2025年08月

美月遺跡(京都府丹波町)の発掘調査 昭和55年11月25日~12月27日【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983

京都大学大学院文学研究科附属
文化遺産学・人文知連携センター
京大文化遺産調査活用部門

13.京都府美月遺跡
  (京都府船井郡京丹波町 京大大学院農学研究科附属牧場内)
美月遺跡(京都大学大学院農学研究科附属牧場内)
〔画像〕美月遺跡(京都大学大学院農学研究科附属牧場内)

遺跡名・調査区
美月遺跡(京都大学大学院農学研究科附属牧場内)

調査期間
昭和55年11月25日~同12月27日

概要
京都府船井郡京丹波町冨田蒲生野(こもの)に所在する
農学研究科附属牧場内で、
弥生中期・平安後期を中心とする遺構群と
まとまった遺物が出土した。
由良川水系の最上流にある丹波高原にある遺跡として、
弥生土器や瓦器椀の地域性を検討するための
貴重な情報を提供している。

文献
京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度
※下記に記載
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
著者    京都大学埋蔵文化財研究センター 編
出版者   京都大学埋蔵文化財研究センター
出版年月日 1983.3
 p1【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
〔画像〕p1【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/1
    序
京都大学吉田キャンパスの敷地は、
京都市の東北隅の一角をしめるにすぎないが、
縄文時代から近世にいたる各時代の遺構が累積しており、
調査が精密でさえあれば、その成果は、
日本の考古学研究に極めて有効な資料を提供しうるのである。

しかも、当大学の敷地は、全国各地に分散しており、
今回報告する京都府丹波町美月遺跡は、
由良川水系上流の新発見の遺跡である。

今回もまた、多くの人々の御援助をいただいた。
とくに、美月遺跡の調査にあたっては、
京都府教育委員会をはじめ、
丹波町、園部町、綾部市、福知山市の各教育委員会や、
東急建設株式会社などの御世話になった。

とくに、農学部附属牧場の善林明治助教授には
公私にわたる御協力をいただき、感謝にたえない。

 昭和58年2月
 京都大学埋蔵文化財研究センター長
     樋口隆康
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/4

吉田キャンパス外の附属施設の遺跡
京都府船井郡丹波町蒲生野所在の美月遺跡の発掘調査では、
弥生中期の溝のほか12世紀ごろの掘立柱建物、
土坑などを検出し、弥生土器・石器、
中世の土師器・瓦器が出土した(第5章)。
由良川水系上流に位置する弥生時代の遺跡としては、
はじめての調査例であり、
丹波地方の弥生土器あるいは瓦器の地域性を考察するための
資料を得たことは特筆にあたいする。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/9

  第5章 京都府美月遺跡の発掘調査 p23-27/68
      清水芳裕
美月(みつき)遺跡は京都府船井郡丹波町蒲生野(こもの)の
京都大学農学部附属牧場内にある。

須知川と高屋川が由良川として北流するその合流点から
南方1kmに位置しており、
須知川左岸に形成された蒲生野丘陵の
小規模な扇状地の末端部にあたる。

遺跡の周辺は、西に大阪層群からなる
美月山と南の蒲生野丘陵をひかえ、
東は須知川によって形成された低い河岸段丘、
北は高屋川の氾濫原が開けている(図22)。

この一帯には、古くから遺跡の存在が知られており、
大正2年に須知競馬場の折に
古墳時代の土器が出土したと伝えられている。

また昭和19年には小林行雄氏が、
競馬場跡で土師器と須恵器を採集している。

戦後の開拓時代にも、
蒲生野丘陵上で6世紀ごろの古墳が7基発見されており、
高屋川に沿う富田地区には現在も3基の古墳が残っている。

また、文献史料の上からは、古代末から中世を通じて
この地域が山内荘の荘域にもあたっている
〔細見80 pp.157-158〕。

このような周辺の遺跡が分布していることを考慮して、
昭和53年度以降立会調査をおこなってきた。

その結果、昭和55年度の中小家畜舎等の
新営にともなって実施した立会調査で、
予定地のほぼ全域に遺物の包含層が存在していることを確認し、
同時に11世紀~12世紀の瓦器椀(図28 Ⅳ25)を採集した
〔京大埋文研81b p.2〕。

そこで工事を中断し、
昭和55年11月25日から12月27日にかけて
1468㎡の発掘調査をおこなった。

これによって、
弥生中期と平安後期の溝や土坑などの遺構群の存在を明らかにし、
丹波地方の弥生土器あるいは瓦器の地域性を考察するための
多くの貴重な資料を得た。
p23-1【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
〔画像〕p23-1【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983

  図22 調査地点と周辺の地形 縮尺1/50,000
p23-2【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
〔画像〕p23-2【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/23

 1 層 位
調査地の現地表面は標高約152mで、
南東から北西にむかって緩やかに下がる。

 図23 調査区北壁の層位 縮尺1/160

 2 遺 構
現代・近代と平安時代、弥生時代の遺構群があり、
以下各時代期別に記述していく。

 図24 現代・近代の遺構 縮尺1/600

https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/24

 図25 平安・弥生時代の遺構 縮尺1/600

 図26 土坑SK4(左)、土坑SK3(右) 縮尺1/30
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/25

