★単行本化のお知らせ
『草臥れて/チャー坊(“村八分”)の生と死』

[Quick Japan]Vol.20
(平成10年)1998年6月1日 第一刷・発行

草臥れて(くたびれて) p180
ロック殉教者
<チャー坊(“村八分”)の生と死>
《最終回》
取材・文 北沢夏音

〔最終話・生きる事の話(後編)〕 p180
 ―略―
スピードをやりすぎると、
幻覚や幻聴がきて、
言ってることがチンプンカンプンになる。 p183

<最後の診断> p184
ぼくが、 ※北沢夏音
京都府・宇治市にある府立洛南病院を訪れたのは、
昨年二月のことだった。
精神科のみの専門病院。
他で断られた患者さんも、
なるべく引き受ける」ようにしているという。
おだやかにぼくを迎えてくれた
岡江晃氏は、
なるほどチャー坊が信頼を寄せるだけある、
微塵の権威臭も感じさせない、
人間臭い先生だった。
 ―略―
「日本ではほとんど例がないほど
 多種多様な薬物を、
 大量に、
 長期に渡って服用した唯一の日本人。
 それが彼だ」
 ―略―
「―略―  p184
 ギターを弾きたいという
 彼の希望を早いうちから適えてやったら―」
「―略―   p187
 おそらく本人には、
 最後まで自分が病気だという意識はなかったろう。
 僕はそう思う。
 なぜ病気という意識もないのに、
 病院にきちんと来て、
 薬を飲むのかわからなかった。
 彼に出していた精神安定剤は、
 いくら薬を飲むのが好きな人間でも
 これだけは嫌うというぐらい、
 キツい代物だったから」

その時、ぼくは、
朋子さんから、
人生の最後の二年間、
岡江先生の後任の医師が処方していた薬のうち、
チャー坊が実際に飲んでいたのは
睡眠薬だけだったということを、
まだ聞かされてはいなかった。
 ―略―
前号の[お詫びと訂正]について、 p186
吉村邦代さんから抗議がありました。
十分な裏づけが取れないまま、
訂正したのは早計でした。
事実関係をより慎重に調査した上で
単行本執筆を行います。
配慮に欠けた点をお詫びいたします。
(北沢)

★単行本化のお知らせ     p187
長らく御愛読いただきました
『草臥れて/チャー坊(“村八分”)の生と死』は、
今回を持って連載を終了させていただきます。
本誌未発表のインタヴュー及び
新たな書き下ろしを加え、
小社より一二月に単行本化する予定です。
取材に御協力いただいた方々、
貴重な写真や資料を提供してくださった方々、
テープ起こし
その他の作業を手伝っていただいた方々、
そして御感想、御批判のお手紙を送って下さった方
全てに、
厚く御礼申し上げます。

[クィック・ジャパン]
[Quick Japan]Vol.20
(平成10年)1998年8月3日 第一刷・発行
定価・900円
編集人 村上 清
発行人 赤田祐一
発行所  (株)太田出版
東京都新宿区荒木町22
エプコットビル1F

スピードをやりすぎると、
幻覚や幻聴がきて、
※アルコールでも、
 幻覚や幻聴はあります。

ギターを弾きたいという
※昭和55年(1980) 始め
 スナック〔高野〕に私(小野一雄)の借金の返済に、
 チャー坊(柴田和志)と行った時、
 〔高野〕のママに、
 「チョット、話をしてもよろしいか」と、
 壁に掛けてあったギターを借りて、
 弾き始めた。

※昭和55年(1980)
 チャー坊(柴田和志)から電話があり、
「河原町の□□薬局で、△△という薬を買ってきて」
□□薬局・△△という薬。
名前は、いずれも覚えていない。
誰でも買える薬です。
□□薬局(現:京都BL附近)

※昭和59年(1984) 秋頃?
 洛西ニュウータウンのマンションで、
 チャー坊(柴田和志)が、
 大きな薬袋から、薬を出して
「これは何に利く、これは何に利く、これは何に利く…」
 楽しそうに、説明をしてくれた。

※昭和55年(1980)
 市電の伏見稲荷駅付近を、
 チャー坊(柴田和志)と歩いていた時、
 「三味線を習いたい……」

※昭和55年(1980)
 バスケットの練習をしたいので、
 チャー坊(柴田和志)と二人で、
 三浦卓先生が顧問の、松原中学に行った。
 明日の行事の為、
 体育館全面に椅子が並べてあった。
 三浦先生に話すと、
 三浦先生と生徒がコート半面の椅子を片付け、
 私(小野一雄)が、シュートをしていると、
 ピアノの音が聞こえた。
 誰かなと思い、
 檀上を見ると、
 チャー坊(柴田和志)が弾いていた。

[京都府中学校 バスケットボール 優勝の歴史]昭和24年~平成24年
《松原(昭和50年夏季女子~昭和57年府下女子)三浦 卓先生》
http://blog.livedoor.jp/kazuo1947/archives/2350964.html

『ギー』  〔アメーバ:西陣五番町:カレーライス〕
[東人雑記]
2005年11月04日
ジャズ喫茶「ギー」
今朝、新聞を読んでいて急に京都の「ギー」という店を思いだした。
三条の蹴上にゆく電車道にそって左側、
外観は濃いブルーの壁、
ドアを開けるとさして広くない店内にいつも
ピアノトリオの曲がかかっていた。
パリにでもあれば似合いそうなカフェの雰囲気があった。
 ―略―
http://blog.livedoor.jp/guen555/archives/50196379.html

心残りは……、
『伏見』
 チャー坊(柴田和志)が、
「今日は、『伏見』の□□ちゃんの誕生日。
 何か、お祝いを持って行こう」
お金が無かったので、
木屋町の質屋に、
私(小野一雄)の背広を入れにいった。
すると、背広は入らないと、言われた。

※□□ちゃんの名前は覚えていない。
 その後、顔を見に、
 二人で、東山七條の魚屋さんに行った。

[京都三条の居酒屋さん「伏見」と名物おばちゃん]
 ―略―
居酒屋「伏見」は、伏見にあらず、三条にあります!
京阪三条または地下鉄三条・・三条通り、三条大橋の東すぐ。
ボリュームがあるので、1人ではなく、2,3人で・・、
そして笑顔で「断る勇気」も持って行ってくださいね!
http://blogs.yahoo.co.jp/sayuri2525maria/23475178.html

追記:平成28年(2016)5月19日
[名物おかみの居酒屋閉店へ 京都・東山 半世紀「出会い感謝」]
京都市東山区で60年、
営業を続けてきた居酒屋「お食事処 伏見」が5月末で閉店する。
新鮮な海産物とおかみ川原多津子さん(67)の
ざっくばらんな人柄が人気で、
俳優の故大滝秀治さんも通った名物店。
 ―略―
川原さんの父・故西澤繁三朗さんが1955年ごろ開店した。
 ―略―
京都新聞【20160518 1020分】
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20160518000029