[東京すくも人]第1号1984年版(昭和59年)
:北方様の話 兵頭武郎

[東京すくも人]第1号
 東京宿毛会 一九八四年版(昭和59年)
 東京宿毛会事務局
 東京都品川区豊町5-4-3 依岡顯知方
表紙[東京すくも人]第1号
〔画像〕表紙[東京すくも人]第1号

 北方様の話   兵頭武郎
         日本文芸社社長
   北方様とは、山内一豊の実の姉君で、
   本名『通(つう)』といい、
   幕藩体制になってからの
   宿毛初代領主となり、
   山内姓を賜わった左衛門佐可氏(よしうじ)の
   母にあたる人で、
   山内家から、美濃・北方城七万石の城主の弟、
   安東太郎左衛門郷氏のところへ嫁いだため、
   通称『北方様(きたがたさま)』と呼ばれ、
   晩年は宿毛で暮らした方です。

このたび、東京宿毛会の機関誌編集に携わるようにと
強いご要請があり、仲間に入れていただきました。

その会合の席上で、宿毛の昔話に花が咲き、
宿毛の歴史上の女性には、作家大原富枝さんが書かれた、
『婉という女』とか『にこもりさん』の話、
『一条公と平田郷のお雪さんの悲恋』話など、
淋しい、悲しい話が多いので、
ここで、パッと明るく胸のすくような女性の話を
取り上げようということになり、
それには北方様の話が最適ということにきまりました。

たまたま、私がいくらか資料をもっているというので
執筆するよう依頼されまして、
浅学を顧みずお引き受けすることになりました。
   ◇
p34-35[東京すくも人]第1号
〔画像〕p34-35[東京すくも人]第1号

宿毛の町なかで生まれました私は、
昭和十年から十六年の六年間、
宿毛尋常小学校へ通いましたが、
その途中、田圃の中に、
妙栄寺というお寺があり、
その境内に北方様のお墓があったことを覚えております。

私を育ててくれました祖母も宿毛っ子でして、
もと三十石取りの宿毛騎馬の武士・池田家の出でしたから、
宿毛の殿様、伊賀家の祖始者ともいえる
この北方様のお墓にはよくお花を上げたりして
敬慕いたしておる姿を、
忘れることができません。

しかしその頃の私には、
北方様がどのように偉かったのかわかるはずがありません。
ただそのお墓の花差挿しに溜っている水を
いぼ(宿毛でいびら)へ つけると、
いつの間にか、そのいぼが取れるという
”ご利益“があると、伝承されていました。

北方様とは、どんな方だったのでしょうか。
  ◇
 ―略―
p36-37[東京すくも人]第1号
〔画像〕p36-37[東京すくも人]第1号

p38-39[東京すくも人]第1号
〔画像〕p38-39[東京すくも人]第1号

p40-41[東京すくも人]第1号
〔画像〕p40-41[東京すくも人]第1号

p42-43[東京すくも人]第1号
〔画像〕p42-43[東京すくも人]第1号

p44-45[東京すくも人]第1号
〔画像〕p44-45[東京すくも人]第1号

  ◇
妙栄寺には、北方様の遺品の一つとして、
おそらく日本最古と思われる相撲の化粧廻しが残されています。
もう相当朽ちてはいますが、
竜が刺繍されており、
眼には宝石がはめ込まれていて、
その眼が、じっとわれわれの方を見つめています。

土佐人は相撲ずきだから、
北方様が領内一番の関取になった者に毎年貸し与えたのでは、
という単純な推理ですまない化粧廻しだと、
私は思っています。

と申しますのは、
山内一豊が土佐領主となった初めの頃は、
まだ、あっちこっちの山村で抵抗や一揆が起きておりました。

これにいつも手をやいていた家老の深尾湯右衛門は、
「土佐七郡の各村から、相撲強者を集め、
 殿様勧進の大相撲興行を行い、その時、
 反骨の強い男や抵抗の指導者などを一挙に殺そう」
という恐ろしい案を立て、
事実それが実行されたことがあります。

相撲興行たけなわになった頃、
突然、足軽隊の銃撃がはじまり、
関取も、観衆も逃げ廻る中を、
強そうな男を片っ端から撃ち殺したといいます。
種崎の浜には梟首(きょうしゅ)台がつくられ、
七十余人の首がさらされました。

山内一豊の一生の中で、
この相撲興行で弾圧、
殺人をしたことは最大の汚点とされています。
当然、土佐土着の郷士や農民は、
新しい山内一家を恐れ、
相撲興行に不信をいだいていたはずです。

その時期になぜ、
北方様はあのような立派な、
化粧廻しをつくられたのだろうか。
どなたか調べてくださることを待ちます。
  ◇
最後になりますが、
山内一豊が亡くなられた後、
その妻、見性院様は高知を離れ、
京都妙心寺で尼さんとなられ一生を終えられますが、
北方様は自分の造った、
日蓮宗妙栄寺を菩提寺として、
一生を宿毛で終えられました。
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〔画像〕p46-47[東京すくも人]第1号
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