《内田良平 額=為 柴田金三郎》
<チャー坊(“村八分”)の生と死>

内田良平」から、柴田金三郎に贈られた額。

為 柴田金三郎 と、書かれていた。
私(小野一雄)が預かっていたが、
お姉さん(吉村邦代さん)に、
佐川急便で、昭和63年(1988)頃に、返した。
※年度は正確な記憶がない。

それを、お姉さんのご主人(吉村法俊・亡くなっていた)が、
世話になった人に贈ったと、柴田令子さんから聞いた。
※この電話の年月は覚えていない。

[吉村法俊](別稿に記載)
山口二矢が暗殺決行前に一緒だった
吉村法俊という人に何回か会った事があります。
http://ameblo.jp/fgh1234/day-20120116.html

[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行

草臥れて(くたびれて) p067
ロック殉教者
<チャー坊(“村八分”)の生と死>
《第五回》
取材・文 北沢夏音

“クーちゃん(吉村邦代)”―    p077
 ―略―
チャー坊の父・柴田金三郎氏は、
立命館大学時代の後輩で、
のちに法務大臣を務めた
自民党代議士・田中伊佐次らと共に、
敗戦と同時になくなっていた
建国記念日制定のため尽力するなど、
関西でも指折りの民族主義運動家だった。
 ―略―
チャー坊の父・金三郎は三重県の、
母・“つぎ”は京都の出身です。
 ―略―
父は初めアナーキスト(無政府主義者)
だったらしいのです。
ところが、
ご存じのように弾圧が非常に厳しくて
常に特高に追われている状態で生活していたのが、 p078
あるとき昭和の初めぐらいに転向して、
内田良平
―この人は民族主義の運動の創始者みたいな方だそうです―
に師事した。
 ―略―

[クィック・ジャパン]
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
定価・800円
編集発行人 赤田祐一
発行所  (株)太田出版
東京都新宿区荒木町22
エプコットビル1F