[フジオちゃんはギターの天才]
<チャー坊(“村八分”)の生と死>《第五回》
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
草臥れて(くたびれて) p067
ロック殉教者
<チャー坊(“村八分”)の生と死>
《第五回》
取材・文 北沢夏音
“クーちゃん“ 吉村邦代 p077
チャー坊はいつも尚子さんの
母・邦代さんをこう呼んで慕った。
いちばん仲のいい姉として、
両親亡き後は母親代わりとして、
最後までチャー坊を物心両面から
支え続けた邦代さんは、
チャー坊の素顔を知る上で、
真っ先に訪ねなくてはならない人だと思っていた。
「どうぞ私達のことは気になさらず、
和志のことについて、
思う存分、
感じたままを書いてください」
―略―
フジオちゃんには、 p082-083
私ら、
兄弟のような感覚をちょっと持っていたんです。
二年か三年位、
母と弟たちとひとつ屋根の下に暮らしていましたし、
うちの母からは
「フジオちゃんはチャー坊のことを
兄弟と思っているだろうから、
あなたたちも兄弟という感覚で接してあげてね」
って言われていたんですね。
フジオちゃんも母のことを
“お母ちゃん”っていうふうに呼んでて、
東京に来た時には私の家に寄ってくれたりしたんです。
だから、
何らかの行き違いはあったかもしれないですが、
フジオちゃんと和志は、
ライバルというよりも、
一緒にやっている時は共同体みたいな感じで、
本当に仲も良かったし、
和志は、
フジオちゃんの音楽に対しても
「フジオちゃんはギターの天才だし、
右に出る者はいない」
って尊敬していました。
フジオちゃんがどう思っていたかはわからないですけど、
和志は死ぬまでそう言っていました。
―略―
[クィック・ジャパン]
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
定価・800円
編集発行人 赤田祐一
発行所 (株)太田出版
東京都新宿区荒木町22
エプコットビル1F
<チャー坊(“村八分”)の生と死>《第五回》
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
草臥れて(くたびれて) p067
ロック殉教者
<チャー坊(“村八分”)の生と死>
《第五回》
取材・文 北沢夏音
“クーちゃん“ 吉村邦代 p077
チャー坊はいつも尚子さんの
母・邦代さんをこう呼んで慕った。
いちばん仲のいい姉として、
両親亡き後は母親代わりとして、
最後までチャー坊を物心両面から
支え続けた邦代さんは、
チャー坊の素顔を知る上で、
真っ先に訪ねなくてはならない人だと思っていた。
「どうぞ私達のことは気になさらず、
和志のことについて、
思う存分、
感じたままを書いてください」
―略―
フジオちゃんには、 p082-083
私ら、
兄弟のような感覚をちょっと持っていたんです。
二年か三年位、
母と弟たちとひとつ屋根の下に暮らしていましたし、
うちの母からは
「フジオちゃんはチャー坊のことを
兄弟と思っているだろうから、
あなたたちも兄弟という感覚で接してあげてね」
って言われていたんですね。
フジオちゃんも母のことを
“お母ちゃん”っていうふうに呼んでて、
東京に来た時には私の家に寄ってくれたりしたんです。
だから、
何らかの行き違いはあったかもしれないですが、
フジオちゃんと和志は、
ライバルというよりも、
一緒にやっている時は共同体みたいな感じで、
本当に仲も良かったし、
和志は、
フジオちゃんの音楽に対しても
「フジオちゃんはギターの天才だし、
右に出る者はいない」
って尊敬していました。
フジオちゃんがどう思っていたかはわからないですけど、
和志は死ぬまでそう言っていました。
―略―
[クィック・ジャパン]
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
定価・800円
編集発行人 赤田祐一
発行所 (株)太田出版
東京都新宿区荒木町22
エプコットビル1F