序 秋田県知事 小畑勇二郎
[追憶の曠野]小西達四郎・昭和34年
[追憶の曠野]小西達四郎・昭和34年
序
秋田県知事 小畑勇二郎
本書の著者小西さんは、
かつて私が秋田市の助役に就任していた当時、
市の交通局を刷新強化するため、
自動車課長に迎えられて敏腕をふるい、
現在もそこに勤めている。
もつとも小西さんと私の面識は、
その時に始まつたことではなく、
中学は私より一年先輩で、
若い時は剣道の達人として鳴らしたものであつた。
全国大会にはしばしば活躍したが、
その剣は華麗で、
宮本武蔵の佐々木小次郎を思わするものがあつた。
小西さんは、早稲田を出てから、
しばらく郷里に居つたが、
昭和十五年に渡満、その後、
奉天の満州飛行機製造株式会社に営業課長として勤務中、
敗戦を迎えたのである。
つまり本書は、
大東亜戦争も苛烈をきわめた昭和十九年、
奉天最初の爆撃が、
小西さんの会社に加えられてから、
昭和二十一年、
内地に引揚げるまでを、
生々しい体験をとおして語つている。
もちろん、この中には、
敗戦直後のすべての人間が、
理性を失い、
みにくい本能をむきだしにした
無秩序と悲惨な情景がある。
また日本人に対する暴徒の、
目をおおわしめるような掠奪、
凌辱の場面もある。
それらが飾気のない文字で、
時間的経過を追うて記述されているが、
私はその混乱の中にさえ、
人間の美しさと尊厳、
人間に対する愛情と信頼を見出して、
非常に感動したのであつた。
したがつて、この書は、
私にとつて世にも悲惨な記録であり、
怒りをこめた抵抗の文字でありながら、
絶望の書とは思われないのである。
これはやはり武道で磨いた著者の強い意志と、
冷静にして的確な判断による体験記録であるからであろう。
今日、
敗戦直後の悲惨な事情を訴える書物は
かなり多く出ているが、
本書は、私の身近かな著者の行動、
感情をとおして書かれているだけに、
感銘も一段と深いものがある。
私はこれを書きあげた
小西さんのご苦労に敬意を表すると共に、
歴史的激動の中に耐えてきた小西さんの、
今後の活躍を心から期待せずにおられない。
昭和三十四年 夏日
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年03月15日(木)
[追憶の曠野]小西達四郎
昭和三十四年八月一日 発行
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