2024年06月

《大江卓爾》明治29年9月5日生・大正7年3月27日(23歳)歿【故大江卓爾君追想録】大正8年

【故大江卓爾君追想録】大正8年
出版者   第六高等学校旧友有志[ほか]
出版年月日 大正8
  故大江卓爾君
p4【故大江卓爾君追想録】大正8年
p4【故大江卓爾君追想録】大正8年
https://dl.ndl.go.jp/pid/907638/1/4
  ◎年 表
明治二十九年九月五日
  東京麴町區五味坂に生る、
  時に父君 林有造氏 大臣たり。
明治三十六年(八歳)
  麴町小學に入る。
明治三十九年
  宿毛に歸る。
明治四十二年(十四歳)
  宿毛小學校を卒業し
  高知縣立第二中學校に入る。
明治四十五年(十七歳)
  二中癈校となり第一中學に轉校す(四年級)
大正元年七月
  滿洲に旅行す
  養父母 撫順に在ればなり。
大正三年(十九歳)
  三月 第一中校を卒業す。
  四月 受驗勉強の爲め上京す。
   九月 六高一部甲類に入學し
   其後 選手候補となりて
   ランニングを練習し患を得て
   須磨に療養す
   更に郷里にて保養なし
   健康回復す。
https://dl.ndl.go.jp/pid/907638/1/96
大正六年七月
   三年に進級し特待生の榮譽を得たり。
   暑中休暇の節 上京して
   岡田式靜座法を學ぶ。
   歸郷後再度の患を得て容態險惡、
   兩親 滿洲より歸らる。
大正七年(二十三歳)
   病勢一時小康を得たれ共
   一月より又良からず、
   遂に再び立たず、
   三月二十七日午後一時永眠す。
   幡多郡宿毛東福寺山腹に葬る、
   四月二十四日
   難波菊次郎氏主催の下に縣人、
   同級生追悼會を岡山市小橋町國淸寺に營む。
https://dl.ndl.go.jp/pid/907638/1/97
大正八年四月廿八日印刷
大正八年四月三十日發行 非賣品
發行者 第六高等學校舊友有志
    高知縣立第一中學校舊友有志
責任者 柳生 六郎
    東京市牛込區砂土原町三ノ八
    土佐協會内
https://dl.ndl.go.jp/pid/907638/1/99
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【官報 1917年07月31日】大正6年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正6年
〇特待生選定
 第六高等學校ニ於テ左記十七人ヲ
 次學年ノ特待生ニ選定セリ(文部省)
 第一部
  第三年
工藤昭四郎  大江 卓爾  岡野直七郎
藤田 眞道  大山 秀雄  鳥尾 秀一
  第二年
辻  謹吾  西川  浩
 第二部
  第三年
和田 武彦
  第二年
大森 留郎  玉置 正治  桑田  智
  第三部
   第三年
江草 格郎  白石 謙作  横田索一郎
武藤 夛作
   第二年
佐藤 皐一

【第六高等学校一覧 自大正6至7年】
著者    第六高等学校 編
出版者   第六高等学校
出版年月日 大正2-15
  六、生徒姓名 (大正六年九月三十日現在)
    備考 姓名ノ上ニハ出身中學校名ヲ記ス
       又(特)トアルハ特待生。
      (推)トアルハ推薦ニヨル無試驗入學者。
    一部三年甲類 (三十七名)
(高知第一) (特) 大江卓爾 高知
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《大江卓爾》父 林有造 母 伊藤かま《大江惟慶の養子》【人事興信録 3版(明44.4刊)】