 3 遺 物
弥生時代の土器、石器と
古墳時代の土師器(図版14・15、図29)
などが出土した。

 図27
SK4出土遺物(Ⅳ1弥生土器)、
SD17出土遺物(Ⅳ2・Ⅳ3・Ⅳ6弥生土器)、
SR1上層出土遺物(Ⅳ5・Ⅳ8弥生土器、Ⅳ10石器)、
淡茶褐色土層出土遺物(Ⅳ4弥生土器、Ⅳ9土師器)、
黒褐色土層出土遺物(Ⅳ7弥生土器、Ⅳ12石器)、
SD15出土遺物(Ⅳ11石器)
p26【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
〔画像〕p26【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/26

 図28
SB4出土遺物(Ⅳ13・Ⅳ16土師器、Ⅳ14・Ⅳ15黒色土器、Ⅳ17白磁)、
淡茶褐色土層出土遺物(Ⅳ18・Ⅳ26白磁、Ⅳ29須恵器)、
黒褐色土層出土遺物(Ⅳ19・Ⅳ20土師器、Ⅳ21~Ⅳ24瓦器、Ⅳ26白磁、Ⅳ30陶器)、
SK2出土遺物(Ⅳ25瓦器)、
SR1上層出土遺物(Ⅳ28白磁)
p27【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983
〔画像〕p27【京都大学構内遺跡調査研究年報 昭和56年度】1983

 4 小 結
今回の調査によって、
弥生中期と平安後期の遺構群の存在が明らかになり、
さらに弥生中期の土器に関しては、
由良川上流域では唯一の弥生時代遺跡の調査であり、
畿内と丹後地方の土器要素の関係を捉える上で
貴重な資料を得た。

また平安後期の建物、土坑などの遺構群と
弥生時代以後連綿と残存した川
SR1・SR2との立地の関係などは、
今後に残された問題である。

なお、遺物については佐原真氏、梅川光隆氏から、
黒ボクに関しては石田志朗氏から
有益な御教示をいただいた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/27

   京都大学構内遺跡調査要項
 農学部附属牧場施設新営予定地調査班
所在地   京都府船井郡丹波町蒲生野
工事名   農学部附属牧場施設新営
発掘期間  昭和55年11月25日~同12月27日
面積    1468㎡
班長・主任 泉 拓良、清水芳裕、五十川伸矢、
      浜崎一志、吉野治雄
調査員   川島はる代、津隈久美子
作業員   27名
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/33
昭和58年2月24日印刷
昭和58年3月31日発行
京都大学構内遺跡調査研究年報
    昭和56年度
編集 京都大学埋蔵文化財研究センター
発行  京都市左京区吉田本町
印刷 山代印刷株式会社
製本  京都市上京区寺之内通小川西入
https://dl.ndl.go.jp/pid/12208028/1/65
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《哈爾濱税關》《濱江税務監督署》【新年名刺交換会名簿:昭和13年(康徳5年)元旦】

【新年名刺交換会名簿:昭和13年(康徳5年)元旦】
出版者   哈爾浜日本人会
出版年月日 [1989]
 p1【新年名刺交換会名簿:昭和13年(康徳5年)元旦】
〔画像〕p1【新年名刺交換会名簿:昭和13年(康徳5年)元旦】
https://dl.ndl.go.jp/pid/13106667/1/1
  團体の部
https://dl.ndl.go.jp/pid/13106667/1/18
《哈爾濱税關》
植村 美人  山口
小栗 義孝  新潟
賀部 主計  福岡
https://dl.ndl.go.jp/pid/13106667/1/21
《哈爾濱税關》
星野金之助  東京
士居 淸美  高知

《濱江税務監督署》
稲次 義一  兵庫
元木 政吉  德島
小西 三郎  兵庫
岩下 伊吉  長野
原田 武雄  山口
橋本 駒夫  長崎
赤池 義男  靜岡
河村敬太郎  愛知
内山 文吉  福島
石田 泰助  新潟
https://dl.ndl.go.jp/pid/13106667/1/22
東京ハルビン会
事務局 東京都新宿区余丁町四番三号
    〒一六二 麻谷春治 方
    電話〇三(三四一)〇五四〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/13106667/1/40
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《山﨑美緋歌》富山大学都市デザイン学部4年:査読付き国際会議ICAPPS 2025にて成果を発表:中華大学(台湾・新竹市)2025年8月

査読付き国際会議ICAPPS 2025にて地域デザインPBLの成果を発表
台湾の新竹市で開催された
International Conference of Asia-Pacific Planning Societiesにて、
昨年度の地域デザインPBLで取り組んだ成果を発表しました。

山﨑さんは学部3年生の開講科目「地域デザインPBL」において、
「誰も取り残さない防災を実現するために私たちは何ができるか?」
をテーマに取り組みました。

砺波市栴檀山地域に設置された農作物被害防止のための
イノシシ捕獲用檻の捕獲効率向上を目指しました。
檻に設置されたIoTカメラで撮影された
7,782枚の写真を分析し、
統計的に分析した結果から
イノシシの効果的な捕獲手法を提案しました。

