2019年08月

靖国神社の新祭神 誉れの一万二千七百九十九柱 きのう「合祀」発表さる:大阪朝日新聞 1940.3.26(昭和15)

新聞記事文庫 軍事(49-085)
大阪朝日新聞 1940.3.26(昭和15)
靖国神社の新祭神
誉れの一万二千七百九十九柱
きのう「合祀」発表さる
大阪朝日新聞 1940.3.26(昭和15)

事変下五たび迎える靖国神社春の臨時大祭は
来る四月二十三日の招魂式に次いで
二十四日から五日間軍事参議官塩沢幸一海軍大将を
臨時大祭委員長として厳かにとり行われるが、
新合祀の英霊については所属部隊または関係官庁からの上申に本づき
陸、海軍両当局の手で手続中のところ御裁可あらせられ合祀仰出されたので
二十五日午後四時陸、海軍両省からその氏名が発表された、

新に祭神の列に加る護国の英霊は満洲事変および支那事変関係のうち
昭和十三年五月末日までに戦死、戦傷病死などを遂げた
陸、海軍軍人および軍属で
陸軍一万二千六百二十九柱、
海軍百七十柱
合計一万二千七百九十九柱に上っている

そのうち陸軍側は満洲事変関係の合祀者が
佐野竹男歩兵大尉以下五十一柱、
満洲事変関係特別合祀者が
小笠原保太郎砲兵大佐以下二百七十九柱、

支那事変関係の合祀者が井手竜男少将以下一万八百八十五柱、
同特別合祀者が儀我誠也少将以下千四百十四柱、

また海軍側は今事変関係が得猪治郎中佐以下百十二柱、
今事変関係特別合祀者が上原徳次郎中佐以下五十四柱、
満洲事変関係が四柱である 

昨秋までに靖国神社に合祀された祭神は十六万六千六百一柱で、
今回の第五十六回臨時大祭で祀られる新祭神を加えれば
祭神は総計実に十七万九千四百柱に達するわけである、

なお今回の合祀者中には軍神西住戦車長や
その機は天覧の光栄に輝いた大内稔砲兵少佐の燦たる名前も見え、
また軍属中には
通訳、傭人、工人、鉄道技手、野戦郵便局員、厨夫などもあるが
昭和十三年五月末日までの戦没者にして
いまだ合祀の運びにいたらないものも多少あり、
これについては軍当局では手続きを急ぐことになっている

合祀者(佐官以上)

陸軍の部
△少将    儀我誠也(東京)   井手竜男(福岡)
△歩兵大佐  成島栄寿(山梨)   厚地与一(金沢)
△砲兵大佐  小笠原保太郎(金沢)
△輜重兵大佐 梅住栄太郎(高田市)
△歩兵中佐  加村旭(松江)    益田兼英(東京)  細見三郎(茨城)
       青木国男(□城)   下川義一(福岡)  宇根本四六(呉)
       岡本岩男(鳥取)   浅井敏夫(岐阜)  児森高槌(小倉)
       河野通(大分)    荒井豊吉(長野)  武藤恒雄(岐阜)
       亀谷貞朝(奈良)
△騎兵中佐  森本浩(防府)
△砲兵中佐  筧●郎(岐阜)
△工兵中佐  栗本進(京都)
航空兵中佐 柴鉄熊(鹿児島) ※下記
△獣医中佐  日高万寿夫(宮崎)  鈴木冨治(宮城)
△歩兵少佐  金子鹿八(福島)   佐賀房吉(島根)  桑原忠治(防府)
       剱持精一(山口)   古沢喜兵衛(宮崎) 千場英喜(熊本)
       大園庄蔵(鹿児島)  青柳長六(山形)  土佐喜一郎(新潟)
       佐分利和雄(福山)  藤田弥五郎(兵庫) 岡本隼之助(兵庫)
       福井重幸(鳥取)   中川胤良(鳥取)  秋崎近蔵(鳥取)
       谷内利晴(高知)   小野村庄三(茨城) 小泉寅三(水戸)
       今井勘作(埼玉)   関愛人(長野)   恒吉幸雄(鹿児島)
       伊藤明衛(長野)   近藤亦男(千葉)  杉野勝一(門司)
       田中嘉衛(三重)   小柳音次郎(福岡) 高橋堅右衛門(宮城)
       西垣健治(兵庫)   片山佳美(鳥取)  明田重三(佐賀)
       木村幹夫(熊本)   藤林保之(津)   大宮錠太郎(名古屋)
       中島俊夫(高知)   指宿通春(鹿児島)
△騎兵少佐  武田正武(水戸)   牧野威(東京)
△砲兵少佐  三宅八百一(岡山)  三谷安(高知)   伊藤要平(福岡)
       秋山貞造(東京)   中村良夫(岡山)  吉元勝紀(佐賀)
△工兵少佐  松田喜久馬(千葉)  佐藤庄二郎(山形)
△航空兵少佐 河村清(岐阜)
△憲兵少佐  諸島米作(佐賀)
△軍医少佐  小野寺寅之進(宮城) 