【人事興信録 3版(明44.4刊)
 皇室之部、皇族之部、い(ゐ)之部―の之部】
出版者   人事興信所
出版年月日 明36-44
《林  有造》 正三位勳四等
        高知縣士族
 妻  勝   文久二年三月生
        高知、平、岡添仁三 長女
 男  讓治  明治二二年三月生
君は高知縣士族 岩村英俊の二男にして
男爵岩村通俊は君の實弟なり
天保十三年八月十七日を以て生る
明治十九年 先代 茂次平の養子となり
その名跡を嗣ぐ
 ―略―
家族は尚
庶子 男 道太郎(明治二六年一月生)
        (生母 東京、平、伊藤かま)
庶子 男 吉  (明治三一年八月生)
        (生母 東京、平、伊藤かま)
庶子 男 要  (明治三二年九月生)
        (生母 東京、平、伊藤かま)
長女   以可 (慶應元年七月生)は
         高知縣士族 大江惟慶に
孫    義  (明治一五年九月生)
        (亡養子 知政 長女)は
         神奈川縣の人 上岡德行に嫁し
庶子 男 卓爾 (明治二九年九月生)
        (生母 東京、平、伊藤かま)は
         高知縣人 大江惟慶の養子となれり
(東京、小石川、大塚窪町二五)
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※参考:大江卓関連
【大江天也伝】大正15年
著者    雑賀博愛 著
出版者   大江太
出版年月日 大正15
 大江家系譜
p61【大江天也伝】大正15年
p61【大江天也伝】大正15年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1021167/1/61
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《サダト大統領夫人》東京義肢装具製作所を御訪問(昭和51年10月28日) 【五十年史】昭和58年(1983)

【五十年史】昭和58年(1983)
著者    鉄道弘済会会長室五十年史編纂事務局 編
出版者   鉄道弘済会
出版年月日 1983.2
《サダト大統領夫人》東京義肢装具製作所を御訪問
(昭51.10.28)
p170《サダト大統領夫人》【五十年史】昭和58年(1983)
p170《サダト大統領夫人》【五十年史】昭和58年(1983)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12089775/1/170
      五十年史 鉄道弘済会
      昭和58年2月25日発行
発   行 財団法人鉄道弘済会
      東京都千代田区麹町五ノ一
編   集 財団法人鉄道弘済会
      会長室 五十年史編纂事務局
印刷・製本 弘済印刷株式会社
      大日本印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/12089775/1/265
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年04月13日14:35
サダト大統領夫人 歓迎晩餐会:昭和51年(1976)10月30日
【季刊アラブ = العرب = The Arab (27)】1977-04

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年04月13日14:40
ジーハン・サダト大統領夫人との単独会見:
小池百合子1978年1月15日
【季刊アラブ = العرب = The Arab (28)】1978-03
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《大江惟慶》鐵道附屬地 明治四十二年撫順附近古城子に於ける大江惟慶の開墾を第一【滿洲十年史】大正5年(1916)

【滿洲十年史】大正5年(1916)
著者    伊藤武一郎 著
出版者   滿洲十年史刊行會
出版年月日 1916.2
   第四章 産業
[水田事業]
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/126
[州内水田]
關東州内に於ける水田の開始は明治三十八年にして、
日本人の經營は普蘭店西方に於ける
小出英吉の開墾を先頭とし、
 ―略―
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/127
[州外水田]
鐵道附屬地に於ける水田の經營は
明治四十二年撫順附近古城子に於ける
大江惟慶の開墾を第一として
翌四十三年には奉天に勝弘農場の開始あり、
熊岳城に入江順治の經營を試むるあり、
(明治)四十四年
奉天には西宮農場、
長春附近三道溝に藤田與一郎の創業せるあり、
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/128
州外各地に於ける日本人の水田經營者及其段別、
創業年次を掲ぐれば左の如し。
 附屬地内
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/129
 附屬地外
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/130
[撫順]
大松號 大江惟慶  二一四
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/359
 撫順
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/465
 大松號
 農園經營及精米石炭販賣
 大江惟麿  ※大江惟慶
 撫順明石町二丁目二
 (電話二九番)
p466《大江惟慶》【滿洲十年史】大正5年(1916)
p466《大江惟慶》【滿洲十年史】大正5年(1916)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/466
大正五年二月三日印刷
大正五年二月五日發行
大正五年三月二十八日再版印刷
大正五年三月三十一日再版發行
定價金參圓五拾錢
著作者 伊藤武一郎
    大連市春日町二十七番地
發行人 石橋文三郎
    大連市播磨町シ區十三番地
印刷人 嶺田 嘉三
    大連市東公園町十七號地
印刷所 株式會社 滿洲日日新聞社
    大連市東公園町十七號地
發行所 滿洲十年史刊行會
    大連市播磨町シ區十三番地
賣捌所 大阪屋號書店
    大連市大山通一丁目二十八番地
    電話六〇八番
    振替口座大連五五番
賣捌所 天野滿書堂書籍部
    大連市大山通二丁目三十二番地
    電話一五九八番
    振替口座大連一四八三番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1901066/1/467
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《大江惟慶》滿洲に於ける水田經營の創始者【対支回顧録 下巻】1936