発表後の質疑応答では
檻の位置についての質問をいただいたほか、
参加者からは台湾では猿による
農作物被害が課題となっているという
コメントがありました。

本発表は「地域デザインPBL」で
調査した結果をもとに発展させた
内容を取りまとめて投稿したものです。
富山大学都市デザイン学部では
PBL教育×データサイエンスを重視し、
データをもとにした地域課題解決に取り組んでいます。
●発表題目
Mihika Yamasaki, Yasuki Tsuchiya, Kenichi Yasue(2025), 
「Analysis of Wild Animal Appearances in the Sendanyama Area
 Using IoT Cameras」, 
International Conference of Asian-Pacific Planning Societies 2025.
Yamasaki, Tsuchiya, Yasue(2025)
〔画像〕Yamasaki, Tsuchiya, Yasue(2025)
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Presentation 2025 ICAPPS
Presentation 2025 ICAPPS
〔画像〕Presentation 2025 ICAPPS

Session:C-02 p4/22
Topics:Environment and Disaster Management
Time:14:50-16:30
Moderator:Prof. Ying-Chen Lin (National Taipei University)

PaperNumber
J033
Title
Analysis of Wild Animal Appearances in the Sendanyama
Area Using IoT Cameras
Author
Mihika Yamasaki
Yasuki Tsuchiya
Kenichi Yasue
ICAPPS_2025_Oral Session_0819_0001
〔画像〕ICAPPS_2025_Oral Session_0819_0001
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公益社団法人 日本都市計画学会
Asian-Pacific Planning Societies 2025国際会議
Main Theme: Sustainable Smart Cities
主 催    Taiwan Institute of Urban Planning
会 場    中華大学(台湾・新竹市)
日 程    2025年8月20日(水)~22日(金)
プログラム案 8月20日(水)ウェルカムレセプション
       8月21日(木)論文発表、プレナリーセッション、
              フェアウェルレセプション 等
       8月22日(金)テクニカルツアー
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富山大学都市デザイン学部
〒930-8555 富山県富山市五福3190
TEL.076-445-6918

データサイエンスを活用したPBL授業の展開
地域デザインPBLのテーマ(2023年度)
G 誰も取り残さない防災を実現するために私たちは何ができるか
事例2:IoTカメラを用いた動物出没状況のデータ化
       事例概要
テーマ  誰も取り残さない防災を実現するために
     私たちは何ができるか
協力団体 砺波市栴檀山自治振興会、砺波市役所
取組内容 農作物の被害防止のため
     イノシシ捕獲用の檻へIoTカメラを設置。
     動物を感知し、LINEで通知するシステムを作成。
     捕獲した場合に即時対応が可能に。
     また、熊や他の動物の出没状況も分析可能に。
対象エリア:栴檀山地区(砺波市)
高齢化が進む中山間地域。
イノシシ捕獲用の檻が10箇所以上存在。

撮影した写真の例:熊
イノシシ檻に小熊がつかまる事例も発生し、
親熊がいる恐れもあることから
遠隔で檻の状況を確認できることが重要。
捕獲時には地元紙で掲載。
副次的に熊の出没状況や冬眠時期の推定などが可能となった。
撮影した写真の例:熊
〔画像〕撮影した写真の例:熊

撮影した写真の例:イノシシ
設置から2か月程度で10頭弱を捕獲。
捕獲できなかった場合でも、
餌を食べる様子などは撮影できている。 
頭数や大きさ、餌の食べ具合などを組み合わせることで
農産物の被害軽減への対策を考えることが可能となる。
撮影した写真の例:イノシシ
〔画像〕撮影した写真の例:イノシシ
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京都府立須知高等学校
山崎美緋歌さん(令和4年3月卒業)
「生徒数が少ないため、
先生方が一人ひとりの生徒に対してさいてくださる時間が多く、
様々なアドバイスをいただけます。
私は先生方からいろいろな意見を聴いて、
高校入学当初には考えもしなかった
理系分野に進学することができました。」
(富山大学都市デザイン学部へ進学)
京都府立須知高等学校
〔画像〕京都府立須知高等学校

〇本校は、明治9(1876)年にアメリカから
京都府農牧学校として創設されました。
日本三大農業教育発祥地の一つと言われています。
昭和23(1948)年に京都府立須知高等学校となり現在に至っています。
標高約184mに位置し、
146,890㎡という広大な校地に緑があふれ、
ポニー、羊、ヤギが放牧され、
ウサギや犬が飼育されるなど、
豊かな自然環境に恵まれた高校です。
小規模校の特性を活かして個々の生徒に手厚く対応し、
学習活動と部活動との両立を保障する環境をつくり、
希望進路の実現をサポートする体制を整えています。
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蒲生遺跡第3次発掘調査概要 京都府船井郡丹波町 現地調査昭和62年12月14日~昭和63年2月4日【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年

