2026年04月

【全盛古郷便覧】佐藤頴吉 編 大賣捌所 日本橋通壹丁目 伊勢屋金治郎:明治13年12月出版

【全盛古郷便覧】明治13

著者    佐藤頴吉 編

出版者   鈴木金治郎

出版年月日 明13.12

 p2【全盛古郷便覧】明治13年

〔画像〕p2【全盛古郷便覧】明治13

https://dl.ndl.go.jp/pid/768113/1/2

 

 

定 價  貳拾錢

明治十三年十一月十二日御届

同    十二月 十日出板

編輯人  佐藤 頴吉  新潟縣平民

     芝區宮本町壹番地 寄留

出版人  鈴木金治郎  東京府平民

     京橋區南傳馬町三丁目廿四番地

大賣捌所 日本橋通壹丁目 伊勢屋金治郎

     新橋出雲町   山田屋甚七

     芝宮本町    平野傳吉

https://dl.ndl.go.jp/pid/768113/1/65

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  

伊藤盛吉(昭和五七年二月逝去)夫人明子・長男根光・三男盛正【赤間関本陣伊藤家・海峡人物往来】1991

【赤間関本陣伊藤家・海峡人物往来】1991
著者    下関市立長府博物館 編
出版者   郷土の文化財を守る会
出版年月日 1991.2
p1【赤間関本陣伊藤家・海峡人物往来】1991
〔画像〕p1【赤間関本陣伊藤家・海峡人物往来】1991
https://dl.ndl.go.jp/pid/13207043/1/1

  調査にいたる経緯  利岡俊昭

中原雅夫氏(平成元年八月逝去)は、
旧版市史刊行の直後に
伊藤盛吉氏(昭和五七年二月逝去)からご指摘を受け、
また全体に史料調査の不備を痛感しておられたこともあって、
この機会に最重点目標として
是非伊藤家の調査をと力説された。

  調査の概況
昭和六三年八月五日、
期待に胸を弾ませながら、
東京都杉並区善福寺の伊藤家を訪ねた。
長男の根光(もとみつ)氏一家は勤務の関係で
渡米中のためご不在だったが、
東京女子大に近い閑静な住宅街にある伊藤家では、
明子夫人が二男(※三男)の盛正氏と二人で
長櫃に入った軸物や道具類を揃えて待っておられた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/13207043/1/22

  編集後記
今回、伊藤家御当主根光氏、
先代盛吉氏夫人明子様をはじめ
伊藤家の皆様方のご理解ご協力により、
伝世の貴重な資料の里帰りと
公開が実現いたしましたことは、
下関にとってまことに意義深いものがあります。
  下関市立長府博物館
    館長 清水只夫
https://dl.ndl.go.jp/pid/13207043/1/38

赤間関本陣伊藤家~海峡人物往来
平成三年二月一五日発行
編集 下関市立長府博物館
   下関市長府川端一丁目二番五号
   電話(0832)45-0555
発行 郷土の文化財を守る会
   下関市教育委員会文化課内
   電話(0832)31-1111(代)
印刷 瞬報写真印刷株式会社
   下関市大字清末一三二八番地
   電話(0832)82-1841
https://dl.ndl.go.jp/pid/13207043/1/39
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
《伊藤盛吉・千葉県松戸市松戸》
父 伊藤(別府)醇【東京紳士録 昭和43年版】
父  醇  (明治13年)松戸市在住
妻  明子 (大正5年) 富山県出身
長男 根光 (昭和15年)慶応大卒
            日立製作所栃木工場勤務
二男 嘉貞 (昭和17年)築地本願寺仏教学院在
長女 光子 (昭和18年)昭和女大日文科在
三男 盛正 (昭和19年)日大文理学部社会科在
四男 盛四郎(昭和22年)理工学部機械科在
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

伊藤醇氏の長男 盛吉氏:伊藤盛吉家(下関)訪問(昭和51年11月)【緒方富雄先生八十賀記念文集と記録】1982

【緒方富雄先生八十賀記念文集と記録】1982
著者    緒方富雄先生八十賀記念の会 編
出版者   緒方富雄先生八十賀記念の会
出版年月日 1982.8
p1【緒方富雄先生八十賀記念文集と記録】1982
〔画像〕p1【緒方富雄先生八十賀記念文集と記録】1982
https://dl.ndl.go.jp/pid/12192561/1/1

