[大邊 男(マスオ):大河内傳次郎][日光社]『大河内傳次郎』富士正晴
『大河内傳次郎』著者 富士正晴 中央公論社 昭和54年1月20日再版
幼少の頃
大河内傳次郎の半生のことを書く。
荒書きである。P5
(明治四十二年)六月二十一日には、四男正十六歳が、
大分県下毛郡中津町一四六八番地の菅野保太へ養子縁組をしている。
これは中津の薬問屋であり、正はのちに東京の薬専へ入る。P28
大正十一年頃といえば、
大辺マスオは次兄弘の経営する洋酒・化粧品の日光社の
会計部長時代なのだろう。P41
再び、大正四年に帰る。
五月五日、次姉ミツ二十七歳が、
神戸市神戸栄町七丁目五〇番屋敷伊藤金二郎と婚姻届出。
その頃、長兄亮に死期が迫って来ていたので、
あわただしく婚姻をすませたという感じがしないでもない。
又、神戸は本籍地であって、
大阪に住み何か企業をやっていた人ではないかと
想像したくなるような点もあるが、
この人についてはまだ調べるに至っていなかった。 P41-42
大正七年(一九一八)二十一歳、大阪商業を卒業し、
神戸高商の入学試験には失敗したマスオは結局、
上級学校進学をあきらめさせられ
(と思う。もし、神戸高商へ入っていたら、
次兄弘、三兄脩も学費を出してやったかも知れないとも思う)、
従って早稲田大学進学など及びもつかず、
次兄弘の会社に会計部長で入ったということになっている。
この会社は日光社といい(太陽社という人もいる)
化粧品、洋酒などを製造販売していたと、御園京平の「年表」にある。
しかし、その「年表」ではマスオの大阪商業卒業を
大正四年(一九一五)十八歳としており、三年早期にずれているので、
弘の会社についてのことも、
誰か親族のはるかな記憶によったもであろうと思われる。
それより、今のところ方法がないことも確かである。
さきに藤本準三説の、騒人社といって出版業をやっていたと思うというのも、
マスオの在学中の弘の会社の仕事であったのかも知れないのである。
弘という次兄の事業の変転につての追及は
ほぼ不正確にしか行われ得ないようだ。 P48-49
「そのうち、日光社の取引先きである
東京銀座の明治屋の仕入部に入社することができ、
余暇を得て文学の勉強に励み、雑誌などに投稿するようになった。」
(「年表」大正四年の項)とあるが、
「そのうち」が大正四年(一九一五)であるのは論外として、
大正七年から大正十二年、二十一歳から二十六歳の間のどの年か、
今のところ全然はっきりしない。 P50
震災で明治屋をやめて引き上げ
(その時、やはりひとりでやる仕事でなければ駄目だと痛感して帰って来たという。
家族も、甥もそういう意味のことを、本人から聞いている)、
再び日光社に勤めた。
ということは大阪市北区山崎町七四番地の
次兄弘のところへ帰り住んだということで、
本人の母親アキもそこに居たそうだ。
そのころ、日光社では化粧品とかブローチを商っており、
倉庫の二階にマスオはおって、
伊藤田力は緋の袴をはいた女の人の綺麗な絵をかいてもらったそうだ。 P51
大河内傳次郎 一二〇〇円
昭和五十三年十一月二十五日初版
昭和五十四年 一 月 二十日再版
著 者 富士正晴
発行者 高梨 茂
印刷所 三 陽 社
発行所 中央公論社
東京都中央区京橋二ノ八ノ七
電話(五六一)五九二一
振替 東京2-34
検印廃止
©一九七八
[大邊男:大河内傳次郎]
『株式会社 日光社』
取締役 大邊 弘
取締役 大邊 男
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
【銀行会社要録】
[第22版]大正7年 画像なし
【銀行会社要録】 附・役員録. 23版:大正8年刊行
『株式会社 日光社』 p214/1163
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 工業薬品ノ製造販売
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 50,000
取締役 大邊 弘
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/214
『大邊 弘』 p890/1163
大阪府豊能郡麻田村五三
旭製作株式会社 取締役
日本自動車株式会社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/890
『川崎静雄』 p918/1163
大阪府泉南郡麻生郷村
日本自動車株式会社 監査役
旭製作株式会社 取締役
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/918
『伊藤金二郎』 p825/1163
大阪市西区今木一九八
旭製作株式会社 取締役
株式会社日光社 監査役
日本自働車株式会社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/825
『旭製作株式会社』 p261-262/1163
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十月
満 期 未詳
目 的 諸機械類製作販売
株 数 2,400
資本金 120,000
内払込額 30,000
取締役 大邊 弘
取締役 松尾四郎
取締役 川崎静雄
取締役 三谷佐太郎
取締役 伊藤金二郎
監査役 富田賢治
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/261
【銀行会社要録】 附・役員録. 24版:大正9年刊行
『株式会社 日光社』 p218/1162
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936333/218
『大邊 男』 p876/1162
大阪市南区長堀橋筋
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936333/876
【銀行会社要録】 附・役員録. 25版:大正10年刊行
『株式会社 日光社』 p222/1208
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936331/222
『大邊 男』 p816/1208
大阪市南区長堀橋筋
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936331/816
【銀行会社要録】 附・役員録. 26版:大正11年刊行
『株式会社 日光社』 p192/1091
北区本庄葉村町一一〇五
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936340/192
『大邊 男』 p781/1091
大阪市南区長堀橋筋
(株)日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936340/781
[第27版]大正12年
『株式会社日光社』『大邊男』 いずれも記載なし
『大河内傳次郎』著者 富士正晴 中央公論社 昭和54年1月20日再版
幼少の頃
大河内傳次郎の半生のことを書く。
荒書きである。P5
(明治四十二年)六月二十一日には、四男正十六歳が、
大分県下毛郡中津町一四六八番地の菅野保太へ養子縁組をしている。
