[ホッケーの歴史:明治時代]《明治18-34年》
《明治18年》
【西洋戸外遊戯法】
大学教授 寺尾壽 校閲 下村泰大 編輯 泰盛館蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/1
凡例
此書は[ストレンジ]氏著[アウト、ドーア、ゲーム]
(戸外遊戯)と題せる書を骨子とし傍ら
泰西の戸外遊戯を記述せる諸書を参酌折衷して抄訳緝録せしものなり。 P5/57
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/5
第二編 弄球遊戯 p15/57
[ホッキー](撃球の一種)
[ホッキー]或は[シンテー]又[ハーリング]など称す。
甚だ愉快なる遊戯にして英国に於て普く行わるる所のものなり。
其法最も遊戯に長じたる者二人を撰抜して組長となす。
然る后ち、此二人組長迭に一人つつ
己れの味方となるべき者を撰取し師ひて以て左右に分る。
茲に於て両軍甫めて判す。
乃ち各人皆堅牢の棒一個を携え演習の用意をなす。
棒は其の形、頭部曲鈎して斜角をなす。
(我国大工の用ふる手斧の柄に似たり)
故に斜に之を把持すれば其曲部地面に平付す。
而して此遊戯の主眼とする所は此棒を以て球を撃弾して
敵方の標柱を通過せしむるにあり。
p16-17/57
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/16
明治18年2月7日版権免許
明治18年3月出版
編輯兼出版人 下村泰大 埼玉県平民 東京京橋区加賀町三番地寄留
発売所 博聞社 東京銀座四丁目一番地
丸善書店 東京新橋通り三丁目
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/52
《明治19年》
【実地体育法】[第2冊]前編・巻之2
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860023/1
打球遊戯第一種 P16-18/30
此遊戯は数多の生徒をして同時に演習を行せ得べきものにして、
先ず衆生徒を赤白の二組に平分し、
例ば赤を東となすときは白を西とし、
三四十間相離れて両組の前面凡そ三間の距離に各二本の杭を樹て、
之を赤白各組の軍門とす。而?、
各生徒皆手に図の如き一端の曲りたる木杖又は竹杖を携え又
各組より一人の指揮者を撰抜し演習中は各生徒、
其指揮に従い、各自の軍門前に整列すべし。
然る後、判者護謨製の小球(外面を革にて造りたるものか、
又は手鞠にて代用するも妨げなし)一個を両軍門の中間に置き
「始め」の令を下す?は両組共に疾走して球に聚り之を
己の杖にて打ち敵の軍門に入るるを以て目的とすべし。
注意一
小球一個を用ゆるの換りに赤白二個を用ふるも可なり。
然る?は白組は赤球を敵の軍門に入れ、
而?敵より白球を入るるを防ぎ、赤組に在りては正に之と相反すべし。
注意二
此戯は女生に行ふを得ざるものなり。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860023/16
明治十九年九月四日版権免許 明治十九年九月二十五日出版
編輯者 横井琢磨 岡山県士族 備前国岡山区岡山四番町六十一番屋敷
岡山県岡山学校蔵版 [第6冊]奥付
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860027/51
《明治21年》
【小学生徒戸外遊戯法】明治21年9月29日出版
渡邊盈作先生 校閲 有川貞清先生著作
京都育英書房 正宝堂発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/1
明治21年9月 京都府師範学校教諭 渡邊盈作 識 P5/92
発行者 福井源次郎 京都府平民 京都府下京区第六組三条通寺町東十三番戸
著作者 有川貞清 鹿児島県士族 京都府久世郡富野村三百八十四番戸寄留
印刷者 瀬戸清次郎 大阪府下西区江ノ子嶋上町壱番屋敷
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/85
第五十八 ホッケー P51-52/92

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/51
《明治22年》
【西洋遊戯全書】家庭学校
仙郷学人 霞城山人 太華山人 合訳 少年園蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/1
注意
一 此書は独逸ワク子ル氏の著に係る「童子の遊戯」と題せる書を
訳せしものにて原書載?る所の遊戯は五百種?余れりと
雖も多くは本邦古来の遊戯と相同しきもの或は相類?ものなれば之を略せり。 P2/146