  一五一 緒方先生と私の歴史散歩
      武藤埼一郎
     (蘭学資料研究会会員)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12192561/1/176

 伊藤盛吉家(下関)訪問(昭和五十一年十一月)
伊藤醇氏の長男盛吉氏が
杉並区善福寺に居られることが判明し、
小川先生、山口高校の後輩の木村先生と
御一緒に訪問しました。

呉先生が伊藤杢之允(盛吉氏曽祖父)について
詳説しておられますが、
「ヅーフ蘭文賛ファイケル富士の画(重文)・
 奥平昌高筆伊藤杢之允あて蘭詩等」
興味あるものを
みんなで興奮状態で拝見しました。

後で先生は「伊藤杢之允関係文書図録」を刊行され、
伊藤家の方々は大変喜んでおられました。

伊藤さんは、亡父が呉先生と一緒に訪れて、
ヅーフからもらった礼服(戦災)を
杢之允と同様着て見せたと笑っておられました。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12192561/1/177

昭和五十七年八月二十五日発行(非売品)
編集発行 緒方富雄先生八十賀記念の会
     中央区日本橋馬喰町2-3-5
     緒方医学化学研究所内
製作   財団法人口腔保健協会
印刷   三報社印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/12192561/1/218
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2026年04月17日05:10
伊藤盛吉(昭和五七年二月逝去)夫人明子・長男根光・三男盛正
【赤間関本陣伊藤家・海峡人物往来】1991
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《吉田卯之助》明治二十二年憲法発布の際、「芸能大象」と四文字を揮毫して賜はりたる事あり【明治の演芸 8 】1987

【明治の演芸 8 (明治38年~明治45年) (演芸資料選書 ; 1)】1987
著者    倉田喜弘 編
出版者   国立劇場芸能調査室
出版年月日 1987.12
p3【明治の演芸 8 】1987
〔画像〕p3【明治の演芸 8 】1987
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/3

明治四十四年
◎五・八夕(大阪時事新報)
西区の興行界に覇を称する
侠客切れの卯之 事 吉田卯之助は、
去る三月中旬より病気に罹りて服薬中、
心臓に腫物を生じ、
大阪病院に於て治療に手を尽したる効なく、
八日午前五時、
六十九歳を一期として死去したるが、

同人は彼の有名なる会津の小鉄と義兄弟の縁を結び、
淡熊杯とも親しき間柄(編者注=中略)

四十歳の折、
八千代席といふ落語の小屋を開きしが
抑も興行界に手を出す初めにて、
明治十七年、
当時には珍しき大象を買取り
道々興行して東京に到り、

明治二十二年憲法発布の際、

 明治22年(1889)の紀元節2月11日、
 明治宮殿の正殿において、
 大日本帝国憲法の発布式が執り行われました。

其 象を時の海軍大臣西郷邸へ持込み

近代 日本人の肖像
[西郷 従道]生没年
天保14年5月4日 〜 明治35年7月18日
(1843年6月1日 〜 1902年7月18日)

象の芸尽しを縦覧に供したるに、
其時 列席したる三条公の御意に叶ひ、

近代 日本人の肖像
[三条 実美]生没年
天保8年2月8日 〜 明治24年2月18日
(1837年3月14日 〜 1891年2月18日)

「芸能大象」と四文字を揮毫して賜はりたる事あり、
今尚同家の居間に懸額として珍蔵し居れるが、

今は松島の八千代座を始め、
天満座、八千代活動館、八千代浪花節席、
近くは茨住吉神社前に
大劇場歌舞伎座の建築を為したる等、
漸次興行界に重きを為し、
興行の事は一切息子の力松に任せて、
自分は建築請負を業とし居たりと云ふ。

