《校長 醫學士 高橋盛寧》東京大學:明治十六年卒業
【島根県松江病院一覧. 第1號】
【島根県松江病院一覧. 第1號(明治43年)】明治44年11月27日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1939068/32
沿革畧誌 p5-6/35
明治十七年七月 松江醫院ヲ廢シ
更ニ島根縣醫學校兼松江病院ヲ設置ス
同十八年七月 醫學校及病院共 其組織ヲ一變シテ甲種醫學校トス
校長 醫學士 《高橋盛寧》 院長 田野俊貞 ナリ
―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1939068/5
《校長 醫學士 高橋盛寧》東京大學:明治十六年卒業
【東京帝国大学一覧. 明治39-40年】
醫學士(明治十八年迄ノ醫學士ハ東京大學卒業ノ者)p277/405
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813182/277
明治十六年卒業 p278/405
《高橋盛寧》 愛媛 p278/405
北里柴三郎 熊本 p278/405
千原春甫 島根 p278/405
劉 小一郎 京都 p278/405
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813182/278
【東京帝国大学一覧. 明治44-45年】
醫學士(明治十八年迄ノ醫學士ハ東京大學卒業ノ者)p295/434
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813187/295
明治十六年卒業 p296/434
《高橋成寧》 愛媛 p296/434
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813187/296
【日本医籍】内務省衛生局:明治22年8月8日出版
《高橋盛寧》 兵庫縣 神戸區 下山手通 六丁目 p34/246
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780081/34
【日本杏林要覧】明治42年12月28日発行
兵庫縣 神戸市 下山手通 六ノ二六 p487/976
電話 一一一七甲
《高橋盛寧》 兵庫平民
學士 十七年五月 ※明治17年5月(1884年5月)
安政六年生 ※安政6年(1859年2月3日)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900147/487
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長]
【職員録. 明治22年(乙)】
[神戸病院] p31/165
院 長(月 一五〇) 神田知二郎 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 佐久間秀徹 黴毒院幹事
[神戸病院附屬黴毒院] p31/165
院 長 神田知二郎 神戸病院長
幹 事 佐久間秀徹 神戸病院幹事
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779758/31
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長][黴毒院:副院長]
【職員録. 明治23年(乙)】
[神戸病院] p32/172
院 長(月 一五〇) 小林 廣 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
[黴毒院] p32/172
院 長(月 一五〇) 小林 廣 神戸病院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779760/32
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長][黴毒院:副院長]
【職員録. 明治24年(乙)】
[神戸病院] p82/241
院 長(月 一五〇) 小林 廣 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
[黴毒院] p82/241
院 長(月 一五〇) 小林 廣 神戸病院長
副院長(月 一四〇)《高橋成寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779762/82
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長]
【職員録. 明治25年(乙)】
[神戸病院] p57/195
院 長(月 一五〇) 小林 廣
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779764/57
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治27年(乙)】
[神戸病院] p57/192
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779768/57
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治28年(乙)】
[神戸病院] p64/227
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779771/64
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治29年(乙)】
[神戸病院] p66/212
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779773/66
《高橋盛寧》【兵庫県人物評. 2】明治29年9月20日発行
【兵庫県人物評. 2】明治29年9月20日発行
《高橋盛寧君》(縣立神戸病院長) p43/72
神田知十郎氏逝きて、
副院長より今の病院長の地位に進みたるを
醫學士高橋盛寧君とす、
君は學説も可なり、經驗も可なり、殊に外科術もと、
又是好病院長と云ふべし、
然れども君性頗る急にして果斷の質に富む、
一見一の親切心あるを認めぞ、
然れども親切心の乏しきは縣立病院に於ての通弊なり、
所謂月給先生を氣取る爲めのみ、
凡そ病院より出でゝ開業醫となるや、
性行の一變するは皆人の認むる所、
凡人の免れざる所ならんか、
君に至りては性の急なるに係らず、
患者の氣受けよき所感服なるも、
時に外來患者に對して
大なる不平の聲を放たしむることあるは
吾人の取らざる所なり。
評曰、近來病院規律亂れ、
下給の醫師往々艶聞を院内に流れ、
甚しければ博徒院内に入りて八々を弄するのみならず、
時に本堵場を張るあり、
事幹事の責い屬すと雖も
院長としては又責を負はざるべからず、
又曰、醫師にして親切心なきものは社外に放逐すべし、
評者能く院長を知る、
お世辭なきも治療上親切は盆大の印を捺して保證すべし、
下等の助手にして威張るものあり、
此輩遂に不平の聲を放たしめたるならん、惡むべし。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778622/43
明治廿九年九月十六日印刷
明治廿九年九月二十日發行
定價 金貮拾錢
發行兼著作者 吉野申吉
兵庫縣士族
本籍 兵庫縣姫路市景福寺前七番地
寄留 神戸市楠町一丁目六十六番地
印刷人 住澤喜作
兵庫縣平民
神戸市相生町五丁目三百三十五番地
印刷所 住澤活版所
神戸市相生町五丁目三百三十五番地
發行所 神戸同盟出版所
神戸市楠町一丁目六十六番地
一手販賣所 三田新聞舗
神戸相生橋下
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778622/69
【島根県松江病院一覧. 第1號】