【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
出版者   京都府埋蔵文化財調査研究センター
出版年月日 1988.3
p1【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
〔画像〕p1【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12257260/1/1

  2. 蒲生遺跡第3次発掘調査概要

1. はじめに
京都府教育委員会は、
昭和62年度に京都府立須知高等学校の管理棟校舎改築を計画した。
当該値地は、丹波町内でも蒲生から豊田にかけて
もっとも広範囲にわたる弥生時代から中世にかけての
遺跡である蒲生遺跡の一画である。

昭和58年度には、同校の農業実習棟建設に伴い
第1次調査が行われ、
弥生時代中期の竪穴式住居跡・
中世の掘立柱建物跡等が確認された。(注1)
さらに、昭和61年度には同校の校舎改築に伴い、
第2次調査が行われ、
古墳時代の土壙などが確認されている。(注2)
今回の調査地は、第2次調査地の東に隣接する地点で、
蒲生遺跡の西端に当たる。

以上のような成果をふまえ、
京都府教育委員会管理課から同文化財保護課を経て
当調査研究センターに事前の発掘調査の依頼があった。
そこで、当調査研究センターでは依頼を受け、
遺構の有無を確認し、記録保存を図るとともに
重要な遺構・遺物を発見した場合、
保存のための資料を作成することを目的として、
事前に発掘調査を実施することとなった。

現地調査は、昭和62年12月14日から着手し、
昭和63年2月4日まで実施した。
なお、最終日には関係者説明会を行っている。
調査面積は、約600㎡である。

発掘調査に当たっては、当調査研究センター
調査2課 調査第1係 係長 辻本和美・
同調査員 森 正が担当した。
発掘調査を実施するにあたっては、
府立須知高等学校・丹波町教育委員会をはじめ
関係諸機関・地元の方々の御協力・御援助を得た。
また、この間調査補助員・整理員として
参加していただいた学生諸氏・地元の方々(注3)に対して
記して謝意を表する。
なお、発掘調査にかかる経費は、
全額京都府教育委員会が負担した。

2. 位置と環境
今回、調査対象となった蒲生遺跡は、
標高150m以上の丹波高原と呼ばれる
小盆地のほぼ中央に位置している。
盆地南部の山塊は、
淀川水系と由良川水系の分水嶺となっており、
日本海に注ぎ込む由良川の、最も上流域にあたる。

丹波町内において、現在のところ、
旧石器・縄文時代の遺跡は確認されていない。
しかし弥生時代になると、
積極的な開発が行われたことがうかがわれる。
当遺跡の北側、須知川左岸に形成された
小規模な扇状地の末端部に位置する美月遺跡(注4)では、
弥生時代中期に川から取水する人工的な水路が検出されている。
当遺跡北西端部の台地縁辺部においては、
https://dl.ndl.go.jp/pid/12257260/1/18

同じく弥生時代中期の竪穴式住居跡が検出されている。

古墳時代には、さらに開発あるいは
他地域との交流も進んだようであり、
多くの古墳が築造される。
そのほとんどは、古墳時代後期のものであり
小規模なものである。
しかしその中にも、
全長30m程度の規模を有する前方後円墳である、
豊田車塚古墳・カナヤ1号墳等も存在する。
また、当遺跡の南西部曽根川に面する丘陵裾部には、
7基からなる宮の浦古墳群がある。
そのなかの1号墳は、径25mの円墳であり、
巨石で構築された全長11.8mの横穴式石室を持つものである。

奈良時代になると、宮の浦古墳群の対岸丘陵地において
須恵器の生産が開始される。
中台・院内窯跡群であり、
現在まで5基の窯跡が確認されている。(注5)

中世には、盆地内の丘陵各所に山城が築かれる。
なかでも盆地南部の美女山の西裾には、
在地土豪の須知氏の居城である須知城が築かれている。

  第20図 周辺遺跡分布図
 1.蒲生遺跡   2.カナヤ古墳群  3.豊田城跡
 4.豊田車塚古墳 5.藤浪古墳    6.千原古墳
 7.鳥居野古墳  8.中台古窯跡群  9.院内窯跡
10.森狐塚古墳  11.森遺跡    12.塩田谷遺跡
13.山田古墳群  14.宮の浦古墳群 15.深志野古墳群
16.須知城跡   17.上野城跡   18.須知遺跡
19.美月遺跡   20.蒲生野古墳群 21.家ノ奥古墳群
22.実勢古墳群  23.実勢南古墳  24.浜付場古墳群
p19-1【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
〔画像〕p19-1【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)

3. 調査概要
調査対象地は、第2次調査地の東に隣接する地点であり、
前回の調査結果から遺構面までは非常に浅いことが予想された。
そのため、残存する遺構を保護するため、
調査地内に縦横に残る旧校舎のコンクリート基礎は、
撤去せずに調査する方針をとった。

  第21図 調査地位置図
p19-2【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
〔画像〕p19-2【京都府遺跡調査概報 第30冊】昭和63年(1988)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12257260/1/19