葬式は十一日午後正一時、
西区十返町三十番地・八千代座前自宅より出棺、
阿部野墓地に於て営む由。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/139
演芸資料選書・1
倉田喜弘編
明治の演芸(八)
昭和六十二年十二月二十五日
編集 国立劇場芸能調査室
発行 国立劇場
   102 東京都千代田区隼町4-1
   03-265-7411
印刷 (有)伸交社印刷
https://dl.ndl.go.jp/pid/12438196/1/196
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2026年04月14日05:05
《吉田卯之助君》故三條公爵より「藝能大象」の綠額を賜ふ
【諸家稜々志】大正4年
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《吉田卯之助君》故三條公爵より「藝能大象」の綠額を賜ふ【諸家稜々志】大正4年

【諸家稜々志】大正4年
出版者   商工重宝社
出版年月日 大正4
p3【諸家稜々志】大正4年
〔画像〕p3【諸家稜々志】大正4年

   吉田卯之助君
   現住所 大阪市西區十返町三〇
       電話西二一五番
君は、我邦有數の興行家にして、
大小劇場の持主として其の名聲
斯界に嘖々たり。

現今君が所有に係はる劇場は、
松島の八千代座、同八千代倶樂部、
九條の歌舞伎座、天滿の天滿座、同電氣館等なり。

君、明治六年七月二十九日を以て生れ、
幼少の頃より頗る學を好み、
通學の傍ら自宅に於て獨修するを怠らず、
夙に俊才兒を以て囑目せらる。

而して君は、
十六歳の若年より君の嚴君の業を輔け、
共に大象曲藝を以て、
汎く日本全國を巡業し、
一世を驚倒せしむるに足る大成功をして
一躍斯界の覇を掌握し、
向ふ所殆ど敵無き概を示しつゝ
東都に於て破れるが如き賞讃喝采を博し

つゝありし時、
明治二十三年憲法發布ありて、

 明治22年(1889)の紀元節2月11日、
 明治宮殿の正殿において、
 大日本帝国憲法の発布式が執り行われました。

其の際
西郷侯爵邸に於て、

近代 日本人の肖像
[西郷 従道]生没年
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/86
天保14年5月4日 〜 明治35年7月18日
(1843年6月1日 〜 1902年7月18日)

畏くも 先帝陛下の天覽の榮を辱ふする
絶大の光榮に浴し、
尚ほ其の時、
故三條公爵より「藝能大象」の綠額を賜ふ。

近代 日本人の肖像
[三条 実美]生没年
天保8年2月8日 〜 明治24年2月18日
(1837年3月14日 〜 1891年2月18日)

大正四年八月三十日印刷
大正四年九月 三日發行 定價金五圓
編輯者 商工重寶社編輯部
發行者 今北治策
    大阪市西區本田二番町六番地
印刷者 大原一雄
    大阪市東區南農人町二丁目四番地
發兌元 商工重寶社
    大阪市西區本田二番町
    電話 長 西一二三七番
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【大阪の世相 (毎日放送文化双書 ; 7)】1973
著者    岡本良一, 渡辺武 著
出版者   毎日放送
出版年月日 1973
天竺渡り生大象(明治17年、千日前見世物興行チラシ)
天竺渡り生大象
身の丈  一丈六尺五寸
惣身量目 二千五百貫目
鼻長サ  八尺五寸
明治十六年第十二月 七日御届
同    同   廿二日出板
府下南區心齊橋通二丁目九番地
玉置清七板

當ル明治十七年第一月一日ゟ千日前行@東側@@@
太夫元 松嶋卯之助
p7【大阪の世相 (毎日放送文化双書 ; 7)】1973
〔画像〕p7【大阪の世相 (毎日放送文化双書 ; 7)】1973
https://dl.ndl.go.jp/pid/9572716/1/7
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2026年04月15日04:15
《吉田卯之助》明治二十二年憲法発布の際、
「芸能大象」と四文字を揮毫して賜はりたる事あり
【明治の演芸 8 】1987
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《畠中源一町長》私は、常に行政の見える化、透明性を確保する:令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第2号)