海軍の部
△中佐 得猪治郎(富山)      上原徳次郎(福岡)
△少佐 瀬戸口源右衛門(鹿児島)  川久保尚忠(鹿児島) 

 その他の合祀者は関係地方版に掲載しました 
データ作成:2015.3 神戸大学附属図書館
データ作成2015.3 神戸大学附属図書館
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2019年08月30日 03:37 ◆『アジア歴史資料センター』
[航空兵團死歿者人名表]昭和12年7月15日~昭和13年2月28日
[戰時旬報 第二十三號]
自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p32/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  兵団司令部   階 級  航 少佐  特 業  
氏 名  柴 鉃熊    原所属  熊 校
死歿月日 昭和一三年一月二五日
死歿概要 德県ニ於テ戰斗行動中
     自動車事故ニ依リ重傷死亡ス
空 中     地 上  ○
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[航空兵團死歿者人名表]昭和12年7月15日~昭和13年2月28日[戰時旬報 第二十三號]

[航空兵團死歿者人名表]昭和12年7月15日~昭和13年2月28日
[戰時旬報 第二十三號]

第二五部ノ内四號  p1/39
軍事極秘 用濟後焼却
[戰時旬報 第二十三號]
  五月上旬(自五月一日 至五月十日)
    第四飛行團司令部
C16120314400-01
〔画像〕C16120314400-01

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p32/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  兵団司令部   階 級  航 少佐  特 業  
氏 名  柴 鉃熊    原所属  熊 校
死歿月日 昭和一三年一月二五日
死歿概要 德県ニ於テ戰斗行動中
     自動車事故ニ依リ重傷死亡ス
空 中     地 上  ○
 ―略―
C16120314400-32
〔画像〕C16120314400-32

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p33/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛 二 大隊  階 級  航 伍長  特 業  
氏 名  高野久雄    原所属  飛 五
死歿月日 昭和一二年九月一八日
死歿概要 貨物自動車ニヨリ兵器々材ヲ輸送中
     悪路ノ反動ニヨリ墜落重傷ヲ負ヒ死亡ス
空 中     地 上  ○
 ―略―
C16120314400-33
〔画像〕C16120314400-33

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p34/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛 五 大隊  階 級  航 少尉  特 業  爆撃
氏 名  渕野鉃次    原所属  飛 七
死歿月日 昭和一二年九月二一日
死歿概要 保定爆撃出動中敵彈ヲ受ケ不時着ノ際
     重傷ヲ負ヒ後送中死亡ス
空 中  ○  地 上
 ―略―
C16120314400-34
〔画像〕C16120314400-34

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p35/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛 六 大隊  階 級  航 伍長  特 業  
氏 名  菅野幸男    原所属  飛 七
死歿月日 昭和一二年一二月四日
死歿概要 爆撃場偵察中狙撃セラレ
     病院収容中死亡ス
空 中     地 上  ○
 ―略―
C16120314400-35
〔画像〕C16120314400-35

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p36/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛 九 大隊  階 級  航 軍曹  特 業  
氏 名  八木省二    原所属  飛 六
死歿月日 昭和一三年二月二〇日
死歿概要 右ト仝ジ
  ※右 山西省大原東南楡社附近ノ
     敵ノ根據地覆滅ノ任務ヲ以テ出動中
     敵彈ヲ受ケ發動機脱落シ敵中ニ突入戰死ス
空 中  ○  地 上
 ―略―
C16120314400-36
〔画像〕C16120314400-36

