【支那事変と思想戦】〔5/8〕内閣情報部長 横溝光暉氏述・昭和14年
【支那事変と思想戦】
(五)支那の宣傳と國際的影響 p14-15/22
所で支那の宣傳戰が第三國にどう云ふ風に響いたかと
云ふことを一二申上げます。
支那のデマ宣傳には現に日本人でさへも
眞實かと思ふ人がある、
支那からのデマ宣傳を聽いて
つひ引掛かる、
況や外國に居つて事情に暗い人は澤山引掛つたものです。
吾々の噴飯に堪へないやうなことでも
誠しやかにやるもので、
つひ事情の分らぬ人は本當と思ひ込んでしまふ、
所で今度は寫眞に付てお話申上げますると、
宣傳を効果あらしめるのは
寫眞が一番良いことは言ふ迄もない、
そこで贋の寫眞が非常な威力を發揮した
と云ふことを申上げて見ませう。
是は昨年の九月二十八日だつたと思ひますが、
亂暴な贋の寫眞が全米に撒布されました。
それは支那人が木に釣下げられて
日本兵が銃劍で突いて居ると云ふ寫眞であります。
此寫眞は全く贋寫眞で、
日本兵がそんな事をやつたのでも何でもない、
それは支那側がA・Pの特派員を詐つてアメリカに送らせ
A・Pの株主である二千の新聞紙に撒かれた、
是は誰もが眞實なものと思ひまして
排日空氣を非常に煽つたのであります。
而も偶々其時分
日本の潜水艦がジヤンクを撃沈したとか、
非戰闘員を空爆したと云ふやうな
デマ宣傳が傳つて居つた時でありましたから、
唯さへ排日氣分が盛な所へ是が行きましたもので
非常な効果を擧げまして、
遂にルーズベルト大統領の
あの有名なシカゴ演説となつた。
ハル國務長官の如きは
日本を指して條約違反者とも言ひ、
侵略者と云ふ言葉まで使つて居る。
是等は皆此寫眞が動機となつたと云ふ風に、
寫眞と云ふものは全く宣傳力の偉大なものであります。
―略―
昭和十四年二月 十日印刷
昭和十四年二月廿五日發行(非賣品)
編輯兼 熊本市城見町一番地
發行者 熊本中央放送局
代表者 永松善次
印刷所 熊本市紺屋今町四一番地
合名會社 博文舎印刷所
印刷者 右 同 所
角 安次郎
擧つて国防 揃つてラヂオ
ラヂオ普及運動
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