令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第2号)
令和8年 3月17日(火)
開議  午前9時00分
3 出席委員(12名)
   1番  樋口 由実 君
   2番  居谷 知範 君
   3番  西山 芳明 君
   4番  谷口 勝已 君
   5番  山﨑 眞宏 君
   6番  山﨑 裕二 君
   7番  奥田 健次 君
   8番  東 まさ子 君
   9番  伊藤 康二 君
  10番  畠中 清司 君
  11番  大澤 順可 君
  12番  松村 英樹 君
令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第2号)
〔画像〕令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第2号)

◎町長(畠中源一君) p20-22/23
それでは、委員会の終了に当たりまして、
私のほうからもご挨拶を申し上げたいと思います。
それと、執行につきましては、
私は、常に行政の見える化、透明性を確保する
ということを基本に置きたいと
思っておるところでございます。

そうした透明性を増すことによって、
情報を議会の皆さん方と執行部が共有をして、
そして、議会の議員の皆様方にも
やはりいろんなアドバイスを頂戴したい。
考えていただきたい。

そして、その評価は町民の皆さんがされるわけです。
透明じゃないと評価は受けられないと私は思っております。

隠し事をする必要は何もありません。

そういう基本姿勢を持っておりますので、
どうぞご理解賜りますよう、
よろしくお願いしたいと思います。

なんせやっぱり京丹波町の非常にすばらしいところは、
執行部、それから議員とが一丸となってやっている。

これは非常に安心感を覚えると知事からも
そういう高い評価を得ているところでございます。

そういったところで、
これから一層、一丸となって邁進する。
これが町民の安心感、
そして幸せを実現する一番の方策だと私は思っております。

なお、また、不十分の答弁もありました。
不用意な答弁もありました。
それはやっぱり気をつけなければなりません。

緊張感を持って私たちはやっていくということでございます。
予算を余らすために予算をつくるんじゃないということです。

それだけはしっかりと自覚しなければならないと思っております。
そういうことで、
緊張感を持ってこれから仕事いたしていくことをお約束し、
お礼に代えさせていただきます。
本当にありがとうございました。
閉会 午前 9時54分
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2026年03月27日10:05
京丹波町デマンド交通補助金:NPO法人プラムランナー
「イッテコ京丹波」1,116万円:
システム利用料補助金656万5千円
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

特産館「和」:自分たちで稼ぐと指定管理料を500万円下げるという提案:令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第1号)

令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第1号)
令和8年 3月16日(月)
開議  午前9時00分
令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)
〔画像〕令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)

◎4番(谷口勝已君) p63/85
特産館「和」管理運営事業について、3点お伺いいたします。
3点目、指定管理料1,500万円になっておりますけれども、
この根拠をよろしくお願いします。

◎商工観光課長(片山 健君) p64/85
最後ですけれども、
指定管理料の1,500万円につきましては、
ここ近年、2,000万円で推移をしていた
ということでございます。

しかし、令和8年度から
10年間の指定管理の契約につきまして、
議決いただきまして行うことになりました。

その際に、公募したときに提案をしていただいた
現指定管理者の方が自分たちで稼ぐと、
売上げを上げていくことで
指定管理料をこの時点で
500万円下げるという提案をしていただきましたので、
それに基づきまして、
減額の指定管理料の計上をさせていただいた
というところでございます。
  以上でございます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2021年11月05日07:25
《谷口勝已君》「特産館 和」和知ふるさと振興センター
 指定管理者の指定について:令和3年2月10日
〇3番(谷口勝已君)
 後日、3公募者の計画書を頂きました。
熟読させていただいたんですけれども、
大きな公募の目的は、
指定管理料の大幅な増による町の負担の問題と、
それから、いまだなお経営が改善されておらず
赤字経営が続いているということに
尽きると思うんですけれども、
この計画書を拝見いたしますと、
5年間計画で候補者については
2,000万円を堅持されております。
一方、A団体につきましては、
いろんな改革を伴う事業を発展いたしまして、
5年先の1,000万円の目標を立てております。
この審査結果の表を頂きまして、
僅か2点差ということで候補者に決定したんですけれども、
この一番大きな問題の評価はどこに反映されているのか、
町長にお伺いしたいと思います。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《京丹波味夢の里》負担した修繕費3,597万円(平成28年度から10年間):令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第1号)

