株式會社 藤本ビルブローカー銀行
藤本ビルブローカー證券株式會社(昭和8年1月1日より)
【大阪案内記:近畿陸軍特別大演習記念】昭和7年
【大阪案内記 : 近畿陸軍特別大演習記念】昭和7年
株式會社 藤本ビルブローカー銀行 p122-123/134
大阪市東區北濱五丁目三四
電話本局 五九〇〇番 五九〇一番
五九〇二番 五九〇三番
五九〇四番 五九〇五番
五三二番 五三三番
五三四番
創 立 明治三十九年十月十六日
資本金 三百萬圓(全額拂込濟)
重 役 會 長 谷村一太郎
專務取締役 横田 義夫
常 務 松葉 恭助 三輪小十郎
取締役兼支配人 内村 保
監 査 役 八木與三郎 柳 廣藏 桑原 虎治
當行は明治三十九年十月十六日
資本金五十萬圓を以て創立され、
超えて四十年三月、一百萬圓に增資、
本邦唯一のビルブローカー銀行として、
特異の機能を發揮し、
漸次其營業殷賑を加ふることゝなり、
大正七年六月には、
現資本金三百萬圓に增資して今日に迨んでゐる。
當行の營業主目は銀行部にあつては、
主としてコールマネー、コールコーン、
手形割引、預り金、諸貸出其の他銀行業務一般の取扱、
また證券部にありては、
有價證券の賣買引受及び募集取扱、
不動産賣買及び貸借の仲介その他一般證券業を取扱ひ、
此種金融機關としては、
其創業の古きと信用の博大なる點に於て、
夙に財界に重きを爲してゐる。
輓近世界的の經濟界不况に災され、
如何なる事業と雖も、多少の難色あるを否まれないが、
別して當行の如き營業
内容を有するものは、
その陣容が大なれば、
大なる程それだけ打撃も亦大なるわけで、
期年營業不振の狀態に在るは深き同情に値する。
而もこの不况の渦中に在つて、
敢然孤壘を殊守し
昨昭和六年上期迄は引續き株主配當を行ひ、
表面極めて平靜裡に營業を持續しつゝある一事は、
以て當行の基礎の手堅きと、
重役諸氏が手腕の凡ならざる左券なるべく、
我等の最も敬服に堪へざるところである。
當行大阪本店の直屬機關として、
支店の業務を取扱ひつゝあるは、
東京、京都、名古屋等を首めとし、
横濱、神戸、金澤、福島、岡山、
廣島、門司、福岡の各都市に置かれ、
全國的に金融網を張り、
本店の活動と共に地方金融界、
證券界に貢献するところ頗る多きを見るは、
此年不况の財界に在つて尠からず人意を強ふするところである。
猶、當社が何れは證券會社として、
新生命を開拓すべき事は、
久しく財界の話題であつたが、
愈々此程名稱變更に對する主務省の諒解を得たので、
明年一月一日より藤本ビルブローカー證券株式會社と改稱し、
宛然雞肋の觀ありし銀行業務を廢止する事となつた。
昭和七年十二月一日印刷
昭和七年十二月五日發行
著作兼 恒次 壽
發行人 大阪市東區岡山町三六二
印刷人 橋本正隆
大阪市西區阿波座上通三丁目一五
印刷所 橋本兄成社
大阪市西區阿波座上通三丁目一五
發行所 國勢協會
大阪市東區岡山町三六二
電 話 東 二四〇二番
振替口座 大阪三七七一七番
【日本全国諸会社役員録. 第41回(昭和8年)】
藤本ビルブローカー證券株式會社 p356-357/978
(藤本ビルブローカー銀行變更)
大阪市 東區北濱五丁目
設 立 明治三十九年十月
資本金 參百萬圓(拂込濟)
―略―
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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