<愛国飛行場・大本教婦人会>《安井荘次郎》[丹波町誌]

[丹波町誌]
昭和60年10月15日 発行
編集 丹波町誌編さん委員会
  (株)ミマスプランニングサービス
発行 丹波町役場
   山崎高明
印刷 野崎印刷紙業株式会社

大正一一年 曽根に民間飛行場開設 p410

六 愛国飛行場 p414-415
昭和八年九月六日、大阪毎日新聞に左のような記事が掲載された。
「亀岡の大本教関係婦人会が、約五万坪の愛国飛行場を、
綾部・亀岡附近に設け、完成後これを陸軍に献納するから、
その場所の選定をしてほしいと申し出た。
京都師団としては、丹波地方に飛行場設置を希望しているので早速、
候補地の選定に乗り出した。」
須知町では、大本教婦人会とも連絡をとり各方面の情報を集め、
京都師団へ請願書を提出した。
その要旨左の通り

「当須知町ハ、綾部・亀岡ニ接セズト雖モ其ノ中間ニアリ、
先ニ民間飛行場ノ開設セラレタル所ナリ。
大正一〇年、京都出身ノ民間飛行士
故安井荘次郎氏ノ選定要望ニヨリ、
荒地ヲ開キ無償貸与セシモノナリ、
航空研究所ノ開設、練習生ノ養成、宣伝飛行ニアタリ、
其間、八日市陸軍飛行隊ノ演習ニモ使用セラレタリ。
ソノ位置ハ須知町曽根、院内ニアリ、旧山陰道ニ沿ヒ、
三〇万坪の一大高原盆地ニシテ、
其中央ニ三万坪ヲ拓キ飛行場ニアテシモノナリ。
安井氏ハ先年、御大典記念飛行ニ参加シ、当町ヘ帰路、
機体ニ故障ヲ生ジ墜落横死ヲ遂ゲラレ、
飛行場ハ閉鎖サレテ今日ニイタレリ。
今回、愛国飛行場献納ノ美挙ヲ聞キ、
献納者ト協議ノ上、充分ニ御便宜ヲ計ルベク、
過去、現在ノ事情ヲ述ベテ、御高配ヲ願フモノナリ。
須知町長 田端長久郎
京都第一六師団長閣下」
このことについては、町会にもはかり、一部用地買収も進めたが、
色々と経過があって、遂に愛国飛行場の実現を見ることはなかった。
わが国が中国と戦争を始めた昭和一二年の秋、
再び飛行場設置の話がもちあがった。
鈴木陸軍中将・塩原民二らが代表する大日本航空義会は、
陸軍飛行場設置を計画しており、
須知町は国会の斡旋により、陸軍飛行場用地として
曽根の安井飛行場跡地を陸軍省へ献納することにした。
須知町議会記録に
町有地ヲ陸軍飛行場用地ニ寄附ノ件
本町字曽根地内ノ町有地参万坪ヲ、
同地ニ陸軍飛行場設置ヲ条件トシテ無償寄附セントス
昭和十三年九月八日
須知町長 高谷安平
とあり、この議案は、飛行場設置の場合は
附近の土地(蒲生野競馬場跡地附近)も
無償貸与することを了解のもとに議決された。
しかし、この議案もまた実現するに至らなかったのである。
元安井飛行場(曽根院内幸野)
元安井飛行場(曽根院内幸野)