京都大学大学院文学研究科附属
文化遺産学・人文知連携センター
京大文化遺産調査活用部門
13.京都府美月遺跡
(京都府船井郡京丹波町 京大大学院農学研究科附属牧場内)
遺跡名・調査区
美月遺跡(京都大学大学院農学研究科附属牧場内)
調査期間
昭和55年11月25日~同12月27日
概要
京都府船井郡京丹波町冨田蒲生野(こもの)に所在する
農学研究科附属牧場内で、
弥生中期・平安後期を中心とする遺構群と
まとまった遺物が出土した。
由良川水系の最上流にある丹波高原にある遺跡として、
弥生土器や瓦器椀の地域性を検討するための
貴重な情報を提供している。
文献
京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度
※下記に記載
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【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
著者 京都大学埋蔵文化財研究センター 編
出版者 京都大学埋蔵文化財研究センター
出版年月日 1983.3
〔画像〕p1【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/1
序
京都大学吉田キャンパスの敷地は、
京都市の東北隅の一角をしめるにすぎないが、
縄文時代から近世にいたる各時代の遺構が累積しており、
調査が精密でさえあれば、その成果は、
日本の考古学研究に極めて有効な資料を提供しうるのである。
しかも、当大学の敷地は、全国各地に分散しており、
今回報告する京都府丹波町美月遺跡は、
由良川水系上流の新発見の遺跡である。
今回もまた、多くの人々の御援助をいただいた。
とくに、美月遺跡の調査にあたっては、
京都府教育委員会をはじめ、
丹波町、園部町、綾部市、福知山市の各教育委員会や、
東急建設株式会社などの御世話になった。
とくに、農学部附属牧場の善林明治助教授には
公私にわたる御協力をいただき、感謝にたえない。
昭和58年2月
京都大学埋蔵文化財研究センター長
樋口隆康
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/4
吉田キャンパス外の附属施設の遺跡
京都府船井郡丹波町蒲生野所在の美月遺跡の発掘調査では、
弥生中期の溝のほか12世紀ごろの掘立柱建物、
土坑などを検出し、弥生土器・石器、
中世の土師器・瓦器が出土した(第5章)。
由良川水系上流に位置する弥生時代の遺跡としては、
はじめての調査例であり、
丹波地方の弥生土器あるいは瓦器の地域性を考察するための
資料を得たことは特筆にあたいする。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/9
第5章 京都府美月遺跡の発掘調査 p23-27/68
清水芳裕
美月(みつき)遺跡は京都府船井郡丹波町蒲生野(こもの)の
京都大学農学部附属牧場内にある。
須知川と高屋川が由良川として北流するその合流点から
南方1kmに位置しており、
須知川左岸に形成された蒲生野丘陵の
小規模な扇状地の末端部にあたる。
遺跡の周辺は、西に大阪層群からなる
美月山と南の蒲生野丘陵をひかえ、
東は須知川によって形成された低い河岸段丘、
北は高屋川の氾濫原が開けている(図22)。
この一帯には、古くから遺跡の存在が知られており、
大正2年に須知競馬場の折に
古墳時代の土器が出土したと伝えられている。
また昭和19年には小林行雄氏が、
競馬場跡で土師器と須恵器を採集している。
戦後の開拓時代にも、
蒲生野丘陵上で6世紀ごろの古墳が7基発見されており、
高屋川に沿う富田地区には現在も3基の古墳が残っている。
また、文献史料の上からは、古代末から中世を通じて
この地域が山内荘の荘域にもあたっている
〔細見80 pp.157-158〕。
このような周辺の遺跡が分布していることを考慮して、
昭和53年度以降立会調査をおこなってきた。
その結果、昭和55年度の中小家畜舎等の
新営にともなって実施した立会調査で、
予定地のほぼ全域に遺物の包含層が存在していることを確認し、
同時に11世紀~12世紀の瓦器椀(図28 Ⅳ25)を採集した
〔京大埋文研81b p.2〕。
そこで工事を中断し、
昭和55年11月25日から12月27日にかけて
1468㎡の発掘調査をおこなった。
これによって、
弥生中期と平安後期の溝や土坑などの遺構群の存在を明らかにし、
丹波地方の弥生土器あるいは瓦器の地域性を考察するための
多くの貴重な資料を得た。
図22 調査地点と周辺の地形 縮尺1/50,000
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/23
1 層 位
調査地の現地表面は標高約152mで、
南東から北西にむかって緩やかに下がる。
図23 調査区北壁の層位 縮尺1/160
2 遺 構
現代・近代と平安時代、弥生時代の遺構群があり、
以下各時代期別に記述していく。
図24 現代・近代の遺構 縮尺1/600
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/24
図25 平安・弥生時代の遺構 縮尺1/600
図26 土坑SK4(左)、土坑SK3(右) 縮尺1/30
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/25
3 遺 物
弥生時代の土器、石器と
古墳時代の土師器(図版14・15、図29)
などが出土した。
図27
SK4出土遺物(Ⅳ1弥生土器)、
SD17出土遺物(Ⅳ2・Ⅳ3・Ⅳ6弥生土器)、
SR1上層出土遺物(Ⅳ5・Ⅳ8弥生土器、Ⅳ10石器)、
淡茶褐色土層出土遺物(Ⅳ4弥生土器、Ⅳ9土師器)、
黒褐色土層出土遺物(Ⅳ7弥生土器、Ⅳ12石器)、
SD15出土遺物(Ⅳ11石器)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/26
図28
SB4出土遺物(Ⅳ13・Ⅳ16土師器、Ⅳ14・Ⅳ15黒色土器、Ⅳ17白磁)、
淡茶褐色土層出土遺物(Ⅳ18・Ⅳ26白磁、Ⅳ29須恵器)、
黒褐色土層出土遺物(Ⅳ19・Ⅳ20土師器、Ⅳ21~Ⅳ24瓦器、Ⅳ26白磁、Ⅳ30陶器)、
SK2出土遺物(Ⅳ25瓦器)、
SR1上層出土遺物(Ⅳ28白磁)
4 小 結
今回の調査によって、
弥生中期と平安後期の遺構群の存在が明らかになり、
さらに弥生中期の土器に関しては、
由良川上流域では唯一の弥生時代遺跡の調査であり、
畿内と丹後地方の土器要素の関係を捉える上で
貴重な資料を得た。
また平安後期の建物、土坑などの遺構群と
弥生時代以後連綿と残存した川
SR1・SR2との立地の関係などは、
今後に残された問題である。
なお、遺物については佐原真氏、梅川光隆氏から、
黒ボクに関しては石田志朗氏から
有益な御教示をいただいた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/27
京都大学構内遺跡調査要項
農学部附属牧場施設新営予定地調査班
所在地 京都府船井郡丹波町蒲生野
工事名 農学部附属牧場施設新営
発掘期間 昭和55年11月25日~同12月27日
面積 1468㎡
班長・主任 泉 拓良、清水芳裕、五十川伸矢、
浜崎一志、吉野治雄
調査員 川島はる代、津隈久美子
作業員 27名
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/33
昭和58年2月24日印刷
昭和58年3月31日発行
京都大学構内遺跡調査研究年報
昭和56年度
編集 京都大学埋蔵文化財研究センター
発行 京都市左京区吉田本町
印刷 山代印刷株式会社
製本 京都市上京区寺之内通小川西入
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/65
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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