  第22図 トレンチ西半部遺構図

4. まとめ
今回調査を行った地点では、
府立須知高校建設時に
かなりの削平を受けていることがわかった。
削平を受けているとはいえ、
遺物の出土量が僅少であったことから考えても
調査地に集落が存在した可能性は低い。
さらに、前回までの調査結果もあわせて考えると、
須知高校の位置する台地上においては、
西半部よりむしろ東半部の台地縁辺部に、
集落が存在した可能性が高いものと思われる。
先にも触れたように丹波高原においては、
弥生時代中期からの開発の跡が知られている。
さらに後期古墳も数多く築造されている。
今後の周辺地域の調査に期待したい。(森 正)

注1 引原茂治「蒲生遺跡発掘調査概要」
   (『京都府遺跡調査概報』第10冊
   (財)京都府埋蔵文化財研究センター)1984
注2  西岸秀文「蒲生遺跡第2次発掘調査概要」
   (『京都府遺跡調査概報』第22冊
   (財)京都府埋蔵文化財研究センター)1987
注3 石崎善久・高野陽子・大崎康文
注4 清水芳裕「京都府美月遺跡の発掘調査」
   (『京都大学構内遺跡調査研究年報』昭和56年度
   京都大学埋蔵文化財研究センター)1981
注5 林 和廣「丹波国古窯跡について」
   (『史想』15号 京都教育大学考古学研究会)1970
https://dl.ndl.go.jp/pid/12257260/1/20
京都府遺跡調査概報 第33冊
昭和63年3月25日
発行 (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター
   〒617 京都府向日市寺戸町南垣内40の3
       TEL(075)933-3877(代)
印刷 中西印刷株式会社
   〒602 京都市上京区下立売通小川東入
       TEL(075)441-3155(代)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12257260/1/85
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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蒲生遺跡第2次発掘調査概要 京都府船井郡丹波町 現地調査昭和61年8月25日~10月9日【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年

【京都府遺跡調査概報 第22冊
 (上中遺跡第4次.蒲生遺跡.西町遺跡.府営ほ場整備関係遺跡.
長岡宮跡第172次.長岡京跡左京第151次)】
出版者   京都府埋蔵文化財調査研究センター
出版年月日 1987.3
p1【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
〔画像〕p1【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/1

  2. 蒲生遺跡第2次発掘調査概要 p11-13/88

1. はじめに
蒲生遺跡は、船井郡丹波町字蒲生小字蒲生野に所在する。
丹波町は、京都府の北部と南部の分岐点に位置し、
水系の点でも由良川・淀川の分水嶺にあたる。

蒲生野の周辺は、標高150mの高原地にかかわらず、
美月遺跡・蒲生遺跡(注1)などの集落跡や
前方後円墳のカナヤ1号墳(乗鞍古墳)・
豊田車塚古墳をはじめ、
群集墳や窯跡群などの遺跡が点在している。

さて、今回の調査は、
京都府立須知高校の増改築工事に先立ち、
京都府教育委員会管理部の依頼を受けて実施したものである。
蒲生遺跡の推定範囲は、東西約300m・南北約200mに及び、
昭和58年度にも北西部で同校校舎改築に伴い発掘調査を実施し、
弥生時代中期の竪穴式住居跡1基・土壙等を検出している。

今回の調査地は、蒲生遺跡推定地の最西端に位置し、
調査は遺跡の有無を明らかにすることを目的として実施した。
調査は後述す

  第5圖 周辺遺跡分布図
1,調査地    2.蒲生遺跡   3.カナヤ古墳群
4.豊田車塚古墳 5.藤波古墳   6.千原古墳
7.鳥居野古墳  8.美月遺跡   9.蒲生野古墳群
p11【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
〔画像〕p11【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/11

後述するように旧校舎建築時の削平が著しく、
顕著な遺構・遺物は検出できなかったが、
今後周辺地の調査を行うに際し指針となる成果が得られた。

現地調査は、昭和61年8月25日から
同年10月9日までの約400㎡を実施した。
期間中は、丹波町教育委員会・須知高校の方々から
多大なる御協力・御助言を賜わり、
また作業員(注2)・調査補助員(注3)として、
地元有志の方がた及び学生諸氏にそれぞれ参加協力を得た。
記して感謝したい。

調査にあたっては、
当調査研究センター調査課 主任調査員 水谷寿克・
同調査員 森下 衛・同調査員 西岸秀文が担当し実施し、
本稿の執筆は西岸が行った。

2. 調査概要

  第6図 調査地周辺及びトレンチ配置図

  第7図 遺構検出図

3. 出土遺物

  第8図 4トレンチSK01・SD01実測図
p12【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
〔画像〕p12【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/12

  第9図 出土遺物実測図
p13【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
〔画像〕p13【京都府遺跡調査概報 第22冊】昭和62年(1987)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/13