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p37/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛勤一中    階 級  航 少佐  特 業  
氏 名  川本守人    原所属  飛 二
死歿月日 昭和一二年九月二八日
死歿概要 河北省新樂上空ニ於テ飛行場偵察中
     頭部貫通銃創ヲ受ケ遂ニ戰死ス
空 中  ○  地 上
 ―略―
C16120314400-37
〔画像〕C16120314400-37

自昭和十二年七月十五日 至昭和十三年二月二十八日  p38/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年二月二十八日
             於北京航空兵團司令部
現所属  第二野廠    階 級  雇員  特 業  
氏 名  石原 實    原所属  飛 一
死歿月日 昭和一二年九月三日
死歿概要 偵察機警戒ヲ命セラレ巡察中狙撃セラレ
     腹部貫通銃創ヲ負ヒ入院加療セシモ死亡ス
空 中     地 上  ○
 ―略―
 計   八八  空中 四六 地上 四二
C16120314400-38
〔画像〕C16120314400-38

自昭和十三年三月一日 至昭和十三年三月十日  p39/39
[航空兵團死歿者人名表] 昭和十三年三月十日
             於北京航空兵團司令部
現所属  飛 六 大隊  階 級  航 曹長  特 業  
氏 名  伊保重明    原所属  飛 七
死歿月日 昭和一三年三月八日
死歿概要 西安飛行場上空ニ於テ敵戰斗機ト交戰中
     盲管銃創ニ依リ肚烈ナル戰死ヲ遂グ
空 中  ○  地 上
 ―略―
C16120314400-39
〔画像〕C16120314400-39
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件名標題(日本語) 戦時旬報 第23号 第25部の内4号
          第4飛行団司令部 5月上旬
          (自5月1日 至5月10日)
階層 防衛省防衛研究所>陸軍一般史料>陸空>支那方面>
   第4飛行団戦時旬報綴 其2 昭13.5~13.8.上
レファレンスコード C16120314400
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『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2019年08月31日 04:20 ◆朝日新聞社
靖国神社の新祭神 誉れの一万二千七百九十九柱 きのう「合祀」発表さる:
大阪朝日新聞 1940.3.26(昭和15)
△航空兵中佐 柴鉄熊(鹿児島)
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元山海関税務司代理ゼー、ヱフ、オイセン氏今般当港駐在英國領事代ニ任セラレ受任:明治30年10月13日

元山海関税務司代理ゼー、ヱフ、オイセン氏
今般当港駐在英國領事代ニ任セラレ受任:
明治30年10月13日
元山領事館 二等領事 二口美久

丗年十月二十日接受   p19/93
公第一六九號      受第一二一〇四號
当港海関税務司代理ゼー、ヱフ、オイセン氏
今般当港駐在英國領事代ニ任セラレ受任候㫖
本月十一日同氏ヨリ通知有之候
此段申進候敬具
          在元山
明治三十年十月十三日 二等領事 二口美久
 外務次官 小村壽太郎殿
<在朝鮮國元山港日本領事館>
 B18010575400-19
〔画像〕B18010575400-19
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件名標題(日本語) 1.英吉利国
階層 外務省外交史料館>戦前期外務省記録>6門 人事>
   1類 官制及官職>9項 雑>
   外国政府諸官員異動報告雑纂/第一巻
レファレンスコード B18010575400
[画像数 93]
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『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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【職員録. 明治30年(甲)】
○外務省   p40/375
大 臣    西 德二郎
次 官    小村壽太郎
○元山領事館 p44/375
二等領事   二口 美久
外務書記生  高雄 謙三   飯野 俊一
       石山 登    高橋 新治
警 部    朝枝 澄江   梅崎辰太郎
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2019年08月26日 04:55 ◆小川清秀 イギリス人[ジョージ・ノット]
[一名ノ税関吏一戸三名ニ過キザルニモ拘ハラス]
元山報告 明治30年10月15日
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]①
曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について
:英国総領事館御中

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]②
駐日英国大使館副領事、阿久津貴史様からの回答
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京都帝国大学 菱川正武君 椹木義一君 田賀喜一君【日本機械学会誌】第42巻 第266号 昭和14年5月

