[日淸戰役:從軍記者の話]
【大日本対外戦争史話】昭和18年

【大日本対外戦争史話】昭和18年
第二編 日淸戰役前後  p26/189
 九 成歡・牙山に捷つ 付・從軍記者の面魂 p56/189
從軍記者の話をしよう。   p58/189
久保田米僊(國民)
西村天囚(大阪朝日)
高木利太(大阪毎日)
光永星郎(日本)
遲塚麗水(都)
藤野房次郎(讀賣)
黒田甲子郎(東京日日)
其の他
錚々たる新聞記者の寄集りであつた。

安達謙藏も交つてゐた。
(國木田獨歩は海軍に從軍して、
 愛弟通信が其の所産である)

其の頃の新聞記者は國士を以て
任ずる慷慨家が多い。

福本日南一派の如きは
朝鮮政府改革問題に就いて
現實に奔走畫策する處があつた位である。

この陸軍從軍記者も猛者揃ひで、
紺飛白(こんがすり)に
裁付袴(たっつけばかま)があれば、
フロツクに鳥打帽、
中にはメリヤスのシヤツに
洋袴著用といふが如き服装で、
朱鞘の大刀腰にブツ込んだり、
短銃ひねくつたり、
見るからに物騒千萬だ。

從つて從軍記者は勇壯淋漓、
まことに勇しい限りであつた。
さうして獨立獨歩の氣慨が強いから、
相當に係りの軍部を手こづらさしたが、
其の代りに意氣の旺盛さは天を衝く――
かういふ連中が通信した
成歡・牙山以下の戰記は、
國民の志氣を燃えたゝすに
大に役にたつたは勿論である。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460264/58
一六 陸海軍協同威海衞攻撃、 p83/189
   果敢なる水雷艇隊の夜襲
日淸戰役に最後の痛撃を加へたものは
威海衞攻略であらう。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460264/83
威海衞は九十海里を距てゝ旅順と相對する
渤海灣の入口に在り、
北洋艦隊の策源地である。
 ―略―
陸軍は第二軍が擔當する。
 ―略―
海陸軍で研究の結果、
威海衞の東方約三十海里に在る
榮城灣を以て適當となし、
之を上陸地點と決定した。
既に大連灣に來てゐた
第二、第六師團の兵は、
(明治)二十八年一月十九日から
續々榮城灣に向ひ、
我が艦隊に護衞されて
先頭は二十日早天に上陸した。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460264/84
大日本對外戰爭史話
停 定價二圓五十錢
  送料  十五錢
(出文協承認 ア 410255號)
昭和18年4月10日 初版印刷
昭和18年4月20日 初版發行
(部數 5000部)
著作者 小川多一郎
發行者 淺井忠吉
    東京市豐島區巣鴨二ノ三五
印刷所 野見山恭行 一葉社
    東京市神田區神保町二ノ二〇
    (東東 三二〇〇番)
發行所 良國民社
    東京市豐島區巣鴨二ノ三五
    振替 東京 八〇七七一番
    電話 大塚 (86)0474番
    會員番號 140036番
配給元 日本出版配給株式會社
    東京市神田區淡路町二ノ九
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460264/186

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
HP[小野一雄のルーツ]
<大久保系圖>75《三男 慎二》
http://www.ktb.zaq.ne.jp/gfajc605/b01-03-5.html
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