瘁した
無限の余徳であることを知らなければならない。
この意味において、
小野は近代日本文化の先覚者であり、
パイオニアであったと言えよう。
去者日日に疎くして、
梓の名前は漸く忘却の彼方に追いやられようとしている。
けれども、憲政上に、教育上に残した余風は、
彼の仁徳と共に讃えられ、
消えることなく、燃えつづけ、
千秋に語り継がれるであろう。 (おわり)
(本学法学部教授)

〔画像〕抜刷-一〇九-2
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[清流]第24号《小野先生を偲ぶ》
『シスター メリー キャサリン』p4
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