京都帝国大学 菱川正武君 椹木義一君 田賀喜一君
【日本機械学会誌】第42巻 第266号 昭和14年5月

 日本機械学会會誌
  第四十二巻 第二百六十六号
    昭和十四年五月
 【日本機械学会誌】第42巻第266号表紙
〔画像〕【日本機械学会誌】第42巻第266号表紙

日時 3月16日(木)午後6時
場所 中央電気倶楽部
   大阪市北区堂島中2丁目9番地

講演(2) 軸受に関する一二の実験
      正員 佐々木外喜雄君 (京都帝国大学)
      准員 鳴瀧良之助君  (同 学 生) 講演者
      准員 菱川正武君   (同 学 生)
 
講演(4) 金属の内部摩擦による変形と速度との関係
      (30分)幻燈使用
      正員 西原利夫君   (京都帝国大学)
      准員 椹木義一君   (同 学 生) 講演者
      准員 田賀喜一君   (同 学 生)
 【日本機械学会誌】第42巻第266号菱川・椹木・田賀_p1
〔画像〕【日本機械学会誌】第42巻第266号菱川・椹木・田賀_p1

 准員より正員に資格変更者
   特別員
   賛助員
   准 員
 【日本機械学会誌】第42巻第266号菱川・椹木・田賀_p2
〔画像〕【日本機械学会誌】第42巻第266号菱川・椹木・田賀_p2
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蓮元憲城・英人ライト税關長・石川馨・宮木又七【大陸発展策より見たる元山港】大正11年

蓮元憲城・英人ライト税關長・石川馨・宮木又七【大陸発展策より見たる元山港】大正11年

【大陸発展策より見たる元山港】高尾白浦 著 大正11年(1922)

△明治十五年四月
 蓮元憲城なる靑年あり頗る鮮語を能くす。
 彼常に貿易を盛ならしむる途は鮮民に接近し
 彼我事情に相通ずるに在りと唱へ
 茲に到り我靑年數名と共に安邊附近に出遊し
 偶々土民と衝突し衆寡敵せず
 他の靑年は免れたるも彼れ踏留まり終に殺さる。
 間行里程一里以外の故を以て顧みられず。

△明治十七年二月一日
 最惠國條約に依り元山港は各國互市場となり
 税關事務を開始す
 英人ライト税關長たり。
 されど外國商人は未だ隻影だに無し。

△明治十七年五月
 兒童敎育の爲め有志者相謀り小學敎育所を
 東本願寺別院内に設け同院輪番石川馨
 これが敎育及び管理者たり
 是れ小學校の萌芽なり。
 p44-45
〔画像〕p44-45

元山里に於ける公立尋常高等小學校
舊民團に於て元山里方面よりの通學兒童增加の趨勢に應ずべく
分校設立の計畫があつた。
偶々學校組合令實施となりしを以て之を組合に繼承し
組合は元山里上洞に地を相して校舎を新築し
大正四年二月を以て開校した。
 p80-81
〔画像〕p80-81

元山尋常高等小學校
 元山尋常高等小學校
〔画像〕元山尋常高等小學校

元山中學校
 元山中學校
〔画像〕元山中學校

明治十六年に至り最惠國條約に均霑するに至り
元山も各國互市場となるに至り
明治十七年二月税關事務を開始した。
是より英人ライトなる者最初の税關長と爲り
明治三十九年に至るまで常に外人税關長の下に
海關事務を處理せられた。
明治三十九年韓國を保護國として其の外交を統監の手に収めた結果
同年二月宮木又七元山税關長となつて以後は我邦人の手にて
海關事務を掌管する事になり其れより今日に至つた。
 p94-95
〔画像〕p94-95

大正十一年三月三十日印刷
大正十一年四月二十日發行 定價 金貮圓
著作兼 朝鮮元山府城洞一番地ノ三
發行者 高尾新右衞門
印刷者 東京市京橋區宗十郎町十五番地
    中島丑之助
印刷所 東京市京橋區宗十郎町十五番地
    東京國文社
發行所 朝鮮元山府仲町一丁目六番地
    東 書 店
 奥付
〔画像〕奥付
国立国会図書館/図書館送信限定 図書 高尾白浦 著 (東書店, 1922)
この資料は、著作権の保護期間中であるか、
著作権の確認が済んでいない資料のためインターネット公開をしていません。
閲覧を希望される場合は、国立国会図書館または図書館送信参加館へご来館ください。
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2016年10月12日 03:41 ◆小川清秀 イギリス人[ジョージ・ノット]
[英国人ライト本港海関長ニ被任赴シテ]明治16年11月12日

