市村昭三先生・村松司叙先生コメント;
〔橋畔随想〕[ノーベル経済学賞]別府祐弘:如水会々報 Jul 2017
市村昭三先生;
残暑お見舞い申し上げます。
天候不順なこの夏をお元気で乗り越えられたましたご様子、
大慶に存じ上げます。
さてこの度は如水会会報7月号に寄稿させていただきました
橋畔随想にお目をとどめていただきました上、
身に余る励ましのお言葉を賜りまして
まことにありがとうございました。
『ソロモン財務管理論』「ノーベル経済学賞」(注3)の出版と
同年の1971年11月7日に、
同年の1971年11月7日に、
ニクソン大統領経済諮問委員として
スタンフォード大学エツラ・ソロモン教授が
来日されたことから全ては始まりました。
「1972年度一杯ワシントンDCでお相手はできないが、
若手で優秀なシャープ教授を紹介するから来なさい」
との勧めにしたがって、
’72年度はシャープ、
’73年度はソロモンの下で在外研究をさせていただいたわけです。
その後シャープの助教だった
ロバート・リッツェンバーガーが
ウォートンで偉くなっていて私を招いてくれた結果
’89年度の在外研究が実現しました。
しかし9月新学期の新任者挨拶のその日から
サンディにシャープのビジネスのやり方を教えてほしいと声をかけられ
彼のプロジェクトに強引に引っ張りこまれて、
帰国時には極東はすべて任せるから
引き続き協力してほしいと頼まれてしまった次第です。
したがって私の生涯は、
この道に導いてくださった
故古川栄一教授と
故エツラ・ソロモン教授の
おかげと思い深謝しております。
古川栄一先生 近影
前者については釈迦に説法ですので、
後者については主著の学術/教育面以外での大きな貢献として
次の2点があると思います。
1. ニクソン大統領の大統領経済諮問委員として
1971年に大統領に金とドルを切り離させ、
変動相場制への移行とデリバティブ市場の急成長への引き金を引いた。
その結果デリバティブの網が地球をすっぽりと覆い、
資本市場のグローバルな統合化を促進し、
プログラムトレーディングが24時間行われて、
リスクが一瞬にして地球を駆け巡る世界が到来した。
そしてそのことがまたその後のファイナンス論の飛躍的発展
(ノーベル賞受賞者続出)へと導いた。
2. レーガン大統領、ブッシュ大統領の2代にわたって
財務長官の要職を務め、
いわゆるレーガノミクスの立役者として、
ブラックマンデーその他の危機から
資本市場と金融システムを防衛した。
そしてその主著の富最大化もしくは
企業価値最大化理論の考え方で、
ベトナム戦争で弱体化した
ベトナム戦争で弱体化した
アメリカ経済を見事に立て直すことに成功した。
(最終的な財務長官退任時に訪日され
日比谷での講演会の後二人で日比谷公園を散策しました。
そのとき彼がポツンと言いました。
「貴君は私の生涯の友だ。
私には30年も付き合っている友人なんて一人もいないから・・・」
感謝あるのみです。)
現在我が国ではこのレーガノミクスにあやかった
安倍晋三首相のアベノミクスの評価が問われている。
そこで我々は何よりもまずレーガノミクスの立役者・
エツラ・ソロモン財務長官の理論と実績に学ぶ必要があるのである。
その場合に注意しなければならないのは、
シカゴ育ちのソロモンをマネタリストのフリードマンを師と仰ぐ
合理的期待形成学派に位置付けて単純に理解してしまうことである。
彼自身がそういわれることを潔しとしない。
彼はむしろナイトの経済学の影響をより強く受けたとしている。
つまりファイナンスと同時に、
いやそれ以上に
成長経済の主役である企業の主体的な投資を含めた
総合管理の問題こそが肝要とする。
私はそのような考えで纏められたのが
主著の「ソロモン財務管理論」だと思います。
さらに現代では、
資本市場は必ず暴落などの欠陥があるという前提で
理論を組み立て直す必要がある。
そして「ノーベル経済学賞」の最後で取り上げた
サンディ(サンフォード・グロスマン)は、
株式市場は情報の効率で動くと考え、
情報の多寡や質、情報ショックの波及度などから
リスクを測り出そうと試みている。
いわば情報経済学とでもいえるもので、
より実体経済に切り込もうとしている。
最後に、数日前にいただいた
村松司叙先生からのお手紙に対するご返事を
同封させていただきます。
有難うございました。
残暑なお厳しき折からお体ご自愛下さい。
村松司叙先生;
残暑お見舞い申し上げます。
傘寿記念にと寄稿させていただきました
橋畔随想にコメントを賜り有難うございました。
コメント1:「ダンツィーグはどんな人ですか」
お答え:「ノーベル経済学賞」(注2)の書物の見開きにあります
肖像写真を紹介させていただきました。
コメント2:「㊟1の3冊のどこにのっていますか」
お答え:原稿ではダンツィーグ(LP/OR)となっていたのですが、
会報の編集者にカッコ内を削除されてしまったため
分かりにくかったのかと思います。
3冊の拙稿は全てLP/ORです。
ダンツィーグ教授は
スタンフォード大学工学部OR学科の主任ですので
LP/ORは工学技術ですが、
これを経済分析に戦後いち早く取り入れて
大著をものにしたのが
ポール・サミュエルソンやロバート・ソロー等でした。
その場合LPの工学的中心概念である“プロセス”は、
経済学では生産関数(生産性)なのであり、
初めのうちは”LP生産関数“と呼ばれていたのですが、
レオンチーフの産業連関論の生産関数と同じであることが分かってきて
”レオンチーフ生産関数“と言われるようになったのです。
「ノーベル経済学賞」(注1)
第1冊の拙稿「経営計画とリニヤープログラミング」
第1冊の拙稿「経営計画とリニヤープログラミング」
から読んでいただけますとベターです。
経営学への体系的導入ということになりますと
どうしてもドイツということになります。
そこで拙稿はゲルト・ラスマンやホルスト・アルバッハ等を中心に、
ダンツィーグ(LP/OR)の経営学に導入された姿を描き出すことに
注力した次第です。
それにしてもラスマン、アルバッハともに
ドイツ経営学会の泰斗として大成されたものだと思います。
コメント3:「サンディとはどんな学者ですか」
お答え;「ノーベル経済学賞」(注4)の拙稿2の62頁を
「下記に」させていただきました。
「下記に」させていただきました。
お答えになっているかどうか解りませんが、取り急ぎ一筆。
残暑厳しき折からお体ご自愛下さい。
コメント
PDF:グロスマン博士
「2017/11/23追記」:
PDF:グロスマン博士
「2017/11/23追記」:
私が最近訪米した2014年に
グロスマン博士はQuantitative Financial Strategies社を閉め,
その後は大きな資産を、
大学や医学、音楽関係の団体を対象に寄付を行なっているようです。
Sanford Grossman Charitable Trustを2010頃に立ち上げ、
そこからメトロポリタンオペラ、リンカーンセンター、
カーネギーホールなどに寄付をしています。
もともとブルックリンの出身のようで、
現在は(推測として)NYに住んでいるのではと思います。
3つの学位は全てシカゴ大学で得たので、
比較的最近のニュースでは、
シカゴ大学に10ミリオンドルの寄付をしたニュースがありました。
アメリカ人の(とくに金融界で資産を得たユダヤ系)資産家は、
リタイア後は、
自分の興味のある文化、教育、医療団体に多額の寄付をする文化があります。
こういう人たちが文化を支えているようです。
グロスマン博士はまだ64歳と比較的若いです。
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