4. まとめ

注1 清水芳裕「京都府美月遺跡の発掘調査」
   (『京都大学構内遺跡調査研究年報』
    京都大学埋蔵文化センター)1981
   引原茂治「蒲生遺跡発掘調査概要」
   (『京都府遺跡調査概報』第10冊
   (財)京都府埋蔵文化財研究センター)1984
注2 溝口光盛 西山季雄 竹口 弘 竹元 豊
   野口 享 西野博之 山崎孝一 谷口政枝
   山崎蓉子
注3 西垣真史 横山憲夫 竹岡光男 大西啓喜
   洲崎 浩 武田文登
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/13
京都府遺跡調査概報 第22冊
昭和62年3月25日
発行 (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター
   〒617 京都府向日市寺戸町南垣内40の3
       TEL(075)933-3877
印刷 中西印刷株式会社
   〒602 京都市上京区下立売通小川東入
       TEL(075)441-3155(代)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255339/1/86
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蒲生遺跡第1次発掘調査概要 京都府船井郡丹波町 現地調査昭和58年7月2日~8月25日【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年

【京都府遺跡調査概報 第10冊 
(近畿自動車道舞鶴線関係遺跡.土師南遺跡.中山城跡.
田辺城跡第3次.田辺城跡第4次.蒲生遺跡.
上中遺跡.千代川遺跡第4次.篠窯跡群(試掘調査))】
出版者   京都府埋蔵文化財調査研究センター
出版年月日 1984.3
p1【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
〔画像〕p1【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/1

 6. 蒲生遺跡発掘調査概要 p51-61/147
蒲生遺跡は、京都府船井郡丹波町蒲生から豊田にかけての
広範囲な遺物散布地である。
『京都府遺跡地図』には
「京都府遺跡番号2726・丹波町遺跡番号9」
として登載されている。

丹波町の中心部は、標高150m以上の、
いわゆる丹波高原とよばれる盆地に所在する。
蒲生遺跡は、
標高176mから180mにかけての台地上に位置する。
今回の調査地は、丹波町豊田下河原であり、
遺跡範囲内の北西端にあたる。

今回の調査は、京都府立須知高等学校の
農業科実習棟建設工事に伴う事前の発掘調査として、
京都府教育委員会管理課から同文化財保護課を経て
当調査研究センターに依頼があった。

そこで、当調査研究センターでは、
再三にわたる協議や現地視察を行ったうえで、
文化財保護法第98条第2項の規定に基づき
「埋蔵文化財発掘調査届書」を
昭和58年6月17日付けで文化庁長官あて提出し、
同年7月2日から現地調査に着手した。

今回の調査は、校舎建設工事に先立ち、
同予定地内に遺構・遺物が存在するか否かを確認し、
記録を作成することを目的とする。
現地調査は同年8月25日まで実施した。
また同年8月24日には関係者説明会を行った。
この説明会には調査関係者や協力機関の方がただけでなく、
丹波町教育委員会の御配慮により
多数の地元の方がたが参加された。

発掘調査にあたっては、
当調査研究センター主任調査員 水谷寿克、
調査員 引原茂治が担当して行ったが、
現地での作業は主に引原が進行をはかった。

また、下記の方がたには調査に御協力いただいた。
感謝の意を表したい。

調査協力者
京都府立須知高等学校・丹波町教育委員会・
京都府教育庁指導部文化財保護課・
京都府南丹教育局・
大西儀一(京都府文化財保護指導委員)・
朝日航洋株式会社・田端輪業

これらの方がたのほかに、
調査補助員・整理員・作業員として各大学の学生諸君・
地元の方がたに協力していただいた。(注1)
なお、調査補助員の中西 宏氏には事務補助員としても
調査を援助していただき、特に感謝したい。

この概要報告書の作成にあたっては、
上記 引原茂治が執筆・編集を行った。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/51

  第51図 調査地位置図
 1.調査地     2.蒲生遺跡    3.美月遺跡
 4.豊田車塚古墳  5.カナヤ古墳群  6.実勢古墳群
 7.藤浪古墳    8.家ノ奥古墳群  9.蒲生野古墳群
10.宮の浦古墳群  11.森狐塚古墳  12.豊田城跡
p52【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
〔画像〕p52【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/52

  第21図 調査地地形図
p53【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
〔画像〕p53【京都府遺跡調査概報 第10冊】昭和59年(1984)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/53

2.位置と環境
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/54

 第53図 調査地(A地点)平面図
 第54図 Dライン・10ライン層序断面図
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/55

3.調査の経過と概要

4.検出遺構

  第55図 竪穴式住居跡 SB05 実測図

https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/56

  第56図 土壙実測図(1)

  第57図 土壙実測図(2)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/57

  第58図 掘立柱建物跡 SB06 実測図

  第59図 柵列跡 SA07 実測図
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/58

5.出土遺物
(1)弥生土器(第60図 図版第37)

  第60図 出土遺物(弥生土器)実測図
   SK02:1・5 SK04:2・3・6~8 AF12:4
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/59

  第61図 出土遺物(石器)実測図
   SB05:9・10・12~19 AC17:11
(2)石器(第61図 図版第37)