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2016年09月16日 10:50 ◆小川清秀 イギリス人[ジョージ・ノット]
[元山港:最初に英國人[ライト]が稅關長となった]明治17年(1884)
http://blog.livedoor.jp/kazuo1947/archives/6531591.html

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2013年08月30日 11:23 ◆小川清秀 《小川清秀:履歴書》
[韓國元山港:元山公立小學校ノ略沿革:明治32年(1899)3月末調]
[備考:元山公立小學校ノ略沿革]  p11/38
明治十三年(1880)ノ開港ニ後ルルヿ五年
即 明治十八年(1885)ニ於テ
當本願寺説教所
主任僧《石川馨》ナル者
二三有志者ノ助力ニ頼リ
寺内ノ倉庫中ニ
数人ノ子弟ヲ集メテ
讀書習字ヲ教授ス
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[一名ノ税関吏一戸三名ニ過キザルニモ拘ハラス]元山報告 明治30年10月15日

[一名ノ税関吏一戸三名ニ過キザルニモ拘ハラス]元山報告 明治30年10月15日

元山報告第12 明治30年10月15日 p2/8
六、英國領事代理
當港ニハ英商ノ居留スルモノナク
一名ノ宣教師ト
一名ノ税関吏一戸三名ニ過キザルニモ拘ハラス
十月十三日
當港海関税務司代理
丁抹(デンマーク)人「ゼー・エフ・オイセン」ニ
當港駐在英國領事代ヲ嘱託シ
受任シタル趣 通知アリタリ
 C10061210100-2
〔画像〕C10061210100-2
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件名標題(日本語) 元山報告第12
階層 防衛省防衛研究所>陸軍省大日記>
   陸軍省雑文書 兵部省陸軍省雑>陸軍省雑>明治>
   明治30年分 編冊 3 近衛.補充部.会議補給廠.特設部
レファレンスコード C10061210100
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『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
母方の曽祖父:イギリス人[ジョージ・ノット?]―01
[George Nott または Knott]  正確な名前は不明。
[Yoshiiwa Notuto] 小川清久(母の弟)家の過去帳に記載。
[ジョージさん・元山(韓国)税関長] 
母(小野文子)が話していた。小野雄二(弟)談
生年月日 不明
歿年月日 明治34年(1901)4月27日
歿 場所 元山(現 北朝鮮)?
妻    小川エン
生年月日 慶應1年(1865)12月28日(旧暦 慶應1年11月11日)
歿年月日 大正2年(1913) 4月14日 48歳
本 籍  長崎県長崎市十善寺郷242番戸
     長崎県長崎市十善寺郷70番戸 中ノ平4
長 男  小川清秀(ジョセフ)
生年月日 明治25年(1892)11月16日
歿年月日 昭和27年(1952)2月2日 60歳
二 男  小川恒幸(トマス)
生年月日 明治28年(1895)12月1日
歿年月日 ?
長 女  溝口サレ
生年月日 明治32年(1899)9月6日
生年場所 元山(韓国)
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]①
曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について
:英国総領事館御中

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]②
駐日英国大使館副領事、阿久津貴史様からの回答
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[国籍調査のお願い]②駐日英国大使館副領事、阿久津貴史様からの回答

[国籍調査のお願い]②
駐日英国大使館副領事、阿久津貴史様からの回答

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]①
曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について
:英国総領事館御中
[添付資料]PDF:英国籍調査のお願い

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FW: 英国籍調査
2019/08/21 (水) 15:40
YUJI ONO
宛先 小野一雄
味気ない回答が返ってきました。
普通ならば、メールで反応しなかった謝罪から入るのですが、
できない、したくないという拒絶からなので、どうしようもないですね。
資料を返送してくるかな?
京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
小野 雄二

From: Takashi Akutsu
Sent: Wednesday, August 21, 2019 3:05 PM
To: YUJI ONO
Subject: RE: 英国籍調査
小野様
誠に申し訳ないのですが、こちらの業務範疇にございませんので、
他の調査方法を、と申されましてもお手伝いできないことをご理解ください。
阿久津

