ハル国務長官の覚書
極東国際軍事裁判所判決. 〔第1冊-第13冊〕
印度代表パル判事判決書(第819頁-1022頁)】

【極東国際軍事裁判所判決. 〔第1冊-第13冊〕
印度代表パル判事判決書(第819頁-1022頁)】
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1711550/5

現代の歷史家でさえも p145/216 [E-963][E-964]
次のように考えることができたのである。
すなわち
『今次の戰爭について言えば
 眞珠灣攻撃の直前に
 米國々務省が日本政府に送つたものと
 同じような通牒を受取つた場合、
 モナコ王國やルクセンブルグ大公國でさえも
 合衆國に對して
 戈をとつて起ち上つたであらう。』 ※戈:原本〔才〕

現代の米國歷史家は次のように述べている。
すなわち
『…………、日本の歷史、制度と日本人の心理について
 なんら深い知識を持たなくても
 一九四一年(※昭和16年)十一月二十六日の覺書について
 他の二つの結論を下すことができた。

 第一に日本の内閣は、たとい
 「自由主義的」な内閣であらうと、
 また
 「反動的」なそれであらうと、
 内閣の卽時倒壊の危險もしくは
 それ以上の危險を冒すことなしには、
 その覺書の規定するところを交渉妥結の基礎として
 受諾することはできなかつたであらう。

 第二に米國々務省の高官、
 特に極東問題擔當の部局の高官は
 すべて右の覺書が作製されている時に、
 日本政府が「太平洋の平和維持を目的」とする
 會談再開のプログラムとしては、
 この覺書をとうてい受諾しないであらうということを
 感知していたに相違ないのである。

 同時にまた
 ローズヴエルト大統領ハル國務長官
 東京(の日本政府)はこの覺書の條項を受諾するだらうとか、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1711550/145
 またこの文書を日本に交付することが
 戰爭の序幕になることはあるまいと
 一九四一年(※昭和16年)十一月二十六日(の遅きに至つて)
 考えるほど
 日本の事情にうとかつたとは
 とうてい考えられないことである。』

ローズヴエルト大統領とハル國務長官は
右の覺書に含まれた提案を
日本側が受諾しないものと思ひこんでいたので、
日本側の回答を待つことなく
右の文書が日本側代表に手交された
その翌日
米國の前哨地帯の諸指揮官に對して
戰爭の警告を發することを
認可したのであつた。  ※別稿に記載

ロバート報告書は、
米國前哨指揮官らが
十一月二十七日には
すでに開戰の日が迫つているとの
警告を入手していたと明言している。

このハル覺書を吟味すると同文書は
「暫定的取極」の日本の提案を
絶對的に拒否していることがわかる。

右の覺書は、
米國がかような「暫定的取極」に到達するための方法として、
多年外交上認められている方法に從うことを
敢えて選ばなかつたことを明らかにしている。

右文書は爭點を第一義的な、
そして不可欠の條項に限定していなかつた。

それは覺書の内容を決定するにあたつて、
その當時より少し前に行われた
日本軍の南進行動に
その主眼をおこうとはしなかつた。

この南進については、
それが南方地域の英國及びオランダ兩國の屬領並びに
ヒリツピンに脅威を與えたと言うことができたであらう。

それは日本が軍隊を南方から撤退させることによつて
先に述べた脅威の原因を除く用意のあることを
すでに申し入れていた點を無視していたのである。

合衆國政府が日本に對して   [E-965]
戰爭の威嚇を匂わせることにより、
また戰爭に導く危險のあるものとして
米國當局によくわかつていたところの
經濟的壓迫を加えることによつて、

これほど徹底した全面的な
日本軍の中國撤退を要求したことは、
右覺書以前の日米交渉の全期間を通じて
一度もなかつた。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1711550/146

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』