【対支回顧録 下巻】1936
出版者   対支功労者伝記編纂会
出版年月日 1936
  大江惟慶君
滿洲に於ける水田經營の創始者たる君は、
安政六年九月、
大江惟英の長子として、
高知縣幡多郡宿毛町に生れた。
夙に支那大陸に志し、
明治十九年、
天津に渡り、
東亞貿易商會を開いて、
北支貿易に當つたが、
時機未だ到らず。
幾何もなく天津を去り、
大阪に歸つて、
石炭業を營んだが、
(明治)三十八年七月更に渡滿し、
我が旅順口閉塞船引揚げに從ひ、
遂に五隻までその引揚げに成功し、後、
大連に於て遼陽通運公司長として、
鐵道運送業に從ひ、
(明治)四十年、千金塞に移り、
松山某と共同して石炭販賣を營んだが、
(明治)四十二年四月より、
農場經營に箸眼し、
※大松號:明治39年開業
※大江惟慶:大正9年5月4日歿

大正九年、大松號を創立して、
※惟慶の歿後 合資組織に改めた。
※大正9年6月:大江以可(惟慶の妻)
撫順に本店を置き、
支店營業所を遼陽、奉天、首山、煙臺、千山に置き、
特に撫順縣東社屯に於て
水田商租地二三五天地を經營し、
大正四年滿鐵の援助を得るに至り、
爾後、一身を農事開發に獻げ、
内國勸業博覽會より金銀盃を賞與せられた。

君が水田に箸眼したのは、
嘗て撫順炭坑の炭坑水を見て、
滿洲に於ける水田の可能性を悟つたからだといふ。
爾後三十年、
今日に於て産米の年々增加するを見るは、
君が當初の創見と苦心經營の賜と謂はざるを得ない。
今や滿洲帝國成り、
國力愈々充實に向ふに當り、
滿洲國民たる者
特に君の創造的開拓を回顧するを要する。
 p272【対支回顧録 下巻】1936
p272【対支回顧録 下巻】1936
https://dl.ndl.go.jp/pid/1269992/1/272
昭和十一年四月 三日印刷
昭和十一年四月十八日發行
對支回顧錄 上下二冊
定價 金十五圓
送料 東京市内   十二錢
   内  地  五十七錢
   滿・鮮・臺 八十八錢
   中華民國   九十錢
編輯兼 對支功勞者傳記編纂會
發行人 代表者 中島眞雄
    東京市麴町區三年町一番地
    東亞同文會内
印刷所 單式印刷株式會社
    代表者 和田助一
    東京市芝區芝浦一丁目二三番地
發行所 對支功勞者傳記編纂會
    東京市麴町區三年町一番地
    東亞同文會内
    振替口座東京九七七五八番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1269992/1/775
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《大江以可》合名會社大松號支店 眞珠養殖【満洲商工要覧】大正11・14年

【満洲商工要覧】1922.4
著者    南満洲鉄道株式会社興業部商工課 編
出版者   満蒙文化協会
出版年月日 1922.4
合名會社大松號支店
所在地   遼陽城内警第五十八號
本 店   撫順
設 立   大正九年六月十日
營業科目  土地建築經營、
      淸酒並燒酒醸造又は投資
      精米農作及農作物擔保貸付、
      煉瓦製造鑛業の投資
      石炭販賣及特産物輸出、
      眞珠養殖並投資、
      諸會社株式引受並に投資及
      之に附帶する業務
資本金   三十萬圓
      拂込金額 三十萬圓
      積立金額 三萬八千五百圓
      配當率  無
      決算期  年一回 十一月末日
役 員   當地代表者 大江以可、西村茂、大江惟量
 p120【満洲商工要覧】1922.4
p120【満洲商工要覧】1922.4
大正十一年四月 十日印刷
大正十一年四月十五日發行
定價金貳圓
編輯所 南滿洲鐵道株式會社
    興業部商工課
編輯人 商工課 石川常長
印刷人 山田浩通
    大連市近江町
印刷所 東亞印刷株式會社
    大連支店
    大連市近江町
發行所 滿蒙文化協會
    大連市大山通
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【満洲商工要覧 [本編]】大正14年
著者    南満洲鉄道株式会社興業部商工課 編
出版者   南満州鉄道興業部商工課
出版年月日 大正14
合名會社大松號支店
所在地   遼陽城内警第58號
本 店   撫順明石町2
設 立   大正9年6月10日
營業科目  土地建築經營、
      淸酒並燒酒醸造又は投資
      精米農作及農作物擔保貸付
      煉瓦製造鑛業の投資
      石炭販賣及特産物輸出
      眞珠養殖並投資
      諸會社株式引受並に投資及
      之に附帶する業務
資本金   ¥300,000
 拂込金額 ¥300,000
 積立金額 ¥38,500
 配當率  無
 決算期  年1回 11末日
役 員
 代表者社員 大江以可 西村 茂
       大江惟量 野並勇馬
大正14年3月18日印刷
大正14年3月25日發行
非賣品
發行所 南滿洲鐵道株式會社
    興業部商工課
編輯人 石川常長
印刷人 荒木猪象
    大連市西公園町49番地
印刷所 合資會社 日淸印刷所
    大連市西公園町49番地
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《大江以可》合名會社大松號 滿洲撫順明石町二丁目二番地【官報】 大正9年(1920)~【官報 】昭和12年(1937)