From: YUJI ONO
Sent: 21 August 2019 14:56
To: Takashi Akutsu
Subject: RE: 英国籍調査
阿久津様
お世話になっております。
お手数をお掛けし申し訳ありません。
貴領事館にお尋ねする方法しか手立てがありませんでしたことご了解ください。
しかし、そちらの方では業務以外の案件になるようですので、
できましたら、他の調査方法を教えていただければと願っております。
よろしくお願いします。
京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
小野 雄二

From: Takashi Akutsu
Sent: Wednesday, August 21, 2019 2:38 PM
To: yujiono
Subject: 英国籍調査
小野様
駐日英国大使館副領事、阿久津と申します。
英国大阪総領事館宛に英国籍調査のお願い、という封書をお送り頂きましたが、
残念ながら駐日英国大使館、大阪総領事館では
そのような業務を行っておりませんので
誠に申し訳なあいのですがお手伝いすることができません。
お役に立つことができず申し訳ございません。
Takashi Akutsu, MBE  阿久津 貴史
Vice Consul 副領事 
 British Embassy Tokyo Consular Section 駐日英国大使館領事部| 
1 Ichiban-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 102-8381| 東京都千代田区一番町1|

 FW:英国籍調査-p1
〔画像〕FW:英国籍調査-p1

 FW:英国籍調査-p2
〔画像〕FW:英国籍調査-p2

※画像追加:2019年(令和1年)8月25日(日)11:00
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[国籍調査のお願い]①曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について:英国総領事館御中

[国籍調査のお願い]①
曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について
:英国総領事館御中


第1回 mail 2019年(令和1年)7月4日(木)9:28
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国籍調査のお願い
2019/07/04 (木) 9:28
英国総領事館御中
初めて連絡させていただきます。
私の母方の曾祖父(英国人)、国際結婚をした曾祖母、祖父について
調査をお願いしたいと思って連絡を差し上げました。
当方で調べた内容等につきましては添付資料をご参照ください。
お手数ではありますが、調査していただければと願っております。
よろしくお願いします。
京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
小野 雄二
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第2回 mail 2019年(令和1年)7月22日(月)19:16
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FW: 国籍調査のお願い
2019/07/22 (月) 19:16
英国総領事館御中
お手数をお掛けしていると思います。
この調査の可能性は如何でしょうか。
私たちの力では限界に達し、
御領事館にお願いするしか考え付きませんでした。
曾祖父を通じて日英の絆ができればと願っております。
何卒よろしくお願いいたします。
京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
小野 雄二
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第3回 封書 2019年(令和1年)8月5日
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英国総領事館御中
在大阪英国総領事 クリス・スチュアート殿
拝啓
猛暑の中、大変お手数をお掛けしております。
約ひと月前に、同封メールを送らせていただきました。
何年か前、私の兄より、貴総領事館に連絡させていただきましたところ、
すぐに丁重な回答をいただき感激したと聞いておりました。
ところが、今回は2週間以上過ぎても連絡をいただけず、
再度メールをさせていただきましたが、まだ回答をいただけておりません。
調査をしていただいていると確信しておりますが、
連絡をいただけない原因として、
メールを受信していただいていないのではないかと不安に思い、
本日郵送させていただきました。
英国と私達家族とのつながりを解明できれば、
更に貴国との絆が強くできるのではないかと期待しております。
大変お手数とは存じますが、よろしくお願いします。 敬具
令和元年八月五日
〒616-8314 京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
      小野雄二

小野雄二様
前略 クリス・スチュアート宛に郵便物をいただきましたが、
すでに離日いたしておりますので、
郵便物をお返しさせていただきます。早々
   英国総領事館
※2009年8月10日着 未開封で返送されて来た。
 英国総領事館20190810
〔画像〕英国総領事館20190810
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第4回 封書 2019年(令和1年)8月10日
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2019年8月10日
英国総領事館御中
前略
今週、貴領事館クリス・スチュアート総領事宛に、同封の資料を送付しましたが、
総領事はすでに離日されたということで、そのまま本日返送されてきました。
郵送させていただいた理由につきましては、同封資料に記載させていただいております。
お手数をお掛けしますが、何卒宜しくお願い致します。
以上
616-8314 京都市右京区嵯峨野秋街道町25-2-403
小野雄二
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
[国籍調査のお願い]②
駐日英国大使館副領事、阿久津貴史様からの回答
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[第四野戦飛行場設定隊]部隊長官 陸軍中尉 栗田武夫:昭和16年7月16日