【島根県松江病院一覧. 第1號(明治43年)】明治44年11月27日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1939068/32
沿革畧誌 p5-6/35
明治十七年七月 松江醫院ヲ廢シ
更ニ島根縣醫學校兼松江病院ヲ設置ス
同十八年七月 醫學校及病院共 其組織ヲ一變シテ甲種醫學校トス
校長 醫學士 《高橋盛寧》 院長 田野俊貞 ナリ
―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1939068/5
《校長 醫學士 高橋盛寧》東京大學:明治十六年卒業
【東京帝国大学一覧. 明治39-40年】
醫學士(明治十八年迄ノ醫學士ハ東京大學卒業ノ者)p277/405
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813182/277
明治十六年卒業 p278/405
《高橋盛寧》 愛媛 p278/405
北里柴三郎 熊本 p278/405
千原春甫 島根 p278/405
劉 小一郎 京都 p278/405
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813182/278
【東京帝国大学一覧. 明治44-45年】
醫學士(明治十八年迄ノ醫學士ハ東京大學卒業ノ者)p295/434
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813187/295
明治十六年卒業 p296/434
《高橋成寧》 愛媛 p296/434
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813187/296
【日本医籍】内務省衛生局:明治22年8月8日出版
《高橋盛寧》 兵庫縣 神戸區 下山手通 六丁目 p34/246
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780081/34
【日本杏林要覧】明治42年12月28日発行
兵庫縣 神戸市 下山手通 六ノ二六 p487/976
電話 一一一七甲
《高橋盛寧》 兵庫平民
學士 十七年五月 ※明治17年5月(1884年5月)
安政六年生 ※安政6年(1859年2月3日)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900147/487
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長]
【職員録. 明治22年(乙)】
[神戸病院] p31/165
院 長(月 一五〇) 神田知二郎 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 佐久間秀徹 黴毒院幹事
[神戸病院附屬黴毒院] p31/165
院 長 神田知二郎 神戸病院長
幹 事 佐久間秀徹 神戸病院幹事
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779758/31
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長][黴毒院:副院長]
【職員録. 明治23年(乙)】
[神戸病院] p32/172
院 長(月 一五〇) 小林 廣 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
[黴毒院] p32/172
院 長(月 一五〇) 小林 廣 神戸病院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779760/32
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長][黴毒院:副院長]
【職員録. 明治24年(乙)】
[神戸病院] p82/241
院 長(月 一五〇) 小林 廣 黴毒院長
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
[黴毒院] p82/241
院 長(月 一五〇) 小林 廣 神戸病院長
副院長(月 一四〇)《高橋成寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779762/82
《高橋盛寧》[神戸病院:副院長]
【職員録. 明治25年(乙)】
[神戸病院] p57/195
院 長(月 一五〇) 小林 廣
副院長(月 一四〇)《高橋盛寧》
幹 事(月 三〇) 鹽田虎尾
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779764/57
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治27年(乙)】
[神戸病院] p57/192
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779768/57
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治28年(乙)】
[神戸病院] p64/227
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779771/64
《高橋盛寧》[神戸病院:院長]
【職員録. 明治29年(乙)】
[神戸病院] p66/212
院 長(月 一五〇)《高橋盛寧》
副院長(月 一四〇) 江馬賤男
幹 事(月 三〇) 南澤督淸
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779773/66
《高橋盛寧》【兵庫県人物評. 2】明治29年9月20日発行
【兵庫県人物評. 2】明治29年9月20日発行
《高橋盛寧君》(縣立神戸病院長) p43/72
神田知十郎氏逝きて、
副院長より今の病院長の地位に進みたるを
醫學士高橋盛寧君とす、
君は學説も可なり、經驗も可なり、殊に外科術もと、
又是好病院長と云ふべし、
然れども君性頗る急にして果斷の質に富む、
一見一の親切心あるを認めぞ、
然れども親切心の乏しきは縣立病院に於ての通弊なり、
所謂月給先生を氣取る爲めのみ、
凡そ病院より出でゝ開業醫となるや、
性行の一變するは皆人の認むる所、
凡人の免れざる所ならんか、
君に至りては性の急なるに係らず、
患者の氣受けよき所感服なるも、
時に外來患者に對して
大なる不平の聲を放たしむることあるは
吾人の取らざる所なり。
評曰、近來病院規律亂れ、
下給の醫師往々艶聞を院内に流れ、
甚しければ博徒院内に入りて八々を弄するのみならず、
時に本堵場を張るあり、
事幹事の責い屬すと雖も
院長としては又責を負はざるべからず、
又曰、醫師にして親切心なきものは社外に放逐すべし、
評者能く院長を知る、
お世辭なきも治療上親切は盆大の印を捺して保證すべし、
下等の助手にして威張るものあり、
此輩遂に不平の聲を放たしめたるならん、惡むべし。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778622/43
明治廿九年九月十六日印刷
明治廿九年九月二十日發行
定價 金貮拾錢
發行兼著作者 吉野申吉
兵庫縣士族
本籍 兵庫縣姫路市景福寺前七番地
寄留 神戸市楠町一丁目六十六番地
印刷人 住澤喜作
兵庫縣平民
神戸市相生町五丁目三百三十五番地
印刷所 住澤活版所
神戸市相生町五丁目三百三十五番地
發行所 神戸同盟出版所
神戸市楠町一丁目六十六番地
一手販賣所 三田新聞舗
神戸相生橋下
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778622/69
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』