女性の心をひく『美髪師』と『美容術師』【職業婦人物語】昭和4年

【職業婦人物語】昭和4年
 一二、女性の心をひく『美髪師』と『美容術師』 p146-151/182
一口に髪結ひと謂つて、
何だか下司な商賣ででもあるやうに思つて居るものもあるが、
今日では立派な『美髪師』といふ名前で、
収入の多いことにかけては、
他の何に比べても餘りひけをとらない。

全國で二四、七〇〇人、
東京だけでも九、一八〇人の髪結ひが、
多くは結構な門戸を張つて居るが、
張つて居ないまでも
懐ろ具合のよささうな暮らしを立てて居るのでも解る。

世間では『髪結ひの亭主は大抵は遊び人』とよく謂ふが、
別に、髪結ひさんが、遊び人を特に好いてゐる譯でもあるまい。
實を謂へば四十づらを下げた男一匹が、
遊び人がコツコツ働いても、
女房の髪結ひ錢の上り高にも追付かないやうでは、
土臺、恥づかしくつて働けもすまいじやないか。
自棄くそ半分で、
つい家の中に寝ころんで莨でも吹かしてゐるか、
八公熊公と一所になつて賽ころでも轉がして居たくなる譯である。

髪結ひで金になるのは、
何と謂つても花柳界を控へた場所であらう。
客足も多いし、お祝儀もはずむ。
客足といつても藝者が大部分であらうから、
待合のお座敷で今朝がたせしめて來た小使から、
五十錢玉の二つや三つ餘計にほうり出すのは何でもあるまい。
だから、斯んな場所で『あの髪結ひさんは』
と評判をとるやうにでもなれば、
それこそ大變な収入にならうと謂ふものである。
假令(たとへ)、亭主が法學士高等官三等でも、
仲々女房の上り高には追付かない。

京橋あたりの一流の髪結は、
徒弟の六、七人から十人も使用して、
月収四、五百圓から千五百圓に及ぶものもあり、
現に數十萬の身代を拵へ上げたなどといふ
豪氣な話もある位であるから、
どうです、希望者は看板に偽りのないところをさあさあ、
見に行つたり行つたり。

東京市内で一流と稱せられる髪結ひは左のやうな者である。
 桑原千代子(京橋區宗十郎町十一)
 伊賀とら子(京橋區宗十郎町十)
 關口文子 (京橋區南金六町十四)
 佐藤あき子(下谷區數寄屋町十三)
 大澤たけ子(京橋區日吉町十二)
 丹羽かく子(下谷區同朋町十)
 池田つま子
 荒木とき子(麴町區山元町一ノ九)

髪結ひになるには、
傳手(つて)を求めて三年乃至五年間、徒弟に住み込むか、
學校組織の養成所に入つて修業するかの二つの方法がある。
一通りの技倆になるには三年はかかるから、
出來ることなら傳手を求めて良い先生につき、
梳き手から仕上げてゆく方が確かな腕になる。

 學校組織の主なる養成所は次のやうなものである。
▼東京婦人美髪美容學校(東京市本郷區お茶の水)
 科 目     期 間   卒業迄の合計
 本 科    一ケ年卒業  百七十四圓廿二錢
 普通科    五ケ月卒業  六十二圓九十五錢
 速成科    三ケ月卒業  四十四圓九十五錢
 研究科    一ケ月卒業        九圓
 島田髪研究科 一ケ月卒業    十五圓三十錢
 洋髪科    一ケ年卒業   二十一圓五十錢
※略:授業料と校費・材料及敎科書・消耗品費
▼東京女子美髪學校(東京市牛込區水道町三二)
▼大場理髪館婦人部(東京市芝區櫻田町本郷町十四)
▼高木美髪學校(東京市小石川區表町九十一)
▼巴里院美粧美髪學會(麴町區有樂町三ノ一 日比谷五番館内)
▼和洋女子整容學院(麴町區土手三番町七)
▼大阪美髪女學校(大阪市東區玉造東雲町)
▼名古屋美髪學校(名古屋市中區春日町)
▼容儀美髪學校(大阪市東區)
▼美髪九十九學校(神戸市會下山町)
▼廣島高等美髪學校(廣島市材木町)
▼帝國美髪學校(下關市)
▼九州美髪學校(福岡市)
▼熊本美髪學校(熊本市藥園)

美髪と仕事の性質が共通であり
『整容』といふ言葉に含まれさうなものに
『美容術』がある。

美容術は、若い婦人と中年增の心を惹きつける職業である。

結婚前の賣り物に出て居る令嬢がたは謂うふまでもなく、
新時代の序曲を奏するモガたち、
そして亭主に飽かれ始めた中年增夫人、
如何にすればそのかむばせと姿とを
實力以上に誇張せんかを苦慮してゐる人たちにとつて
『美容術』とは、
まあ何といふ天來の福音であらうか。

佛國式マツサージ、ルロドボーテー、バイブレーター、カツプ、
いろいろのものを使つて顔全面から、
此の世で最も忌むべき
『醜』を取り除いてくれるといふのであるから、
誰れだつて嬉しからうではないか。

男でも嬉しい。
調髪に行つて眠りこくつてゐると、
夢うつつに柔かい繊細な肉體の感じが、
指の先から腦の頂邊まで、ぼけたように流れてくる。
足もとに若い女がしやがんで指先を、手頸を、ふんわりと握つて居る。

マニキユア、ガール
女は美爪術を施して居る。惡くはない。々々。
況んや女である。
美しく見せるための
總(あら)ゆる術を盡してくれるといふのだから、
美容術
師の出現が、女にとつて天來の福音でなくて何であらう。
呉服屋のシヨウインドウと、
お芋屋の行燈とに次いで、
かの女らの眼を射るものは恐らく此の美容術師の看板であらう。