[第四野戦飛行場設定隊]部隊長官 陸軍中尉 栗田武夫:昭和16年7月16日

 (表)第四野戦飛行場設定隊  p1/4
1 部隊名 高九九五一
指揮官の階級氏名 陸軍中尉 粟田武夫
C12121165500-1
〔画像〕C12121165500-1

 (表)部隊履歴表  p2/4
   部隊名 第四野戦飛行場設定隊(高九九五一部隊)
年 月 日         履  歴          人 員
昭和十六年 七月十五日 岐阜飛行第一聯隊ニ於テ編成サル
            人員 長以下九六名
昭和十六年十二月 四日 台湾鳳山集結(部隊全員)
昭和十六年十二月 六日 馬港入港
昭和十六年十二月 八日 馬港出港
昭和十六年十二月 十日 フイリツピン ビカン上陸
昭和十六年十二月十二日 ラウアグ サンニコラスニ前進
昭和十七年 一月十六日 サルマゲニテ上船リンガエンニ向フ
昭和十七年 一月十八日 リンガエン出発
昭和十七年 二月 二日 盤谷ニ上陸
昭和十七年 二月 五日 スアンカローグ前進
昭和十七年 二月 七日 プランチヤタイ到着
昭和十七年 二月十七日 モールメン到着
昭和十七年 三月 七日 ラングーン到着
昭和十七年三月二十九日 プローム出発(派遣隊)@称
            人員 下村以下二十一名
昭和十七年 五月 五日 アキャブ到着
昭和十七年 六月十一日 ラングーン到着
昭和十七年 六月十五日 マヴェー本隊帰着
            人員 隊長以下九三名
昭和十七年 七月 五日 シェボ到着
            人員 下村以下二十一名
昭和十七年 八月    本隊到着
            人員 本隊以下九三名
昭和十七年十月二十六日 第十四航空情報隊附ヲ命ゼラル
            人員 単独
昭和十七年十一月十一日 ラングーン出発
            人員 単独
昭和十七年十一月十七日 パレンバン第十四航情附
昭和二十一年一月二十日 パレンバン上陸
昭和二十一年一月二二日 ガラム島上陸
昭和二十一年六月二七日 名古屋港上陸 召集解除サル
部隊長官氏名 陸軍中尉 栗田武夫
C12121165500-2
〔画像〕C12121165500-2

(表)第四野戦飛行場設定隊  p3/4
1 部隊名 第四野戦飛行場設定隊
指揮官の階級氏名 陸軍中尉 栗田武夫
C12121165500-3
〔画像〕C12121165500-3

  部隊履歴表  p4/4
    部隊名 第四野戦飛行場設定隊
年月日 昭和16年7月16日
履 歴 岐阜第二聯隊で編成
    満洲、台湾、ビルマ、フイリピン、ヂヤワ方面ニ移動シタリ
人 員 軍人と軍属の編成 八拾名餘
部隊長官氏名 陸軍中尉 栗田武夫
C12121165500-4
〔画像〕C12121165500-4
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件名標題(日本語) 第4野戦飛行場設定隊
階層 防衛省防衛研究所>陸軍一般史料>中央>軍事行政>編制>
   南東方面航空部隊の兵力 及編制資料 其の3(4分冊)
レファレンスコード C12121165500
[画像数:4]
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『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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第四野戰飛行場設定隊「シェウェボ」飛行場整備(ビルマ):指揮官中尉 栗田武男[部隊展開人員表]昭和17年9月30日現在

第四野戰飛行場設定隊
「シェウェボ」 飛行場整備(ビルマ):指揮官中尉 栗田武男
「ミイトキイナ」飛行場整備(ビルマ):指揮官少尉 渡辺喜平
[部隊展開人員表]昭和17年9月30日現在

自昭和十七年九月 一日 調製年月日 昭和十七年九月三十日  p2/2
至昭和十七年九月三十日 總 紙 数 本紙附表共  六八枚
 陣中日誌  十七年 九月號
   第四野戰飛行場設定隊
C16120239400-2
〔画像〕C16120239400-2
件名標題(日本語) 表紙「第4野戦飛行場設定隊 陣中日誌
          昭和17年9月1日~17年9月30日」
階層        防衛省防衛研究所>陸軍一般史料>陸空>3FA>
          第4野戦飛行場設定隊 陣中日誌
          昭17.9.1~17.9.30
レファレンスコード C16120239400
[画像数:2]
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別紙第五  p32/32
  部隊展開人員表  昭和十七年九月三十日現在
飛行場名 「シェウェボ」
指揮官  中尉   栗田武男
將 校  中尉   海野建夫
     中尉   下村俊治
     中尉   瀨戸孝作
     主計中尉 奈良原 翠
 計   五
下士官  曹    八木芳郎
     主軍   秋田太郎
      軍   市村才次
      〃   吉田靜雄
      〃   赤堀睦治
      〃   野田京平
      〃   萩原健次
      〃   原田重次郎
      〃   那須德平
      〃   鈴木幸太郎
     衞軍   加藤照夫
      伍   山本武夫
     主伍   今井理八
     嘱託   内田健正
     〃    鈴木庸成
 計   一五
兵    兵    八百正一郎
     〃    柳平虎芳
     上    芳村三郎
     〃    大澤■三
     〃    高須 榮
     〃    村松義雄
     〃    佃  勉
     〃    宇佐美國雄
     〃    久保田鉄二
     〃    堀田忠義
     〃    松下太一郎
     〃    前枝正吉
     〃    藤森 勝
     〃    藤木正吉
     〃    三澤 一
     〃    森 勇吉
     〃    成瀨 篁
     一、   赤坂岩五郎
     〃    坂口滝男
     〃    萬浪庄治
     〃    小泉芳明
     一、   渡辺市平
     〃    安達榮一
     〃    奥 重太郎
     〃    稲垣義一
     〃    辻本 保
     〃    中澤勝利
     〃    高田得永
     〃    平楠次郎
     〃    佐々木繁雄
     〃    寺尾庄助
     〃    前田晴男
     二、   倉野幸吉
     〃    加藤秀男
     〃    岩田鋭一
     〃    丹羽多能
     〃    増田喜好
     〃    増田今吉
     〃    加藤喜致郎
     〃    岩本繁藏
     〃    小塚貞雄
     〃    葉賀正男
 計   四二
工 員       門脇 久
          村上誠一
          荒川及尹
          尾関新龍
          森田 明
          宮田金清
          高津金太郎
          長瀨源太郎
 計   八
合 計 七〇

別紙第五  p32/32
  部隊展開人員表  昭和十七年九月三十日現在
飛行場名 「ミイトキイヤ」
指揮官  少尉   渡辺喜平
將 校  
 計   一
下士官  軍    竹内 豊
     伍    泉谷富治雄
     技手   坂口末人
 計   三
兵    衛兵   岸村信二
      上   二村七郎
      〃   尾本寛司
      〃   小門藤次
      〃   藤田義松
      〃   斉木正利
      一、  朝倉辰一
      〃   山本行雄
      〃   天野五十治
      〃   金子末治
      〃   小松 守
      〃   岡本長治
      一、  寺腰勝次郎
      二、  佐藤儀一郎
      〃   笹 清美
      〃   佐藤直弥
 計   一六
工 員       櫻井辰則
          浅井正一
          山口利一
          藤井義雄
 計    四
合 計  二四

     [A]   [B]   計
將 校   五   一   六
下士官  一五   三  一八
 兵   四二  一六  五八
工 員   八   四  一二
合 計  七〇  二四  九四
[A]=「シェウェボ」
[B]=「ミイトキイア」
備 考  入院患者ハ掲上セズ
C16120240300-32
〔画像〕C16120240300-32
件名標題(日本語) 4飛設作命 シボ勤作命 別紙
階層        防衛省防衛研究所>陸軍一般史料>陸空>3FA>
          第4野戦飛行場設定隊 陣中日誌
          昭17.9.1~17.9.30
レファレンスコード C16120240300
[画像数:32]
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『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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