我國の放送【ラジオ年鑑. 昭和17年】日本放送協會
【ラジオ年鑑. 昭和17年】
我國の放送 p24/340
アジアの盟主たるわが國は、
アジアに於て最も組織化された放送事業を有して居り、
聽取者數、放送局數、使用電力、使用周波數に於て、
他のアジア諸國を遥かに凌駕して居るのであつて、
ヨーロツパ諸國によつて植民地化
若くは半植民地化されたるため、
土着民族のための放送を建設し得ないばかりか、
逆に植民地政策の具として利用される放送を
餘儀なく聽取せしめられてゐる
アジア諸國の中にあつて、
唯ひとり巍然として
歐米の放送に拮抗し得るエネルギーを有してゐる。
而して支那事變勃發以來、
展開する刻々の狀勢に卽應して
國内放送を着々充實し、
政府諸般の政策の周知徹底、
時局認識の強化、
與論の統一につとめると共に、
前線銃後の緊密な連繋をはかるため、
戰況の速報、
現地中繼放送・錄音放送を實施し、
演藝放送に於ては白衣の勇士を慰問し、
銃後の士氣を昂揚する番組を編成した外、
對
外放送陣を更に擴充して、
東亞の新狀勢を正確に報道し、
デマを排撃すると共に
公正なる道義國策を對外に宣明し、
一方防共盟邦間の文化提携を行ふ等、
我が國の放送は國策の線にそつて
その優秀なる機能を發揮して來たのである。
一般に放送の社會的影響は、
聽覺より來る印象が迅速に意識の中に溶解するため、
やゝもすれば看過され勝ちであるが、
放送は實に深い影響を近代社會に及ぼして居り、
放送の偉力に隨伴して
數々の新しい現象が生起しつゝあることに
目を注ぐべきである。
愛國行進曲、露營の歌、愛馬進軍歌、
つはものの歌、太平洋行進曲、隣組の歌等、
事變以來如何に數々の歌が、
ラジオを通じて全國津々浦々まで迅速に流布され、
出征兵士の士氣を昂揚し、
銃後の結束を強めるに役立つたことか。
これ等のメロデイが
わが國民の不屈の意志と態度と心情を表現するものであり、
老いも若きも共に唱和する
民衆的な精神の武器であることを知らねばならぬ。
又 側近者、親近者の狹い範圍に知られてゐた
政府要人の聲が、
山間僻地に住む農夫や漁夫の耳朶にも響き、
時局に關するニユースや講演が
如何に國民心理の動向を左右してゐることか。
放送は實に一億國民を一瞬にして抱擁し、
これを同一の思考と感情の響の中に置く
國民指導の近代的な武器であると共に、
戰時下にあつては姿なき大砲である。
事變勃發當時、
抗日抗戰のデマ放送が通州事件の慘事を惹起してより、
軍放送無線の建設、
放送監督處の接収により、
着々對蔣放送宣傳戰が展開され、
重慶の戰勝デマ放送は漸次その力を失ふに至り、
一方租界内電波工作によつて
反日放送は更に粛淸されるに至つた。
而して和平建國の熱血溢るる放送が行はれてより、
本年春
中國放送協會の設立に至るまで、
大陸に於ける放送工作は輝かしい成果を擧げてゐる。
而してその間
戰地皇軍慰問團の數は、
數へきれない程
多數に上り、
一流の歌手、指揮者、音樂家、文學者が相次いで
マイクの前に立ち、
前線慰問放送を實施し、
銃後の熱誠を表白してゐる。
昭和十六年度の放送事業に於て注目すべき出來事は、
前線向短波放送の開始、
東亞中繼放送の擴充、
國内番組の刷新充實、
農村聽取者の開發であつて、
これ等については各項に於ける詳細なる記述に譲るが、
隣組常會の放送が企畫されたことは
放送の運用に於ける劃期的進展といはねばならぬ。
昭和十七年 ラジオ年鑑
定價金一圓參拾錢
昭和十六年十二月二十五日印刷
昭和十六年十二月 三十日發行
編輯者 社團法人 日本放送協會
松田儀一郎
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發行兼 株式會社 日本放送出版協會
印刷者 和田利彦
東京市芝區田村町一丁目四番地
發行所 株式會社 日本放送出版協會
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