令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第1号)
令和8年 3月16日(月)
開議  午前9時00分
令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)
〔画像〕令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)

◎6番(山﨑裕二君) p51-54/85
開業(京丹波味夢の里)から10年がたち、
今後ますます改修費用がかさんでいくものと想像します。
過去10年間における味夢の里の施設の改修内容と費用総額、
そして、今後、予見可能な改修内容についてお示しください。

◎商工観光課長(片山 健君)
京丹波味夢の里管理運営事業についてでございます。
今も委員からありましたとおり開業から10年を経ました。
今後の維持補修費の内容ということでございましたけれども、
本町がこの10年間で負担した修繕費の件数というのは、
中規模から小規模を合わせまして、
平成28年度から23件の修繕を行っております。
総額といたしましては
3,597万5,794円となってございます。

今後、想定している工事としましては、
10年が経過しておりますので、
空調設備の更新ですとか、
電動シャッターの更新ですとか、
中長期修繕計画に基づきまして、
順次改修を行っていく予定としているところでございます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2019年01月08日04:22
京丹波町地域振興拠点《味夢の里》維持管理・運営業務委託契約書:
平成25年5月10日
京丹波町地域振興拠点施設整備事業 p01/25
 維持管理・運営業務委託契約書
 1 件    名 京丹波町地域振興拠点施設整備事業
          維持管理・運営業務委託
 2 業務実施場所 京都府船井郡京丹波町曽根深シノ65番地1ほか
 3 契約期間   本契約締結日から平成42年3月31日まで
                 ※平成42年(2030)
 4 契約保証金  この契約書第30条に定めるところによる。
   ―略―
          議会議決日 平成25年(2013)6月19日
 平成25年5月10日
 (甲)京都府船井郡京丹波町蒲生八ツ谷62番地6
     京丹波町長  寺尾 豊爾
 (乙)京都府船井郡京丹波町曽根深シノ65番地1
     ROOF GATE株式会社
     代表取締役  寺尾 純

京丹波町地域振興拠点施設整備事業 p25/25
 第1回変更 維持管理・運営業務委託契約書
平成 25年 6月 19日 付けで締結した
京丹波町地域振興拠点施設整備事業維持管理・運営業務委託契約書
(以下、「原契約」という。)において約定した事項の一部を
次のとおり変更する契約を締結する。

1 原契約第10条を次のように改める。
 (1)運用開始日  :京丹波町地域振興拠点施設の設置及び
            管理に関する条例が施行された日
 (2)維持管理業務 :平成27年4月1日~平成42年3月31日
           ※平成27年(2015)~平成42年(2030)
 (3)運営業務   :運用開始日~平成42年3月31日
  この契約の成立を証するため、本書9通を作成し、
  各当事者記名押印の上、各自その1通を所持する。
 平成27年3月31日
 (甲)京都府船井郡京丹波町蒲生八ツ谷62番地6
     京丹波町長  寺尾 豊爾
 (乙)京都府船井郡京丹波町曽根深シノ65番地1
     ROOF GATE株式会社
     代表取締役  寺尾 純
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《京丹波町地域商社》地域力創造調査研究事業:招聘者のプロフィール:株式会社 MISO SOUP代表取締役 北川智博

令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第1号)
令和8年 3月16日(月)
開議  午前9時00分
令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)
〔画像〕令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第1号)

◎6番(山﨑裕二君)
地域商社による新たな地域力創造調査研究事業590万円、
恐らく財源は特別交付税を使ってやる事業と思うんですが、
地域力創造アドバイザー制度、
民間専門家活用における
招聘者のプロフィールも分かっていたらお示しください。

◎商工観光課長(片山 健君) p52-53/85
地域商社による
新たな地域力創造調査研究事業についてでございますが、
現時点で招聘者のプロフィールということでございます。
本確定しているわけではございませんが、
おおむね当たりをつけているといいますか、
予定しているところにつきましては、
総務省に登録されています
専門家の中から選ぶことになっておりまして、
その中に
株式会社MISO SOUPという会社がありまして、
その代表取締役であります北川氏をアドバイザー候補として
今現在予定しているということでございます。