6.小 結
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/60

注1 調査補助員
   山田文吾・田中暢一・中西 宏・富田 宏・青木恒文・
   氏家斉志・柿阪宣孝・片山統夫・熊谷秀伸・斉藤雅彦・
   菅原淳之・高羽政治・中井達雄・中西秀行・永岡一郎・
   西垣真史・畑 時正・山本正人・行沢洋人
   整理員
   田中智子・冬木万里・坂本明美・森川なる美
   作業員
   折竹了一・松村純司・湊幸之助・北村つるゑ・
   谷村峰子・松村富美子・湊 立枝・横川ちゑの
注2 清水芳裕「京都府美月遺跡の発掘調査」
   (『京都大学構内遺跡調査研究年報』
    京都大学埋蔵文化センター)1981
注3 今回の調査で出土した石器の石材については、
   京都府立山城郷土資料館 橋本清一氏より
   御教示を受けた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/61
京都府遺跡調査概報 第10冊
昭和59年3月31日
発行 (財)京都府埋蔵文化財調査研究センター
   〒602 京都市上京区広小路通寺町東入ル
       中御霊町424番地
       TEL(075)256-0416
印刷 中西印刷株式会社
   代表者 中西 亨
   〒602 京都市上京区下立売通小川東入
       TEL(075)441-3155(代)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12255423/1/145
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慶応四年八月朔日横須賀表遊女町、見世開之次第左ニ【横浜開港資料館紀要(5)】1987-03

【横浜開港資料館紀要 = Yokohama Archives of History review (5)】1987-03
著者    横浜開港資料館 編
出版者   横浜市ふるさと歴史財団
出版年月日 1987-03
p1【横浜開港資料館紀要(5)】1987-03
〔画像〕p1【横浜開港資料館紀要(5)】1987-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/4422766/1/1

六 慶応四年懐中覚(慶応四年五月~同年八月)/p56~71
https://dl.ndl.go.jp/pid/4422766/1/75

一、八月朔日横須賀表遊女町、見世開之次第左ニ
  大坂や平吉
    あいそめ  拾六才
    瀧の井   廿六才
    染川    十六才
  新紺や萬吉
    瀬川    廿四才
    鶴岡    廿七才
    かと    十八才
  新武蔵吉五郎
    はま風   廿一才
    菊人    十七才
    はつね   廿二才
  岡泉や銀次郎
    ふく岡   廿一才
    菊つる   十九才
    菊川    十八才
  金沢や軍六
    小いな   十九才
    花園    十六才
小以  ふく島   十七才
p82【横浜開港資料館紀要(5)】1987-03
〔画像〕p82【横浜開港資料館紀要(5)】1987-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/4422766/1/82
昭和六十二年三月三十一日発行
横浜開港資料館紀要 第五号
編集 横浜開港資料館
発行 横浜市中区日本大通三番地
   電話 045-201-2100
   横浜市広報印刷物登録
     第610404号
   種別・分類 A-BE160
印刷 有限会社 三信印刷所
   横浜市南区前里町2-44
https://dl.ndl.go.jp/pid/4422766/1/99
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《名張隆政》東洋ミニチユアベアリング取締役【人事興信録 第23版 下】昭和41年(1966)

【人事興信録 第23版 下】昭和41年(1966)
著者    人事興信所 編
出版者   人事興信所
出版年月日 1966
名張 隆政(なばり たかのり)
(株)蒼電舎社長 技術士
大阪府出身
 母  春 枝 明治26年9月6日生
 妻  喜美子 大正15年4月18日生
        大阪府吹田市、
        久岡喜代松 長女、
        茨木高女卒
 長男 隆 司 昭和23年3月10日生
        北野高校卒
 長女 美陽子 昭和31年12月26日生
大正11年12月20日
京都府 恭治・春枝の長男に生る
昭和19年神戸高等工業学校電気学科卒業
昭和35年技術士 本試験 電気部門
昭和36年生産管理部門
各合格
松下電器産業研究所員
東洋ミニチユアベアリング取締役
を経て
現職に就任す
尚昭和37年10月より2カ月間
日本生産性本部
中小企業新製品開発専門視察団の一員として
米国及び欧州諸国を視察す
趣味 チェロ演奏・ゴルフ(22)
宗教 禅宗
住所 大阪府吹田市片山前二三七四番
電話 大阪381-3423
p336【人事興信録 第23版 下】1966
〔画像〕p336【人事興信録 第23版 下】1966
https://dl.ndl.go.jp/pid/3044976/1/336
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年10月28日07:00
《名張隆政(株)蒼電舎社長》
松下電器産業研究所員を経て現職に就任す
【人事興信録 第25版 下】1969

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2016年07月10日10:00
[思い出の写真帖]055
〔名張隆政さんと社員旅行:小野又一・雄二〕
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【産経日本紳士年鑑 第4版】昭和38年(1963)
出版者   産経新聞年鑑局
出版年月日 1963
《名張隆政》
東洋ミニチユアベアリング取締役
https://dl.ndl.go.jp/pid/3044843/1/814

【産経日本紳士年鑑 第5版 下】昭和39年(1964)
出版者   産経新聞年鑑局
出版年月日 1964
《名張隆政》
東洋ミニチユアベアリング取締役
https://dl.ndl.go.jp/pid/3025346/1/223