【官報 1920年06月19日】大正9年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正9年
◎合名會社(設立)
一 商號  合名會社大松號
一 本店  滿洲撫順明石町二丁目二番地
一 支店  滿洲遼陽城内警第五十八號
      滿洲煙臺炭坑警第七號
一 目的  土地建物ノ經營
      淸酒竝ニ燒酎醸造又ハ投資
      精米 農作物及農作物ノ擔保貸付
      煉瓦製造鑛業ノ投資
      石炭販賣
      綿絲布雜貨輸入及特産物輸出
      眞珠養殖竝ニ投資
      諸會社株式引受竝ニ投資及
      之ニ附帶スル業務
一 設立ノ年月日 大正九年六月十日
一 代表社員ノ氏名 大江以可
一 社員ノ氏名住所 出資ノ種類及價格
 一 金十五万六千圓
   滿洲撫順明石町二丁目二番地
   大江 以可
 一 金九万六千圓
   滿洲遼陽城内警第五十八號
   西村  茂
 一 金一万八千圓
   高知縣幡多郡中村町大字中村町二百二番屋敷
   大江 惟量
 一 金一万五千圓
   東京府豐多摩郡澁谷町字下澁谷千八百七十六番地
   大江 惟賢
 一 金一万五千圓
   滿洲撫順明石町二丁目二番地
   野並 勇馬
一 存立ノ時期 設立ノ日ヨリ向フ滿三十箇年
右大正九年六月十一日登記
 在奉天帝國總領事館
 p12【官報 1920年06月19日】大正9年
p12【官報 1920年06月19日】大正9年

【官報 1920年06月29日】大正9年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正9年
◎合名會社(支店設置)
一 商號  合名會社大松號
一 本店  滿洲撫順明石町二丁目二番地
一 支店  遼陽城内警第五十八號
      煙臺炭坑警第七號
一 目的  土地建物ノ經營
      淸酒竝ニ燒酎醸造又ハ投資
      精米 農作物及農作物ノ擔保貸付
      煉瓦製造鑛業ノ投資
      石炭販賣
      綿絲布雜貨輸入及特産物輸出
      眞珠養殖竝ニ投資
      諸會社株式引受竝ニ投資及
      之ニ附帶スル業務
一 設立ノ年月日 大正九年六月十日
一 代表社員ノ氏名 大江以可
一 社員ノ氏名住所 出資ノ種類及ヒ價格
 一 金十五万六千圓
   滿洲撫順明石町二丁目二番地
   大江 以可
 一 金九万六千圓
   滿洲遼陽城内警第五十八號
   西村  茂
 一 金一万八千圓
   高知縣幡多郡中村町大字中村町二百二番屋敷
   大江 惟量
 一 金一万五千圓
   東京府豐多摩郡澁谷町字下澁谷一千八百七十六番地
   大江 惟賢
 一 金一万五千圓
   滿洲撫順明石町二丁目二番地
   野並 勇馬
一 存立ノ時期 設立ノ日ヨリ滿三十箇年
右大正九年六月十四日登記
 在遼陽帝國總領事館

