《ステファニー*アメリカの涙》
<チャー坊(“村八分”)の生と死>

[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行

草臥れて(くたびれて) p067
ロック殉教者
<チャー坊(“村八分”)の生と死>
《第五回》
取材・文 北沢夏音

“クーちゃん(吉村邦代)”―    p077
 ―略―
<ドロップアウト>  p079
 ―略―
村八分の活動が盛んだった頃、
「金がなかったらダメだ」って言い出して、

一時期(当時結婚していた)
ステファニーと二人で
こっちでチリ紙交換をしていたことがあるんです。
 ―略―

[クィック・ジャパン]
[Quick Japan]Vol.13
(平成9年)1997年4月26日 第一刷・発行
定価・800円
編集発行人 赤田祐一
発行所  (株)太田出版
東京都新宿区荒木町22
エプコットビル1F

※チャー坊(柴田和志)
昭和55年(1980) 
チャー坊(柴田和志)が、
「ステファニーに逢いにアメリカに行くので…」と、
私(小野一雄)と二人で、
神戸のアメリカ領事館にビザを取りに行った。

何日か後、
「ステファニーに逢いに、アメリカに行って来る」
と、新幹線で東京へ行った。

数日後、
「ブラックリストに載っていたので、
 出国出来なかった」
と、帰京。
[チャー坊遺稿集]飛鳥新社2002年12月18日初版発行

 『アメリカの涙』 p94-95
  ―略―
 *アメリカの涙
  八〇年代後半に書かれた
  ステファニー(前出)を回想する詩。
  六九年七月、
  アポロ十一号が月面着陸に成功。
  六九年頃、
  チャー坊はステファニーと共に
  アメリカで生活を送っていた。
  その時、
  チャー坊はステファニーが外に出て
  月を眺めながら
  涙を流す光景を目にしたという。
  それを回想し書かれた詩。
[チャー坊遺稿集]飛鳥新社2002年12月18日初版発行
昭和59年(1984) 11月頃
この頃、ステファニー(妻)と正式に離婚。 p328

昭和55年(1980) 
※チャー坊(柴田和志)が、
 『小さい家』(京都市伏見区向島庚申町)の向かいの、
 ちゃんとした文化住宅の、
 六畳と四畳半ほどある部屋で、
 宇宙旅行に、600万円で行ける。
 (テレビか新聞で見た)
 「行きたい。積立しようか」

※チャー坊(柴田和志)に、
 小野梓が、未完だが、不平等条約改正の為に、
 [日本歴史]を英語で書いたのがあると話すと、

 「小野はん、その本を貸して。
  どんな英語を使っているのか、
  知りたいので…」と、

『小野梓傳』西村眞次 著 冨山房 發兌
      昭和10年(1935)11月20日発行
第三節 科學的史學の先驅者 p289-296
第二十九圖版元 [History of Japan] p292
『小野梓傳』西村眞次 著 冨山房 發兌
 チャー坊(柴田和志)歿後、
 ボンチャン(柴田次男)から返送されて来た。

[株式会社 大林組]
おおばやし史
発展の時代
―略―
昭和31年(1956) 11月 神戸米国総領事館竣工
―略―
http://www.obayashi.co.jp/history/3_development

《昭和の神戸 アメリカ領事館と関西電力》
[写真]
昭和55年撮影(神戸市生田区)
http://kobemtsh2006.blog79.fc2.com/blog-entry-249.html

blog[小野一雄のルーツ]
柴田和志:Staphanie(ステファニー)LPレコード
http://blog.livedoor.jp/kazuo1947/archives/2166879.html