《木村鋭市》【人材・島根 : 県人名鑑】昭和13年

【人材・島根 : 県人名鑑】昭和13年
《木村鋭市》 簸川 古志 p111/263
 正四位勳二等
 臺灣柘植顧問
 東京市世田谷區新町二ノ三〇〇
 (電話 世田谷二五七五)
明治十二年五月、
古志の舊家 木村市太郎の長男に生れ、
大正八年八月 家督を嗣ぐ。
幼にして神童の譽れ高く、
長じて縣立師範に學びしが、
中途にして上京、
中高校を首席を通して東京帝國大學に入り
明治卅九年 法科政治科を首席を以て卒業し、
明治四十一年 外交官領事館試驗文官高等試驗に合格し、
外交官補に任ぜられ、
外務省參事官、公使館三等書記官、
白耳義(ベルギー)駐箚大使館二等書記官、
佛國(フランス)駐在兼外務書記官、
外務省書記官兼外務省參事官
亞細亞局第一課長兼第三課長、
大使館一等書記官、
米國(アメリカ)駐在亞細亞局長、
特命全權公使チエツコスロヴァキア國駐箚に歷任、
昭和五年 退官と共に滿鐵に入り、
理事奉天事務所長たりしが、
昭和七年十月 之を辭す。
昭和十年 懇はれて日蘭會商政府顧問として渡航
祖國のために活躍す。
現に外務省囑託たり、
曩にヴエルサイユ講和會議華盛頓(ワシントン)會議に
各帝國全權隋員として、
鮮やかなる外交手腕を謳はる。
尚 チエツコスロヴァキア國より、
グランクロアリヲンブラン勳章を賜はる。
けだし、
吾が縣が生んだ、
不世出の英才にして、
その頭腦に於て、
無類とすべき人材たり。
趣味はスポーツにして、
就中ゴルフに精進、
又、
文藝を愛し隋筆に秀れたる腕あり、
犬を愛育す。
〔家庭〕
妻 きよ(明治三一年)東京府 富田又助 長女、
妹 ツヤ(明治二五年)
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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