[岩崎革也]革也街道と呼ばれる府道桧山須知線

岩崎革也[いわさき・かくや]

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説
岩崎革也(いわさき-かくや)
1870*-1943
明治-昭和時代前期の政治家。
明治2年12月21日生まれ。
明治34年生地・京都府須知(しゅうち)町(旧・丹波町 現・京丹波町)の初代町長となる。
明治36年に上京,堺利彦,幸徳秋水,福田英子らと親交をもち,「平民新聞」を財政的に援助。
明治40年帰郷し町長,京都府議,須知銀行頭取などをつとめた。
昭和18年10月13日死去。75歳。
本名は茂三郎。
http://kotobank.jp/word/%E5%B2%A9%E5%B4%8E%E9%9D%A9%E4%B9%9F

〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (一)
<幸徳秋水(その1)・北一輝・大石誠之助・森近運平・石川三四郎>
<西川光次郎・西川文子・赤羽一・座間止水・一木幸之助・前田英吉>
<丹後平民倶楽部>
田中真人
山泉 進
志村正昭
解題
岩崎革也(1869~1943)は京都府船井郡須知村(現 京丹波町)の名望家である。
酒造業者、須知銀行経営者、須知村(町)長、
立憲国民党員、政友会所属京都府会議員などを務めた。
郡立須知農学校の府立移管のさいの甲種への昇格、
革也街道と呼ばれる府道桧山須知線の構造改良工事や
大滝ダム工事の推進、
須知小学校大改築と今も残る大講堂の建築など、
須知の地域社会に少なからざる貢献をした。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004657007

〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (二)
<幸徳秋水(2)・幸徳千代子・高畠素之・遠藤友四郎・北原龍雄・岡野辰之介>
田中真人
山泉 進
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006155844

〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (三)
<堺利彦>
山泉 進
『平民社の時代-非戦の源流』 山泉 進著 論創社 2003年11月発行
岩崎革也は、太田雅夫氏らを中心とした研究で人物像が明らかになってきている。
それによって、岩崎革也とは明治社会主義運動を
財政的に支えた人物だったことが分かってきた。
本書は、遺族の岩崎長氏所蔵の「岩崎革也文書」を見て書かれているのである。
論文篇では岩崎革也宛の幸徳や堺の手紙が引用されている。
これによって平民社の活動がビビッドに分かる部分がある。
本書にはその効果が反映されているのである。
たとえば、幸徳秋水が岩崎に出した手紙によって、
週刊『平民新聞』への弾圧の中で
日刊紙を発刊することを考えたといった(115頁)くだりである。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006612520