筒井筒の 畏友 松村一造様 吉田蕗女[随筆集:蕗]昭和46年(1971)5月
随筆集 蕗 蕗の会
〔画像〕1-表紙[随筆集:蕗]
筒井筒の 畏友 松村一造様 吉田蕗女 一九七一・五
〔画像〕2-筒井筒[随筆集:蕗]
No.1
一造様
すつかり秋になりました。
肌冷えの京都の夜々、虫の音をどの
様な御心で御聞きなされてかと、情感深く一生を御生きの貴方を
考へてをり升。秋になると貴方がなつかしい。どうした事か。
常日頃 あくせく粗雑に生きている身も 虫の音をきくと
こし方生涯が思われて何か心にずしんと、とどめを射し
たいような。こゝらでもう まとわりついている余計な皮をはが
なくつちゃあと自分を叱りつけて、でも、やつぱり哀れです。
恥しくて役者が自分の舞台を妻に見られるを、いやがる人もある由、
かつて聞きましたが私も自分の書いたもの肉親にみられたくなく
家族には、みせてません、貴方にも、五月、出来上り以来、かくの如く。
でも貴方には、読んで頂きたいと思つて、御届け申□□升。
キタンなく、やつけて、駄目を出して下さい。
檀一雄先生が “おんな” のピツチで六十枚位、書いてみろと、仰せ
〔画像〕蕗女-1[随筆集:蕗]
No.2
下さつたのです。体力にも自信がなく、子を育てあげて
貧乏と戰つて少しホツとしたら情感も容姿もボロボロに
すりつぶされて後には何も残つてない。何をして来たのか
只 悲しく悲しくなり升 生きている故 生きて来たにすぎない。
”秋来れば己れに帰る はかなくも眞白く もろき己れに帰る“
※与謝野晶子 太陽と薔薇:下記
昌子の歌の如く 眞白く もろき己れに素直に帰つての
老女の愚痴かくの如し。御嗤ひ下さい。
赤い帯に二十才の娘時代を知つている貴方になら笑は
れたつて腹を立てません。大ざつぱながら自分の生涯を
記録する気持で、この続々 “帰還” “戰いの贄” “飢え” なぞ
を書いて升。又、みて下さいね。 私達八十人の仲間の一人、
京都で花屋さん やつてる人もあり升。ネクタイ御気に入つて、うれしい、
来秋、□□と再渡欧の予定、又、何か、よろこんで頂きたく。大切にね。
かの丘のローマ寺院も虫鳴かむ 蕗女
〔画像〕蕗女-2[随筆集:蕗]
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太陽と薔薇 与謝野晶子
秋来ればおのれに帰るはかなくも真白くもろきおのれに帰る
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