【官報 1931年08月27日】昭和6年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 昭和6年
◎合名會社大松號(變更)
一 昭和五年十二月七日
  社員 大江以可 西村茂 大江惟賢ハ
  其住所ヲ左記ノ所ニ移轉ス
  大江以可 撫順東七條通二十九番地
  大江惟賢 撫順東七條通二十九番地
  西村 茂 遼陽京町
一 昭和五年十二月七日
  目的ヲ左ノ通 變更ス
 一 土地建物ノ經營
 二 淸酒竝ニ燒酒醸造
 三 精米業
 四 農業
 五 農産物ノ擔保貸付
 六 煉瓦製造
 七 石炭販賣
 八 商品委託販賣
 九 右ニ關スル附帶事業
一 昭和五年十二月七日
  左ノ社員ハ自己ノ出資ニ對スル持分ノ内
  一部ノ拂戻ヲ受ケ持分ヲ左ノ通 變更ス
  大江以可  金十万四千圓
  西村 茂  金六万四千圓
  大江惟量  金一万二千圓
  大江惟賢  金一万圓
  野並勇馬  金一万圓
一 昭和五年十二月七日
  大江惟量ハ持分全部ヲ左ノ者ニ
  讓渡シテ退社ス
  讓受入社社員
  金一万二千圓 大江有道
  高知縣幡多郡宿毛町字宿毛二千八百四十番地
一 昭和五年十二月七日
  滿洲遼陽城内警第五十八號ノ支店ヲ
  左記ノ所ニ移轉ス
  遼陽京町
一 昭和五年十二月七日
  滿洲煙臺炭坑警第七號ノ支店ヲ癈止ス
一 昭和五年十二月七日
  左記ノ所ニ支店ヲ設置ス
  奉天十間房警第八十六號
右昭和六年七月十五日登記
 在遼陽日本帝國領事館

【官報 1937年02月27日】昭和12年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 昭和12年
◎合名會社大松號(變更)
一 昭和十一年十二月二十日
  目的ヲ土地建物ノ經營
  酒類ノ醸造販賣
  精米業
  農業及農産物ノ擔保貸付
  石炭販賣
  事業ノ投資
  商品ノ委託販賣
  礦業
  前 各項ニ附帶スル業務ト變更ス
一 前同日
  社員 大江以可ハ
  其持分ノ内一千圓ヲ 社員 野並勇馬ニ
  同金四千圓ヲ林要ニ
  同金五千圓ヲ石田瑍ニ各讓渡シ
  社員 西村茂ハ
  其持分ノ内一千圓ヲ 社員 野並勇馬ニ
  同金一千圓ヲ林要ニ
  同金二千圓ヲ石田瑍ニ各讓渡シ
  其持分ヲ各左ノ如ク變更ス
  金九万四千圓 大江以可
  金六万圓   西村 茂
  金一万二千圓 野並勇馬
一 前同日
  左ノ者入社ス
  金七千圓 石田瑍 撫順東六條通二十二番地
  金五千圓 林 要 奉天紅梅町八番地
一 前同日
  社員 大江有道ハ其持分全部ヲ大江誠ニ
  社員 大江惟賢は其持分全部ヲ大江みつニ
  各讓渡シ退社
  同日 讓受人ハ各左ノ如ク入社ス
  金一万二千圓 大江誠
  高知縣幡多郡宿毛町二千八百番地
  金一万圓   大江みつ
  撫順東七條通二十九番地
一 前同日
  左ノ地ニ支店ヲ設置ス
  新京興安大街四百十三番地
  錦縣本町一丁目
  哈爾寶南崗郵政街七十三番地

【官報 1937年06月07日】昭和12年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 昭和12年
◎合名會社大松號(變更)
一 昭和十二年四月十三日
  左記社員ハ各 更ニ出資シ
  其ノ持分ヲ左ノ如ク變更ス
  金十四万一千圓  大江以可
  金   九万圓  西村 茂
  金 一万八千圓  野並勇馬
  金 一万八千圓  大江 誠
  金 一万五千圓  大江みつ
  金 一万五百圓  石田 瑍
  金 七千五百圓  林  要

