《下村宏》
[昭和16年11月26日のハル・ノート]
【決戦期の日本】昭和19年
【決戦期の日本】昭和19年
[十一月二十六日のハル・ノート] p15-16/91
昭和十六年の十一月二十六日、
アメリカ政府より「ハル・ノート」が渡された。
その要旨は、
日本は重慶の政權を認めて、
これに對抗するものに手を出すな、
いはば南京政府を、
經濟的にも政治的にも軍事的にも
これを支援することを止めてしまへ、
また、
これから太平洋その他で
アメリカがドイツその他と戰を交へても、
お前は手を出すな、
言葉を換へれば
日獨伊の樞軸同盟條約は破つてしまへ、
さらに民國その他へ派遣してある
軍隊は撤兵せよといふ、
萬人ともにうなづけない、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/15
全然出來ない相談、
いはば最後の通牒を寄越し、
それで嫌なら戰をするか、
すれば一息に潰してしまふ、
お前を抹殺してしまふといふ
「ハル・ノート」を差しつけたのである。
アメリカはじりじりと
經濟的にわれらの首をしめつづけた。
年額二百五、六十萬トンに上つた
屑鐡の輸出を禁止した。
工作機械もニツケルも
航空揮發油も銅も、
つぎつぎに禁輸した。
つひに
十六年の七月には
資金凍結により全面的禁輸を斷行し、
我國の軍需資材のますます
窮迫すべきにつけ込み、
次第に無理難題を吹きかけ、
つひに
十一月の
「ハル・ノート」を差しつけた。
さすがに、
アメリカの有識階級も後日になつて、
この「ハル・ノート」を知り、
これでは日本のハワイ空襲を責めることは
できないといふのであつた。
かくの如くにして
相次ぐ經濟斷交以來、
隱忍に隱忍を重ねし日本帝國も、
つひに已むなく起つこととなつたのは、
宣戰の大詔を拜察しても明白である。
1 ハル・ノートの内容 p16/91
―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/16
著者紹介 p89/91
下村 宏 氏
海南と號す。
和歌山市出身、
明治三十一年 東大法科卒、法學博士、
元貯金局長、台灣總督府民政長官、
朝日新聞副社長たり。
現在
貴族院議員、
大政翼賛會總務、
翼賛政治會總務、
日本放送協會會長。
著書 六十餘部あり
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/89
日本出版會 承認番號う一八〇〇三五
(五〇〇〇部)
昭和十九年九月十五日初版印刷
昭和十九年九月二十日初版發行
定價 停 一圓 二十錢
特別行爲税相當額 六錢
合計(賣價) 一圓二十六錢
著者 下村 宏
發行者 山本地榮
朝日新聞社
東京都麹町區有樂町二丁目三番地
印刷者 長谷川隆士
帝都印刷株式會社
東京都板橋區板橋町三ノ六四番地
發行所 朝日新聞社
東京都麹町區有樂町二丁目三番地
日本出版會會員番號一〇一五〇三番
配給元 日本出版配給株式會社
東京都神田區淡路町二丁目九番地
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/90
[ハル・ノート]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88
[Wikipedia]
[ラダ・ビノード・パール]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB
[昭和16年11月26日のハル・ノート]
【決戦期の日本】昭和19年
【決戦期の日本】昭和19年
[十一月二十六日のハル・ノート] p15-16/91
昭和十六年の十一月二十六日、
アメリカ政府より「ハル・ノート」が渡された。
その要旨は、
日本は重慶の政權を認めて、
これに對抗するものに手を出すな、
いはば南京政府を、
經濟的にも政治的にも軍事的にも
これを支援することを止めてしまへ、
また、
これから太平洋その他で
アメリカがドイツその他と戰を交へても、
お前は手を出すな、
言葉を換へれば
日獨伊の樞軸同盟條約は破つてしまへ、
さらに民國その他へ派遣してある
軍隊は撤兵せよといふ、
萬人ともにうなづけない、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/15
全然出來ない相談、
いはば最後の通牒を寄越し、
それで嫌なら戰をするか、
すれば一息に潰してしまふ、
お前を抹殺してしまふといふ
「ハル・ノート」を差しつけたのである。
アメリカはじりじりと
經濟的にわれらの首をしめつづけた。
年額二百五、六十萬トンに上つた
屑鐡の輸出を禁止した。
工作機械もニツケルも
航空揮發油も銅も、
つぎつぎに禁輸した。
つひに
十六年の七月には
資金凍結により全面的禁輸を斷行し、
我國の軍需資材のますます
窮迫すべきにつけ込み、
次第に無理難題を吹きかけ、
つひに
十一月の
「ハル・ノート」を差しつけた。
さすがに、
アメリカの有識階級も後日になつて、
この「ハル・ノート」を知り、
これでは日本のハワイ空襲を責めることは
できないといふのであつた。
かくの如くにして
相次ぐ經濟斷交以來、
隱忍に隱忍を重ねし日本帝國も、
つひに已むなく起つこととなつたのは、
宣戰の大詔を拜察しても明白である。
1 ハル・ノートの内容 p16/91
―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/16
著者紹介 p89/91
下村 宏 氏
海南と號す。
和歌山市出身、
明治三十一年 東大法科卒、法學博士、
元貯金局長、台灣總督府民政長官、
朝日新聞副社長たり。
現在
貴族院議員、
大政翼賛會總務、
翼賛政治會總務、
日本放送協會會長。
著書 六十餘部あり
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/89
日本出版會 承認番號う一八〇〇三五
(五〇〇〇部)
昭和十九年九月十五日初版印刷
昭和十九年九月二十日初版發行
定價 停 一圓 二十錢
特別行爲税相當額 六錢
合計(賣價) 一圓二十六錢
著者 下村 宏
發行者 山本地榮
朝日新聞社
東京都麹町區有樂町二丁目三番地
印刷者 長谷川隆士
帝都印刷株式會社
東京都板橋區板橋町三ノ六四番地
發行所 朝日新聞社
東京都麹町區有樂町二丁目三番地
日本出版會會員番號一〇一五〇三番
配給元 日本出版配給株式會社
東京都神田區淡路町二丁目九番地
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1271039/90
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
[ハル・ノート]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88
[Wikipedia]
[ラダ・ビノード・パール]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB