<コンピューター雑感 別府祐弘>
[E.ソロモン:財務管理論]古川栄一 監修・別府祐弘 訳:同文舘
平成13年12月25日 15版発行
PDF:[財務管理論](4-6)
コンピューター雑感 p209-211
コンピューターは、
1940年代に米国ペンシルヴァニア大学の院生
(直後にIBM社副社長)によって發明され、
第2次世界大戦中に戦略計画の策定に援用されたことが引き金になって、
その後の驚異的な技術的発展と普及に導かれたことは、
周知のところである。
私とコンピューターとの出会いは、
今から40年近い大昔の院生1年目の秋のことであった。
当時日立製作所が一橋大学に大型コンピューターを寄付してくれ、
その講習会でコボルに取組まされて四苦八苦したのが、
懐かしく思い出される。
その時若気の至りで、講師の日立の社員に、
「こんな高価なものを寄付して、貴社は引合うのですか。
どんな原価計算をしているのですか」
という多少無礼な質問をしたものである。
それに対して彼は平然と答えた。
「原価計算なんてできるものではない。
とにかく国産コンピューター・メーカー6社
全てが真っ赤なのですから、
そしてこの状態が今後10年以上続くことは保証できます。
それにも拘わらず、われわれがこれを造り続けているのは、
もしそれを止めたら、
20年後に売れる製品が無くなってしまうからです。
コンピューターはその使われ方が重要なのであり、
どのような使い方がありうるのかを
大学で試して頂きたいのです。」
半信半疑で聞いていたこの言葉の意味を
その後嫌という程思い知らされたことになる。
1972~74年にスタンフォード大学で在外研究をしたが、
当時既に在外研究目的を
「コンピューター・シミュレーションによる財務計画の編成」
として申請せざるをえなかった程、
われわれの専門領域はその内容を、
コンピューターを前提としたものに激変させていたのである。
〔画像〕コンピューター雑感p209
しかし本場は想像以上であった。
ある夜パロアルトのW.シャープ教授
(資本資産評価理論で1990年ノーベル賞受賞)の家で、
研究室所属の院生を混えてパーティーをやっていたが、
10時を過ぎると皆そそくさと帰り仕度を始めた。
情報処理センターへ行くのだと云う。
何事かとついて行ってみると、
巨大なセンターが深夜に若者でゴッタ返しているではないか。
彼等が一番自由に使えるのは、
この時間から明け方にかけてだからと云うのである。
センターは文字通り、24時間フル回転していて、
これを抜きにして、
大学の研究教育活動のありえない実情を目の辺りにして、
驚嘆したものである。
―略―
別府祐弘「コンピューター雑感」
『成蹊大学 情報処理センターニュース』第35号、1998年11月。
〔画像〕コンピューター雑感p210-211
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