【官報 1937年08月14日】昭和12年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 昭和12年
◎昭和十一年十二月二十日
 當館管内ニ支店ヲ設立シタルニ因リ
 左ノ登記ヲ爲シタリ
一 商號 合名會社大松號
一 本店 撫順東七條通二十九番地
一 支店 新京興安大街四百十三番地
一 目的 土地建物ノ經營
     酒類醸造販賣
     精米業
     農業及農産物擔保貸付
     石炭販賣
     事業投資
     商品委託販賣
     鑛業
     前 各項ニ附帶スル業務
一 設立年月日 大正九年六月十日
一 代表社員  大江以可
一 社員ノ氏名住所 出資種類及價格
  金十四万一千圓 大江以可
          撫順東七條通二十九番地
  金   九万圓 西村 茂
          遼陽京町
  金 一万八千圓 野並勇馬
          奉天十間房第四區警第八十六號
  金 一万八千圓 大江 誠
          高知縣幡多郡宿毛町二千八百番地
  金 一万五千圓 大江みつ
          撫順東七條通二十九番地
  金 一万五百圓 石田 瑍
          撫順東六條通二十二番地
  金 七千五百圓 林  要
          奉天紅梅町八番地
一 存立時期 設立ノ日ヨリ向フ滿三十箇年
◎支配人選任
一 支配人ノ氏名住所
  近藤辰吉 新京興安大街四百十三番地
一 主人ノ氏名住所
  合名會社大松號 撫順東七條通二十九番地
一 支配人ヲ置キタル場所
  新京興安大街四百十三番地

【官報 1937年08月27日】昭和12年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 昭和12年
◎合名會社大松號(支店設立)
一 商號 合名會社大松號
一 本店 撫順東七條通二十九番地
一 支店
  遼陽鞍馬町十番地
  奉天十間房第四區警第八十六號
  新京興安大街四百十三番地
  錦縣本町一丁目
  哈爾賓南崗郵政街七十三番地
一 目的
 一 土地建物ノ經營
 二 酒類醸造販賣
 三 精米業
 四 農業及農産物擔保貸付
 五 石炭販賣
 六 事業ノ投資
 七 商品委託販賣
 八 礦業
 九 前 各項ニ附帶スル業務
一 設立年月日 大正九年六月十日
一 代表社員ノ氏名 大江以可
一 社員ノ氏名住所 出資種類及ヒ價格
  金十四万一千圓 大江以可
          撫順東七條通二十九番地
  金   九万圓 西村 茂
          遼陽京町
  金 一万八千圓 野並勇馬
          奉天十間房第四區警第八十六號
  金 一万八千圓 大江 誠
          高知縣幡多郡宿毛町二千八百番地
  金 一万五千圓 大江みつ
          撫順東七條通二十九番地
  金 一万五百圓 石田 瑍
          撫順東六條通二十二番地
  金 七千五百圓 林  要
          奉天紅梅町八番地
一 存立ノ時期 又ハ解散ノ事由
  存立ノ時期 設立ノ日ヨリ向フ滿三十箇年
昭和十一年十二月二十日
哈爾賓 南崗郵政街七十三番地ニ
支店ヲ設置シタルニヨリ
第一欄ヨリ第八欄迄登記ヲ爲シタリ
◎合名會社大松號(支配人選任)
一 支配人ノ氏名住所
  人見達二郎
  哈爾賓市南崗郵政街七十三番地
一 主人ノ氏名住所
  合名會社大松號
  撫順東七條通二十九番地
一 支配人ヲ置キタル場所
  哈爾賓市南崗郵政街七十三番地
右昭和十二年七月三十一日登記
 在哈爾賓帝國領事館
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《大江以可》高知藩士 林有造 長女・故大江惟慶妻【満洲紳士録 第1版】昭和12年

