『待望の徴兵制實施』
【戦ふ朝鮮:写真報道】
朝日新聞社:昭和20年6月
【戦ふ朝鮮:写真報道】
《徴兵檢査》 p7/86
板垣朝鮮軍司令官の視察
『待望の徴兵制實施』
半島同胞の徴兵制は
昭和十九年(1944)十月から實施された。
昭和十三年(1938)
「朝鮮陸軍特別志願兵令」が施行されてから七年、
この間志願者は年々增加し、
初年度の二千九百六十四名に比べ
十七年度(1942)には
二十五萬名といふ激增振りを示した。
この志願熱は
志願兵の入隊後の好成績と相まつて
徴兵制の實施となつたものである。
しかし、
朝鮮の國民學校教育普及狀況からみて、
一般青少年全部に直に
軍隊教育を受けさせることは、
言葉や内地風の躾の不馴れ等の點から
相當の困難があるので、
まづ未就學青少年に對して
朝鮮青年特別錬成所で
徴兵制の豫備教育を行ひ、
更に入營確定者に對しては ※原文:更に入營確定に對者しては
軍務特別豫備訓練所で調練が行はれてゐる。
これらの機關で鍛へられた壯丁は
入營後は
内地出身兵と伍して
いさゝかの見劣りもなく、
ビルマ戰線に壯烈な戰死をとげ
軍司令官から個人感狀を授與され、
その武勲
畏くも上聞に達した
朴村官彬上等兵の如き者を
出してゐるのである。
《徴兵檢査場》
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1079885/7
寫眞報道 戰ふ朝鮮
昭和二十年六月十五日 印刷
昭和二十年六月二十日 発行
許 定價 三圓五十錢
査定番号 日般1類 五の七八 ※印刷不鮮明
編輯 兼
印刷 兼 発行者 山本地榮
大阪市北區中之島三丁目三番地
(朝日新聞社)
印刷所 株式會社 朝日新聞社
大阪市北區中之島三丁目三番地
(西大 二四三二)
発行所 株式會社 朝日新聞社
日本出版會會員番号
三四〇一〇〇番
配給元 日本出版配給統制株式會社
東京都神田區淡路町
二丁目九番地
出版會 承認番号 え一七〇〇四一号
(二万部)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1079885/84
『日本統治時代の朝鮮』
[Wikipedia]
『日本統治時代の朝鮮〔軍事〕』
昭和19年(1944)9月からは
朝鮮人にも徴兵が適用されたが、
入営は昭和20年(1945)1月から7月の間に限られたため、
訓練期間中に終戦を迎え、
実戦に投入されることはなかった。
―略―
朴正煕小学校訓導(後韓国大統領)は
年齢により採用条件不適合者であったが
血書による志願書などを
三度に渡り提出するなどして
満州国士官学校に入校した。
[満洲新聞]昭和8年(1933)3月31日付
【戦ふ朝鮮:写真報道】
朝日新聞社:昭和20年6月
http://blog.livedoor.jp/kazuo1947/archives/2659956.html
【戦ふ朝鮮:写真報道】
朝日新聞社:昭和20年6月
【戦ふ朝鮮:写真報道】
《徴兵檢査》 p7/86
板垣朝鮮軍司令官の視察
『待望の徴兵制實施』
半島同胞の徴兵制は
昭和十九年(1944)十月から實施された。
昭和十三年(1938)
「朝鮮陸軍特別志願兵令」が施行されてから七年、
この間志願者は年々增加し、
初年度の二千九百六十四名に比べ
十七年度(1942)には
二十五萬名といふ激增振りを示した。
この志願熱は
志願兵の入隊後の好成績と相まつて
徴兵制の實施となつたものである。
しかし、
朝鮮の國民學校教育普及狀況からみて、
一般青少年全部に直に
軍隊教育を受けさせることは、
言葉や内地風の躾の不馴れ等の點から
相當の困難があるので、
まづ未就學青少年に對して
朝鮮青年特別錬成所で
徴兵制の豫備教育を行ひ、
更に入營確定者に對しては ※原文:更に入營確定に對者しては
軍務特別豫備訓練所で調練が行はれてゐる。
これらの機關で鍛へられた壯丁は
入營後は
内地出身兵と伍して
いさゝかの見劣りもなく、
ビルマ戰線に壯烈な戰死をとげ
軍司令官から個人感狀を授與され、
その武勲
畏くも上聞に達した
朴村官彬上等兵の如き者を
出してゐるのである。
《徴兵檢査場》
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1079885/7
寫眞報道 戰ふ朝鮮
昭和二十年六月十五日 印刷
昭和二十年六月二十日 発行
許 定價 三圓五十錢
査定番号 日般1類 五の七八 ※印刷不鮮明
編輯 兼
印刷 兼 発行者 山本地榮
大阪市北區中之島三丁目三番地
(朝日新聞社)
印刷所 株式會社 朝日新聞社
大阪市北區中之島三丁目三番地
(西大 二四三二)
発行所 株式會社 朝日新聞社
日本出版會會員番号
三四〇一〇〇番
配給元 日本出版配給統制株式會社
東京都神田區淡路町
二丁目九番地
出版會 承認番号 え一七〇〇四一号
(二万部)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1079885/84
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
『日本統治時代の朝鮮』
[Wikipedia]
『日本統治時代の朝鮮〔軍事〕』
昭和12年(1937)に日中戦争が勃発すると、
朝鮮人からも志願兵を募集、
昭和17年(1942)に行われた朝鮮出身者に対しての募兵では
募集4,077名に対し、254,273名の朝鮮人志願兵が集まり、
倍率は62.4倍に達した。
ほか軍属として戦地に赴いた者も存在した。
昭和19年(1944)9月からは
朝鮮人にも徴兵が適用されたが、
入営は昭和20年(1945)1月から7月の間に限られたため、
訓練期間中に終戦を迎え、
実戦に投入されることはなかった。
―略―
朴正煕小学校訓導(後韓国大統領)は
年齢により採用条件不適合者であったが
血書による志願書などを
三度に渡り提出するなどして
満州国士官学校に入校した。
[満洲新聞]昭和8年(1933)3月31日付
blog[小野一雄のルーツ]
2014年08月11日(月)
【戦ふ朝鮮:写真報道】
朝日新聞社:昭和20年6月
http://blog.livedoor.jp/kazuo1947/archives/2659956.html