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/2
(126) (打毬)
蘇国(スコットランド)の「ゴルフ」と云ふ毬戯は前と相似たり、
然れとも此戯に在ては毬杖(さじ)を用ふ。
毬杖は三尺より四尺余に至るも木杖にて、上端は曲れり、
(我邦の茶匕(ちゃさじ)の形の如し)。
即ち此を以て毬を打ち又毬を防ぐなり。他は前戯と異なるなし。P55/146
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/55
明治22年3月29日印刷
明治22年4月2日出版
著作者 中川重麗 神田区西紅梅町十三番地寄留
発行者 山縣 順 府下北豊島郡上駒込村十九番地
印刷者 山口米吉 芝区桜川町三番地
発行所 少年園出版部 府下北豊島郡上駒込村十九番地
大売捌所
博文堂 京橋区三十間堀二丁目
良明堂 京橋区三十間堀二丁目
吉岡書籍店 神田区南乗物町
東海堂 神田区柄木町
石井鉤三郎 大阪東区備後町四丁目
杉本甚助 京都三條寺町西入
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/141
《明治28年》
【新撰遊戯全書】前野關一郎 編纂 熊谷久栄堂蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/1
凡例
本書は方今、欧米諸国に於て行はるる諸遊戯及ひ本邦固有の競技等に就き、
勉めて我小学・中学・師範の各学校生徒に適するものを撰択蒐集せるものなり。 P5/113
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/5
第四十六 「ホッキー」
此の遊戯は総演習者を甲乙の二組に別ち各組には一人ずつ組長をおくべし。
各演習者は手に圖(図)の如き先の屈りたる打球棒を一本ずつ携ふ。
其棒は先の方を稍太くなし置くべし。
以上述ぶる処の規則に背き、或は棒を以て人を打ち、
総て乱暴をなしたる者は、速に其組より放逐すべし。
演習中は総て組長の命に従ひ、決して之に背くべからず。 P56-58/113

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/57
明治28年3月20日印刷
明治28年4月7日発行
著作者 前野關一郎 神戸市葺合村千百十六番屋敷
発行者 熊谷幸介 神戸市元町七丁目二十三番屋敷
発行所 熊谷久栄堂 神戸市相生橋東
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/100
《明治34年》
【学校用ホッケー】
美満津商店体操部編

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/3
先年美満津商店主人、予か寓居に来りて問ふて曰く、
ローンテニス以外に簡単にして、面白き婦女子に適する戸外遊技なきやと。
予は英国にて盛んに行はるるホッケーなるものこれ至極適当なれと答えて
且つ其説明をも與へ置たるに近日に至りて主人また来り
其談話によりて外国より見本を取寄せ、
これが製造に従事したるに己に完全なるもの製造し得たれば、
此技を広く世に紹介せんため是非に其説明を一編となせよと乞ふて止まず。
予固辞すれども主人の熱心終に勝つ能はず
漸くその見聞せる所を集めて一編としこれを主人に贈る。
以てこの技を知るの一助と為る?得ば編者の幸これに過ぎず。 編者 識す
明治三十四年十月 P4-5/23
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/4
編者一日横浜に下り用便に疲労したる足を曳摺り偶、
居留地外国人運動場の傍を過ぐる時に陰雲天を蔽ひ六花将さに落ちんとして
寒風膚を刺す計らざり嬉々たる笑声の運動場に起らんとは元来外人は・・・ P5/23
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/5
第七条 遊戯者の数は一方十三人或は十五人づつとするを通例とす。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/8
明治34年11月4日印刷
明治34年11月8日発行
著 者 美満津商店体操部 代表者 伊東卓夫 東京市本郷区五丁目十番地
発行者 伊東卓夫 東京市本郷区五丁目十番地
印刷者 戸上義章 東京市牛込区市ヶ谷加賀町一丁目十二番地
印刷所 株式会社秀英舎第一工場 東京市牛込区市ヶ谷加賀町一丁目十二番地
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/18
《明治18年》
【西洋戸外遊戯法】
