木村鋭市氏の勉強法【若き検定学徒の手記】昭和14年

【若き検定学徒の手記】昭和14年
 木村鋭市氏の勉強法 p136-137/229
君は高等學校の經路を經ず、 ※第一高等学校卒業:別稿に記載
師範卒業の横徑より出で來りて、
苦學獨行、
遂に東大法科大學政治科を最優等にて卒業し、
天下の耳目を聳動せしめたる英物なり。

鳩山・穗積二氏の如きは、
謂はば最も惠まれたる學生なり。
家に有り餘る財産あり。
父は何れも大學敎授なり。

然るに君は全く惠まれざる苦學の徒なり。
其の勉強法に於ても、
前二氏のそれと大いに異る所あり。
君の勉強時間は夜なりき。
夜と雖も又時には生活の爲に十時頃までも
奮闘せざるを得ざる事無きにあらず。
然る時は、
君は十時より學校課業の復習及び準備に着手し、
午前一時に至りて始めて寝に就けり。
夜の十時より一時に至るの時は、
君が最も精力を集中したるの時なりき。
他人の半ばにも足らざる時を以て、
而かも他人の達する能はざる
最優等の成績に達するを得たるは、
實に君が精力集中の強大絶倫なるに因るものなり。

君には自己獨特の催眠法有りたり。
故に床に入りて枕につけば、
直ちに熟睡することを得たりといふ。
これ君が精力を集中し得たる
一の原因たらずんばあらず。
君は寝床に入るや、
其の日の遭遇したる最大の難問を繰返し、
專念之を推考す。
かくする時は精力この一事に集中して自然に睡眠を催す。
これ其の方法なり。

君のノート作製法はサブノートと稱して、
其の抜萃のみを成るべく廣き紙面に書き並べ、
自から系統を案じ、
組織を立て
一頁の中に成るべく多くの要項を見渡すを得る樣
工夫したりき。
宛かも、
山上より一目の下歷々として
山河を指摘するを得るが如きもの有らしめたり。

君の主義は記憶すといふよりは、
寧ろ不必要の事を忘れよといふに有りき。
君の前級には、
ノートを八篇も繰返して落第したる者あり。
愚なる暗誦は活用に益なし。
原理原則を強記して
之が活用の才を養ふべしといふが
君の主張にして又特色なりき。

昭和十四年五月十五日印刷
昭和十四年五月十九日發行
若き檢定學徒の手記
正 價 金壹圓八拾錢
著作者 大月靜夫
發行者 東京市神田一ツ橋二丁目三番地
    阪本眞三
印刷者 東京市牛込區市谷加賀町一丁目十二番地
    寺井藤左エ門
印刷所 東京市牛込區市谷加賀町一丁目十二番地
    大日本印刷株式會社
發行所 東京市神田一ツ橋二丁目三番地
    振替貯金口座東京八七貮番
    大同館書店
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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