【産経日本紳士年鑑 第6版 下】昭和41年(1966)
出版者   産経新聞年鑑局
出版年月日 1966
《名張隆政》
東洋ミニチユアベアリング取締役
https://dl.ndl.go.jp/pid/3018988/1/243

【産経日本紳士年鑑 第7版 下】昭和42年(1967)
出版者   産経新聞年鑑局
出版年月日 1967
《名張隆政》
東洋ミニチユアベアリング取締役
https://dl.ndl.go.jp/pid/3044850/1/298
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《尾上信夫》兵長 ビルマ国ペンダ 戦病死 昭和19年12月4日【福知山聯隊史】昭和50年(1975)

【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
著者    福知山聯隊史編集委員会 編
出版者   福知山聯隊史刊行会
出版年月日 1975.4
p3【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
〔画像〕p3【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/3

<京都府福知山市>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/226
昭和19年12月4日
戦病死    兵長
尾上 信夫  ビルマ国ペンダ
※小野(尾上)喜代子の叔父

昭和19年11月17日
戦 死    伍長
尾上 幸男  レイテ島ダガミ

昭和13年11月8日
戦 死    軍曹
尾上弥太郎  中国安徽省
p234【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
〔画像〕p234【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/234

<船井郡丹波町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/199

<船井郡和知町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/200

<船井郡瑞穂町>
昭和12年9月27日
戦 死    軍曹
伊藤  薫  北支
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/203

<加佐郡大江町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/260
昭和20年8月5日
戦病死    陸軍中尉
津田 栄一  インパール野戦病院
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/261
福知山聯隊史 (非売品)
昭和五十年四月一日 発行
編 集 福知山聯隊史編集委員会
    代表 伊藤良一
発行所 福知山聯隊史刊行会
    福知山市内記一
印刷所 あやべ印刷株式会社
    綾部市中ノ町一丁目二〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/338
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2017年10月12日04:55
《伊藤 薫》[平和の礎]瑞穂町遺族会:昭和58年

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年08月25日05:48
《津田儀一・津田栄一の父》加佐郡大江町河守 菓子商
【墓標:第二次世界大戦遺族の手記】1981
終戦直前
昭和二十年八月五日敢えなくも
殉国の英霊と化せらる
功に依り陸軍中尉に昇進
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

NPO法人プラムランナー[令和6年度(2024年度)貸借対照表]令和7年3月31日現在

特定非営利活動法人プラムランナー
更新年月日:2024年04月05日
所轄庁         京都府
法人名称        特定非営利活動法人プラムランナー
主たる事業所の郵便番号 622-0312
主たる事務所の所在地  京都府船井郡京丹波町井脇瀧谷22番地
代表者氏名       梅垣 晋
設立認証年月日     2024年03月08日
設立年月日       2024年03月13日
定款に記載された目的
この法人は、交通不便地域において、
公共交通機関を利用することが困難な地域住民に対して、
移送サービスに関する事業を行い、
特定非営利活動に係る事業
(1)自家用有償旅客運送事業
(2)その他、第3条の目的を達成するために必要な事業
事業年度開始日 04月01日
事業年度終了日 03月31日
法人番号    9130005017035
閲覧書類等更新年月日:2025年07月25日
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[法第28条第1項関係]
   令和7年3月31日現在
特定非営利活動法人 プラムランナー
  (単位:円)
Ⅰ 資産の部
  1,流動資産
    現金預金       16,181
  3.繰延資産
    創立費       364,760
  資産合計        380,941
Ⅱ 負債の部
  2.固定負債
    借入金       500,000
  負債合計        500,000
Ⅲ 正味財産の部
   当期正味財産増減額 △119,059
  正味財産合計     △119,059
  負債及び正味財産合計  380,941
令和6年度(2024年度)貸借対照表
〔画像〕令和6年度(2024年度)貸借対照表
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[法第28条第1項関係]
   令和6年3月31日現在
特定非営利活動法人 プラムランナー
  (単位:円)
Ⅰ 資産の部
  1,流動資産
    現金預金      0
  3.繰延資産
    創立費       0
  資産合計        0
Ⅱ 負債の部
  2.固定負債
    借入金       0
  負債合計        0
Ⅲ 正味財産の部
   当期正味財産増減額  0
  正味財産合計      0
  負債及び正味財産合計  0
令和5年度(2023年度)貸借対照表
〔画像〕令和5年度(2023年度)貸借対照表
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年09月29日10:45
《定款:設立当初の役員》自家用有償旅客運送事業
[NPO法人プラムランナー]設立:令和6年3月13日
附 則  p10/10
1 この定款は、この法人の成立の日から施行する。
2 この法人の設立当初の役員は、次に掲げる者とする。
代表理事  梅垣 晋 ※元・京丹波町職員
理事    森田一三 ※元・京丹波町職員
理事    西山芳明 ※現・京丹波町議会議員
理事    伴田邦雄 ※元・京丹波町職員
理事    居谷知範 ※現・京丹波町議会議員
監事    梅垣 徹
3 この法人の設立当初の役員の任期は、
第14 条第1項の規定にかかわらず、
成立の日から令和7年6月30日までとする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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