これは中津の薬問屋であり、正はのちに東京の薬専へ入る。P28
大正十一年頃といえば、
大辺マスオは次兄弘の経営する洋酒・化粧品の日光社の
会計部長時代なのだろう。P41
再び、大正四年に帰る。
五月五日、次姉ミツ二十七歳が、
神戸市神戸栄町七丁目五〇番屋敷伊藤金二郎と婚姻届出。
その頃、長兄亮に死期が迫って来ていたので、
あわただしく婚姻をすませたという感じがしないでもない。
又、神戸は本籍地であって、
大阪に住み何か企業をやっていた人ではないかと
想像したくなるような点もあるが、
この人についてはまだ調べるに至っていなかった。 P41-42
大正七年(一九一八)二十一歳、大阪商業を卒業し、
神戸高商の入学試験には失敗したマスオは結局、
上級学校進学をあきらめさせられ
(と思う。もし、神戸高商へ入っていたら、
次兄弘、三兄脩も学費を出してやったかも知れないとも思う)、
従って早稲田大学進学など及びもつかず、
次兄弘の会社に会計部長で入ったということになっている。
この会社は日光社といい(太陽社という人もいる)
化粧品、洋酒などを製造販売していたと、御園京平の「年表」にある。
しかし、その「年表」ではマスオの大阪商業卒業を
大正四年(一九一五)十八歳としており、三年早期にずれているので、
弘の会社についてのことも、
誰か親族のはるかな記憶によったもであろうと思われる。
それより、今のところ方法がないことも確かである。
さきに藤本準三説の、騒人社といって出版業をやっていたと思うというのも、
マスオの在学中の弘の会社の仕事であったのかも知れないのである。
弘という次兄の事業の変転につての追及は
ほぼ不正確にしか行われ得ないようだ。 P48-49
「そのうち、日光社の取引先きである
東京銀座の明治屋の仕入部に入社することができ、
余暇を得て文学の勉強に励み、雑誌などに投稿するようになった。」
(「年表」大正四年の項)とあるが、
「そのうち」が大正四年(一九一五)であるのは論外として、
大正七年から大正十二年、二十一歳から二十六歳の間のどの年か、
今のところ全然はっきりしない。 P50
震災で明治屋をやめて引き上げ
(その時、やはりひとりでやる仕事でなければ駄目だと痛感して帰って来たという。
家族も、甥もそういう意味のことを、本人から聞いている)、
再び日光社に勤めた。
ということは大阪市北区山崎町七四番地の
次兄弘のところへ帰り住んだということで、
本人の母親アキもそこに居たそうだ。
そのころ、日光社では化粧品とかブローチを商っており、
倉庫の二階にマスオはおって、
伊藤田力は緋の袴をはいた女の人の綺麗な絵をかいてもらったそうだ。 P51
大河内傳次郎 一二〇〇円
昭和五十三年十一月二十五日初版
昭和五十四年 一 月 二十日再版
著 者 富士正晴
発行者 高梨 茂
印刷所 三 陽 社
発行所 中央公論社
東京都中央区京橋二ノ八ノ七
電話(五六一)五九二一
振替 東京2-34
検印廃止
©一九七八
[大邊男:大河内傳次郎]
『株式会社 日光社』
取締役 大邊 弘
取締役 大邊 男
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
【銀行会社要録】
[第22版]大正7年 画像なし
【銀行会社要録】 附・役員録. 23版:大正8年刊行
『株式会社 日光社』 p214/1163
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 工業薬品ノ製造販売
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 50,000
取締役 大邊 弘
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/214
『大邊 弘』 p890/1163
大阪府豊能郡麻田村五三
旭製作株式会社 取締役
日本自動車株式会社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/890
『川崎静雄』 p918/1163
大阪府泉南郡麻生郷村
日本自動車株式会社 監査役
旭製作株式会社 取締役
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/918
『伊藤金二郎』 p825/1163
大阪市西区今木一九八
旭製作株式会社 取締役
株式会社日光社 監査役
日本自働車株式会社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/825
『旭製作株式会社』 p261-262/1163
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十月
満 期 未詳
目 的 諸機械類製作販売
株 数 2,400
資本金 120,000
内払込額 30,000
取締役 大邊 弘
取締役 松尾四郎
取締役 川崎静雄
取締役 三谷佐太郎
取締役 伊藤金二郎
監査役 富田賢治
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936327/261
【銀行会社要録】 附・役員録. 24版:大正9年刊行
『株式会社 日光社』 p218/1162
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936333/218
『大邊 男』 p876/1162
大阪市南区長堀橋筋
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936333/876
【銀行会社要録】 附・役員録. 25版:大正10年刊行
『株式会社 日光社』 p222/1208
南区長堀橋筋一ノ二三
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936331/222
『大邊 男』 p816/1208
大阪市南区長堀橋筋
株式会社日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936331/816
【銀行会社要録】 附・役員録. 26版:大正11年刊行
『株式会社 日光社』 p192/1091
北区本庄葉村町一一〇五
設 立 大正六年十二月
満 期 未詳
目 的 一般輸出入業
株 数 4,000
資本金 200,000
内払込額 100,000
取締役 川崎静雄
取締役 高島俊治
取締役 大邊 男
取締役 祇園玉次
監査役 伊藤金二郎
監査役 菅野 正
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936340/192
『大邊 男』 p781/1091
大阪市南区長堀橋筋
(株)日光社 取締役
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/936340/781
[第27版]大正12年
『株式会社日光社』『大邊男』 いずれも記載なし
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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