本社は京都にある会社でございます。
北川氏は、前職において、
デジタルマーケティング事業を本格統括責任者として
新規事業立ち上げたりとか、
企業や自治体の300社以上の
デジタルマーケティングに携わったというような
知見とノウハウと実績を持っておられまして、
この株式会社MISO SOUPを
創業されたということでございます。

現在は、ローカルビジネスの経営から
企画・マーケティングまで
幅広いプロデュースを手がける
地方創生事業を行われているということでございます。

これまでに、香川県三豊市などにおいて
地域商社を設立されて経営をされており、
近年では、和歌山県の紀の川市でも
地域商社事業の立ち上げに
支援の実績があったという方でございます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
総務省 地域人材ネット
北川 智博 きたがわ ともひろ
株式会社MISO SOUP/瀬戸内うどんカンパニー株式会社
合同会社三豊鶴 代表取締役
代表取締役CUO(チーフうどんオフィサー)/代表社員
略歴
2009年:中央大学 総合政策学部 国際政策文化学科卒業
2009-2011年:都内PRプロダクションに入社、
EC事業や貿易事業などの社内新規事業を手掛ける。

2011-2015年:ITベンチャーのスタートアップ企業に転職。
2013年東証マザーズに上場。
ソリューション事業部副本部長として従事。

2016年:株式会社MISO SOUPを2016年に創業。
1次産業経営者向けにブランド開発や販路開拓支援事業を展開。

2017年:香川県三豊市の地域商社事業の事業責任者に選定され、
瀬戸内うどんカンパニー株式会社の代表取締役に就任。

2019年:香川県三豊市において元酒蔵を復活させ
地域の新たな観光拠点開発を目指す合同会社三豊鶴を設立し、
代表社員に就任。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
株式会社MISO SOUP
      会社概要
会社名   株式会社 MISO SOUP
設立年月日 2016年1月13日
資本金   3,000,000円
所在地   〒173-0036 東京都板橋区向原3-7-5-601
代表取締役 北川智博
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

《山﨑裕二議員》京丹波町病院看護師さんの希望を聞いております:令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第2号)

令和8年第1回京丹波町議会定例会予算特別委員会(第2号)
令和8年 3月17日(火)
開議  午前9時00分
3 出席委員(12名)
   1番  樋口 由実 君
   2番  居谷 知範 君
   3番  西山 芳明 君
   4番  谷口 勝已 君
   5番  山﨑 眞宏 君
   6番  山﨑 裕二 君
   7番  奥田 健次 君
   8番  東 まさ子 君
   9番  伊藤 康二 君
  10番  畠中 清司 君
  11番  大澤 順可 君
  12番  松村 英樹 君
令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第2号)
〔画像〕令和8年第1回京丹波町予算特別委員会(第2号)

◎6番(山﨑裕二君) p13/23
23ページ、24ページの
収益的支出に関わってなのかなとは思うんですが、
ちょっと違うかもしれません。

看護師さんの話です。

保健師さんによるサロンなどでの
健康出前講座に加えて、
研修や資格取得を通じて得たことを
町民の皆さんに伝えていきたいとの
国保京丹波町病院看護師さんの希望を聞いております。

そういった場を設けることはできないのか。
ぜひ聞いてほしいということだったので、
答弁をお願いいたします。

◎予算特別委員長(居谷知範君) 中野医療政策課長。

◎医療政策課長(中野竜二君)
看護師による健康講座をというお話でございます。
京丹波町病院では、毎月、広報京丹波の
「~健幸~生き生きウェルネス」コーナーにおきまして、
町民の皆さんが健康に暮らせるように、
病院長のコラムと医師や看護師などの医療従事者から
「いきいき健康術」というタイトルで
それぞれ掲載して広く広報活動を行っております。

今回ご提案の健康講座等でございますが、
地域の方々からご希望がございましたら、
できるだけ対応はさせていただきたいと思います。
  以上でございます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

記事検索
最新記事
カテゴリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
アーカイブ
  • ライブドアブログ