【満洲紳士録 第1版】昭和12年
著者    満蒙資料協会 編
出版者   満蒙資料協会
出版年月日 昭和12
 p3【満洲紳士録 第1版】昭和12年
p3【満洲紳士録 第1版】昭和12年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1687711/1/3
《大江以可》 p55/816
 大松號(名)代表者、
 農業、精米、高粱酒淸酒醸造、
 日滿商事指定石炭販賣業、
 富久娘一手販賣元
【本籍】高知縣幡多郡宿毛町
【生年月日】慶應元年七月廿四日
【續柄】舊高知藩士 林有造 長女
    故大江惟慶 妻
【經歷】惟慶は土佐名家の出にして
日露戰後渡滿
明治四十年頃
撫順に水田經營をなせしが
業半ばにて逝く
其未亡人たる氏を代表者として
大正九年六月
其遺業を資本金三十萬圓の合名會社となし後
之を二十萬圓に減資して今日に至る
【事業】大松號は資本金二十萬圓
支店は奉天十間房・遼陽京町
出張所は新京興安大街・錦州市場内に在り
本店は撫順縣下に水田八十四町歩を經營し
淸酒は在來
千金正宗・司松・永安の三種
年額二千石を醸造し外に
灘の銘酒富久娘特約販賣店たり
遼陽支店は日滿商事指定
年商二萬七八千噸の石炭販賣をなし
首山及千山にて高粱酒
年産六千石を醸造
奉天支店は酒販賣を專業とす
【特記】
父 有造は故板垣退助と共に自由黨を組織し
衆議院議員・遞信・農林各大臣に歷任す
實弟 林讓治又高知縣下の豪農にして
衆議院議員たる事數次に及ぶ
男爵 岩村一木の從姉に當る
【店舗】撫順東七條通二九 電話二〇二九
 p55《大江以可》【満洲紳士録 第1版】昭和12年
p55《大江以可》【満洲紳士録 第1版】昭和12年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1687711/1/55
昭和十二年七月十五日印刷
昭和十二年七月二十日發行
    滿洲紳士錄
    並製 金貳拾圓也
編纂兼 中西 利八
發行人 東京市麻布區兵衞町一丁目六番地
印刷者 篠倉 政一
    東京市京橋區湊町二丁目十六番地
印刷所 第一印刷所
    東京市京橋區湊町二丁目十六番地
    電話京橋(56)三〇六〇番六〇三五番
發行所 滿蒙資料協會
    東京市麻布區兵衞町一丁目六番地
    電話赤坂(48)一二一八番
    振替口座東京三一五三五番
    振替口座大連 三八六二番
    振替口座新京 一〇七〇番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1687711/1/814
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《大江惟慶・大江以可》合名會社大松號 撫順東二條通【満鉄調査資料 第160編 上巻】昭和6年

【満鉄調査資料 第160編 上巻 滿洲に於ける邦人の現況
 満洲に於ける邦人の現況. 上,下巻】
出版者   南満洲鉄道
出版年月日 昭和6
合名會社大松號 撫順東二條通
 設立年月 大正九年六月
 資本金  三〇〇、〇〇〇圓
 科  目 農業、精米、淸酒及燒酎醸造、石炭販賣
 社  員 代  表 大江以可
      大江惟量 西村 茂
      大江惟賢 野並勇馬
當號は奉天、遼陽、煙臺に支店を有し、
淸酒富久娘の特約販賣及自家醸造淸酒竝に
燒酎の販賣をなせり。
元來同號は故大江惟慶の遺業にして、
明治三十九年の開業に屬し
惟慶の歿後
合資組織に改めたるものなり。

農業は撫順縣下に水田百三十町歩を所有し、
精米業は撫順にて一日精米能力六十石の工場を設備せり。
淸酒は千金正宗と稱し千三百石を醸造せり。
遼陽・煙臺の兩支店は滿鐵指定商として石炭を特賣し、
又 首山及千山の二箇所に於て燒酒を醸造せり。

野並勇馬 故大江惟慶の妹を娶り
當號の中心人物となり、
永く本店支配人たりしが
奉天支店開設と同時に同地に在り。

大江以可女は故惟慶の未亡人にして、
大江惟賢は本店支配人、
西村茂は遼陽、煙臺兩支配人にして
當號の功勞者なり。
 p314【満鉄調査資料 第160編 上巻】
p314【満鉄調査資料 第160編 上巻】
昭和六年六月二十五日印刷
昭和六年六月 三十日發行
編輯兼 佐田弘治郎
    南滿洲鐵道株式會社
    總務部調査課
印刷人 吾妻 力松
    大連市東公園三一
印刷所 滿洲日報社印刷所
    大連市東公園三一
發行所 南滿洲鐵道株式會社
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《大江惟慶》大正九年五月四日死亡【官報 1920年06月03日】大正9年

【官報 1920年06月03日】大正9年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正9年
◎撫順信託株式會社(變更及追加)
一 取締役
  大江惟慶ハ大正九年五月四日死亡ス
一 增加資本ノ總額金 九十五万圓
一 資本增加決議ノ年月日
  大正八年十二月二十三日
一 各新株ニ付拂込ミタル株金額
  金十二圓五十錢
右大正九年五月二十五日登記
 在奉天帝國領事館
 p10【官報 1920年06月03日】大正9年
p10【官報 1920年06月03日】大正9年
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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