[本誓願寺由来]本尊阿弥陀出来記
:西岸寺・京都府船井郡京丹波町中台桜梅
『西岸寺所蔵文書』
PDF:[本誓願寺由来]本尊阿弥陀出来記
本誓願寺由来
本尊阿弥陀出来記
並 和泉式部因縁記
中臺村 西岸寺
当寺は人皇三十九代天智天皇の御願寺也
勅願の梵刹にして恭なくも慈悲万行の如来にして
春日大明神の御真作 霊験不可思議の尊容也
其濫觴を尋ぬるに
往昔 大和国添上郡奈良の郷において日域無双の良匠あり
其名を賢問子と号しける
かれ寔に思ひらくは 我今和朝に誉を得たりといへども
猶願くは名を大国に顕はさばとて既に大志を企て遠く
大唐に渡りけるに 彼の唐の帝 叡聞ましまして
外国の良工を唐土に止めん事を 財宝にて恩寵をし玉ふ事浅からず
されども彼 賢問子は古郷わすれがたき習いにて
時々帰朝の色さし見へければ 帝より止留の勅使 度々となり
然れ共 更にとゞまるべき気はあらざれば、
叡慮をめくらし給ひて たけき武士の心をもなびかさんには
色にしくはなしとて 美女を賢問子が妻女に給いける
されども猶わすれやらぬ日本の古郷なりければ
朝夕に彼の雲路を打ち詠め気情いやます也
然れば帝 猶堅く止め給わんとて浦々添々へと勅を廻し
頻に渡海を禁じ給ふ
誠に賢問子も力に及ばすして さんざんに思惟しけるに
此の上は舩 亦は筏に乗って海上を行くべき事 不叶
兎角 空をかける鳥ならでは 万里の蒼波を行く
べき力なしとて
深閨に引籠り工夫を廻して木を以て鳥を造り
飛行して帰朝すべき巧をなし
有時 妻に向ひ言いけるは 妹背(いもせ)の中も中々に
ふり捨てがたきなれ共 我 此度 故郷の事思い立めるなり
夢の浮世と言いながら 他生の縁は たがわじと
涙ながらに言いけるが 折しも彼女 美呑夫女は懐妊の身なるが
十月満ちて汝が産生(ナ)す子 女子なれば力及ばす
若し男子にてもあらば 父がしるしに是を残しおくべしとて
鑿(ノミ)を渡し女房 気にあへず
我諸共に行くべき旅の道ならねば
惜しみ なみだの袖をしぼり引別ける
賢問子 彼の鳥の腹に入て両手を以て両の翼を繰りかけりければ
恰も空を飛ぶ鳥の粧に異ならずして 万里の海上 雲路を渡り
日本の和洲 三笠山の辺に至りけるが
是偏へに彼の 諸葛孔明が木牛流馬を繰りしも
かくなる不思議の機
巧かな 此時 天智天皇五年丙寅に ※666年2月
当る 唐の乾封元年成る ※唐の乾封元年:666年
賢問子 帰朝の后は 妻 美呑夫女
夫の行たる空を眺め明かし暮し
漸々日数かさなり 独りの男子生ず
此子成人するにしたがい 十一才に及んで
我 父はと尋ねる時に母 涙ながら昔物語り
これこそ父の形見とて一つの鑿をあたひける
彼ノ子 是を聞くより やがて心に思ひ
立ち早くも扶桑に趣き彼の父に相奉り
箕襄の業を継がんと思ひ
母に頼み申様は 此ノ年月を汝独りを慰みまひらすに
今 日本へ行かば いつ帰り来るべき
万里の外を隔てなば相みん事も覚束なしと留めければ
中々志し堅固な
りければ
是彼 渡海を願ひ 主上 叡聞ましまして
親子対面孝心 思ひ入 実ニ理り神妙なり
然し四百余洲の大国と六十余洲の日本と
物になぞらひ くらぶれば 彼の日域の一島は
わずかに粟散島とて芥子ほどの小国なり
彼国へ渡さんと思い重ねなればとて
其名を芥子国と号せられ
既に一葉の船を造らせ水主 檝取まで相添え
水碧天にひたし 浪白雲に坂のぼり
蓬流万里の海上を日本へとぞ渡し給いけり
船路も時しあれば ほどなく日本の地に着けり
是より大和の国 奈良の里に至り
胎内にて別れし父の面顔 何をしるべと尋ねべき便あらねば
母の言いし言葉と 彼ノ鑿をしるしと ここかしこと
尋ぬる内 春日明神の前にて天性父子の縁 絶えざるにや
賢問子にめぐりあう
是 古の燕の太子 丹が本国に帰り
蘓武が胡国に趣て ※蘓武:蘇武?
二度漢家万里の に帰るが如し
不思議なりし事ども也
しかる時に
天智天皇は十善万乗の主と仰がれさせ給うと いえども
生死無常転変むなしく生涯を送ること いつか のがれ難し
妻子 珍宝及王位臨命 終時 不随者と聞く時は
栄花も何のかひあらんと おぼしめし
生身の弥陀如来にあひたく
春日明神に祈誓し給うところ
天智七戊辰時に告てのたまわく ※天智七戊辰時:668年2月
生身 弥陀 目前にあるなり
彼 賢問子 芥子国 父子也
彼等父子に あふせて彫刻あるべしと告給時に
彼両人を召して宣下給う
両人も親子証拠の為に
春日社の左右に別れ室を立て彫刻しける
此の浄室にて相互に半身の弥陀像をば
彫刻して 昼は一人の音と見しが 夜に入れば
斧鑿の響き数十人にきこひける故
諸人あやしみ壁の間より窺見るに
賢問子は六臂の地蔵菩薩
芥子国は六臂の観音菩薩にて
さて亦 無数の眷属は光を放て暗室は昼の如くに輝きけるが
日ならず彫刻造立の事おわり
父子各々半身の像 抱き来て 指し合ければ
兼て言い合せし如く 全体円満にして
毫髪のたがひなく 只一作の如し
天皇が叡感 余りに如来の御面相の裏には
忝けなくも宸筆を染め朱を以て六字の名号を記し給ひし
御腹心の内には五色をわかち五臓六腑をそなひ
十二経脈をつり 三世諸仏 依 念弥陀三昧成等
正覚の形を表し 頂上 肉髻の一相をかくし給ひしは
本より十却の昔 正覚なりし仏なれば
八万四千の相好悉皆円満し給う
弥陀如来なり
※転記・文責:小野一雄
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