大学教授 寺尾壽 校閲 下村泰大 編輯 泰盛館蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/1
凡例
此書は[ストレンジ]氏著[アウト、ドーア、ゲーム]
(戸外遊戯)と題せる書を骨子とし傍ら
泰西の戸外遊戯を記述せる諸書を参酌折衷して抄訳緝録せしものなり。 P5/57
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/5
第二編 弄球遊戯 p15/57
[ホッキー](撃球の一種)
[ホッキー]或は[シンテー]又[ハーリング]など称す。
甚だ愉快なる遊戯にして英国に於て普く行わるる所のものなり。
其法最も遊戯に長じたる者二人を撰抜して組長となす。
然る后ち、此二人組長迭に一人つつ
己れの味方となるべき者を撰取し師ひて以て左右に分る。
茲に於て両軍甫めて判す。
乃ち各人皆堅牢の棒一個を携え演習の用意をなす。
棒は其の形、頭部曲鈎して斜角をなす。
(我国大工の用ふる手斧の柄に似たり)
故に斜に之を把持すれば其曲部地面に平付す。
而して此遊戯の主眼とする所は此棒を以て球を撃弾して
敵方の標柱を通過せしむるにあり。
p16-17/57
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/16
明治18年2月7日版権免許
明治18年3月出版
編輯兼出版人 下村泰大 埼玉県平民 東京京橋区加賀町三番地寄留
発売所 博聞社 東京銀座四丁目一番地
丸善書店 東京新橋通り三丁目
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860313/52
《明治19年》
【実地体育法】[第2冊]前編・巻之2
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860023/1
打球遊戯第一種 P16-18/30
此遊戯は数多の生徒をして同時に演習を行せ得べきものにして、
先ず衆生徒を赤白の二組に平分し、
例ば赤を東となすときは白を西とし、
三四十間相離れて両組の前面凡そ三間の距離に各二本の杭を樹て、
之を赤白各組の軍門とす。而?、
各生徒皆手に図の如き一端の曲りたる木杖又は竹杖を携え又
各組より一人の指揮者を撰抜し演習中は各生徒、
其指揮に従い、各自の軍門前に整列すべし。
然る後、判者護謨製の小球(外面を革にて造りたるものか、
又は手鞠にて代用するも妨げなし)一個を両軍門の中間に置き
「始め」の令を下す?は両組共に疾走して球に聚り之を
己の杖にて打ち敵の軍門に入るるを以て目的とすべし。
注意一
小球一個を用ゆるの換りに赤白二個を用ふるも可なり。
然る?は白組は赤球を敵の軍門に入れ、
而?敵より白球を入るるを防ぎ、赤組に在りては正に之と相反すべし。
注意二
此戯は女生に行ふを得ざるものなり。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860023/16
明治十九年九月四日版権免許 明治十九年九月二十五日出版
編輯者 横井琢磨 岡山県士族 備前国岡山区岡山四番町六十一番屋敷
岡山県岡山学校蔵版 [第6冊]奥付
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860027/51
《明治21年》
【小学生徒戸外遊戯法】明治21年9月29日出版
渡邊盈作先生 校閲 有川貞清先生著作
京都育英書房 正宝堂発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/1
明治21年9月 京都府師範学校教諭 渡邊盈作 識 P5/92
発行者 福井源次郎 京都府平民 京都府下京区第六組三条通寺町東十三番戸
著作者 有川貞清 鹿児島県士族 京都府久世郡富野村三百八十四番戸寄留
印刷者 瀬戸清次郎 大阪府下西区江ノ子嶋上町壱番屋敷
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/85
第五十八 ホッケー P51-52/92

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860090/51
《明治22年》
【西洋遊戯全書】家庭学校
仙郷学人 霞城山人 太華山人 合訳 少年園蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/1
注意
一 此書は独逸ワク子ル氏の著に係る「童子の遊戯」と題せる書を
訳せしものにて原書載?る所の遊戯は五百種?余れりと
雖も多くは本邦古来の遊戯と相同しきもの或は相類?ものなれば之を略せり。 P2/146
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/2
(126) (打毬)
蘇国(スコットランド)の「ゴルフ」と云ふ毬戯は前と相似たり、
然れとも此戯に在ては毬杖(さじ)を用ふ。
毬杖は三尺より四尺余に至るも木杖にて、上端は曲れり、
(我邦の茶匕(ちゃさじ)の形の如し)。
即ち此を以て毬を打ち又毬を防ぐなり。他は前戯と異なるなし。P55/146
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/55
明治22年3月29日印刷
明治22年4月2日出版
著作者 中川重麗 神田区西紅梅町十三番地寄留
発行者 山縣 順 府下北豊島郡上駒込村十九番地
印刷者 山口米吉 芝区桜川町三番地
発行所 少年園出版部 府下北豊島郡上駒込村十九番地
大売捌所
博文堂 京橋区三十間堀二丁目
良明堂 京橋区三十間堀二丁目
吉岡書籍店 神田区南乗物町
東海堂 神田区柄木町
石井鉤三郎 大阪東区備後町四丁目
杉本甚助 京都三條寺町西入
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860314/141
《明治28年》
【新撰遊戯全書】前野關一郎 編纂 熊谷久栄堂蔵版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/1
凡例
本書は方今、欧米諸国に於て行はるる諸遊戯及ひ本邦固有の競技等に就き、
勉めて我小学・中学・師範の各学校生徒に適するものを撰択蒐集せるものなり。 P5/113
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/5
第四十六 「ホッキー」
此の遊戯は総演習者を甲乙の二組に別ち各組には一人ずつ組長をおくべし。
各演習者は手に圖(図)の如き先の屈りたる打球棒を一本ずつ携ふ。
其棒は先の方を稍太くなし置くべし。
以上述ぶる処の規則に背き、或は棒を以て人を打ち、
総て乱暴をなしたる者は、速に其組より放逐すべし。
演習中は総て組長の命に従ひ、決して之に背くべからず。 P56-58/113

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/57
明治28年3月20日印刷
明治28年4月7日発行
著作者 前野關一郎 神戸市葺合村千百十六番屋敷
発行者 熊谷幸介 神戸市元町七丁目二十三番屋敷
発行所 熊谷久栄堂 神戸市相生橋東
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/861518/100
《明治34年》
【学校用ホッケー】
美満津商店体操部編

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/3
先年美満津商店主人、予か寓居に来りて問ふて曰く、
ローンテニス以外に簡単にして、面白き婦女子に適する戸外遊技なきやと。
予は英国にて盛んに行はるるホッケーなるものこれ至極適当なれと答えて
且つ其説明をも與へ置たるに近日に至りて主人また来り
其談話によりて外国より見本を取寄せ、
これが製造に従事したるに己に完全なるもの製造し得たれば、
此技を広く世に紹介せんため是非に其説明を一編となせよと乞ふて止まず。
予固辞すれども主人の熱心終に勝つ能はず
漸くその見聞せる所を集めて一編としこれを主人に贈る。
以てこの技を知るの一助と為る?得ば編者の幸これに過ぎず。 編者 識す
明治三十四年十月 P4-5/23
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/4
編者一日横浜に下り用便に疲労したる足を曳摺り偶、
居留地外国人運動場の傍を過ぐる時に陰雲天を蔽ひ六花将さに落ちんとして
寒風膚を刺す計らざり嬉々たる笑声の運動場に起らんとは元来外人は・・・ P5/23
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/5
第七条 遊戯者の数は一方十三人或は十五人づつとするを通例とす。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/8
明治34年11月4日印刷
明治34年11月8日発行
著 者 美満津商店体操部 代表者 伊東卓夫 東京市本郷区五丁目十番地
発行者 伊東卓夫 東京市本郷区五丁目十番地
印刷者 戸上義章 東京市牛込区市ヶ谷加賀町一丁目十二番地
印刷所 株式会社秀英舎第一工場 東京市牛込区市ヶ谷加賀町一丁目十二番地
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/859877/18
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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