美容術師といふのは廣義の謂ひかたであつて、
詳しく謂へば色々に分れて居る。
美顔術、美爪術、美裝術、化粧術、
そして美髪術までも含めるべきであるが、
美髪術だけは古い歷史もあるために、
今日獨立した一つの生業ちなつて居る。

それでも理想を謂へば美顔、結髪、気附、
と女一人を始めから終りまで綺麗に仕上げる
所謂『整容』を一手に引受けるのがほんとうである。

女と生れた甲斐には、
どれもこれも一度はやつて見たいし、
やらせても見たいものばかりである。
文化の進展と生活程度の向上につれ、
美容術こそは大いに將來ある職業として
推薦しうるものと思つて居る。

美容術師も美髪師と同じく、
家の中に引込んで仕事が出來る點が、
他の職業婦人に比して割が良い。
何しろ女として最も欲しがつてゐる
『美』を賣る商賣であるから、
之を購ふ方にとつても、
相當の出費を惜しいとは思はない。
大根の尻ツボに泥がついてゐても
二錢ぐらゐは値切らうといふ腹黑い女でも、
顔を綺麗にして貰ふのに値切るなどは金輪際ありつこはなし、
規定料金に割增を附けてニキビの一つも
餘計に取つて貰はうといふ覺悟は有(も)つて居る。

だから収入も相當なものがある。
開業匇々(そうそう)はいざ知らず、
二、三年も經つたら月収三百圓ぐらゐ稼ぎとるのは何でもない。
獨立開業をせないものでも、
美容院に雇はるれば、
食附で五十圓から七十圓は出さうといふ豪氣さである。

 美容術の標準料金は
  美顔術   一圓以上
  美爪術   一圓内外
  化 粧   一圓内外
  衣裳着附  二、三圓
  婚禮化粧  十圓乃至十五圓
  結 髪   一圓
となつて居る。
開業者の話によれば、
美容術といつても
單に美顔術や美爪術だけを心得て居るくらゐでは物足りない。
どうしても、所謂美容と共に、結髪もすれば、着附もする。
此の三拍子揃つた人でなければ
開業しても成績は上らないと謂つて居る。

三拍子揃へるには相當苦心が要る。
今日、美容術師となるには、
何とかして此の三つの術を覺えねばならぬ。
それには矢張り有名な開業者の許に
二、三年見習として住込むか、
或は學校組織の養成所に入つて學理、技術を修得するか
二者一を擇(えら)ぶべきである。

 左に主なる美容術師並に學校組織の養成所を掲記して見よう。
▼東京美容院(東京市京橋區南大工町一 北原十三男)
▼理容館(東京市京橋區竹川町十二 遠藤波津子)
▼資生堂美容術師養成部(東京市京橋區竹川町)
▼小口美容研究所(東京市外靑山原宿二一四 小口美智子)
▼艶粧館(東京市牛込區築土八幡町九 島田つや子)
▼艶粧館(東京丸ノ内ビルデイング  島田つや子)
▼丸ノ内美容院(東京丸ノ内ビルデイング内 山野千枝子)
▼銀座美容院(東京市京橋區銀座 早見君子)
▼女子整容大學園、日佛女子整容學校
 (東京市麴町區紀尾井町六 山本久榮)
  入學資格 本 科(高女、實科高女卒業者)
       研究科(右ノ本科卒業者)
  修業年限 本科、研究科 各一ケ年
  學  費 本科授業料 月額十五圓 材料費 月額五圓
▼巴里院美粧結髪學會(東京市麴町區有樂町三ノ一)
  入學資格 小學校卒業者、十五歳以上ノ女子
科別
美粧科 前期 敎授科目
       美顔術、化粧法、特殊化粧法
       剃刀法、電氣マツサージ、消毒法
       皮膚ノ生理衞生
       修業期間 一ケ月
       敎授料  十五圓
美粧科 後期 敎授科目
       美裝着付法、婚禮着付法、
       帶ノ結ビ方、洋裝着付法、
       營業法規、店舗經營法及廣告宣傳法
       修業期間 一ケ月
       敎授料  二〇圓
美爪術科   敎授科目
       マニキユーア、腕化粧法、
       ハンドモールデイング
       修業期間 十日間
       敎授料   五圓
▼マリー、ルウヰズ講習會(東京市麻布區霞町十七)
▼日本女子美容術學校(東京府下中野町中野六一〇)
  修業年限 (本科一年三ケ月 普通科九ケ月
         高等科六ケ月 專修科六ケ月)
  學  費 入學金二圓 授業料月額七圓 其他八圓
  入學資格 十五歳以上 尋常卒業者
▼和洋女子整容學院(東京市麴町區土手三番町七)
  修業年限 (本科六ケ月、全科速成科二ケ月)
  學  費 (本科月額七圓 全科速成科月廿五圓)
▼佐藤美容術研究所(東京市淺草區神吉町十一)
▼大阪美髪女學校美容科(大阪市東區玉造東雲町)
▼芝山美容女學校(横濱市住吉町)
昭和四年五月廿六日印刷
昭和四年五月廿八日發行
職業婦人物語 定價金壹圓八拾錢
著 者 前田 一
發行者 神原周平
    東京市牛込區天神町六番地
印刷者 小山作二
    東京市牛込區榎町七番地
發行所 東洋經濟出版部
    東京市牛込區天神町六番地
   電話 牛込(34)三三番 三四番
   振替 東京六五一八番
   私書函 牛込局第六號
日淸印刷株式會社印行
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年02月01日 13:22 ◆伊賀とら(登良) 大本教関連
[伊賀とら(登良)]伯母 松村正子(しょうこ)の母
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