明治三十七年  p1/33
清国浙江省内三十五個寺院聯絡シテ
大谷派本願寺ヘ帰属セントスル風説ニ関シ
在同国帝国領事館ヨリ具報一件

No.4918  p2/33
   上海発 東京著 三十七年十二月八日后 六、一五 八、三〇
 小村外務大臣  小田切総領事
第五二〇号
浙江省内寺院三十五ヶ所ノ僧侶ハ
大谷派本願寺ノ派遣セシ伊藤賢道ナル者ヲ経テ
本願寺ニ帰属センコトヲ申出テ
右 伊藤ハ代表者ヲ引連レ本邦ニ赴ケリ
元来清国僧侶ノ意志ハ
寺ノ領地ニ対スル地租ノ増徴セラルヽヲ脱シ
若ハ政府ガ寺院ヲ学校ニ改スルノ意アルヨリ
之ヲ避ケン為メ此ノ挙動ニ出テタリトノ風説アリテ
当地ニ於ケル議論囂々タリ
依テ本件ニ対シ十分ニ監視ヲ与ヘヲレレコトヲ望ム
     取調ヲ要ス

機密第二〇一号 p3/33
 ―略―
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レファレンスコード B12081604400
件名 1.清国浙江省内三十五個寺院連絡シテ
     大谷派本願寺ヘ帰属セントスル風説ニ関シ
     在同国帝国領事館ヨリ其報一件
   外務省外交史料館
   戦前期外務省記録 3門 通商
   10類 宗教、教育及学芸
   1項 宗教
   南清ニ於ケル東西本願寺布教一件
【 画像数 】33
作成年月日 明治37年5月16日~明治38年1月14日
      (1904/05/16 - 1905/01/14)
作成者   在上海総領事小田切万寿之助//華厳寺住持伊藤賢道
      //在杭州副領事大河平隆則
組織歴   外務省
『国立公文書館・アジア歴史資料センター』
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神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 倫理および宗教(1-032)
東京朝日新聞 1915.5.15-1915.5.21 (大正4)
[対支]布教権問題 (一〜七)
[其一]
安藤鉄腸
(六)
支那布教の一斑
 ―略―
支那僧侶官憲の圧迫に苦しみ、日本布教師に訴えて、
其の難より免れんとしたり。
而して其の著るしきは浙江省にして、
当時東本願寺より伊藤賢道氏駐在し、
浙江省に於ける名刹幾十箇寺の所属を移して、
東本願寺の管下としたり。
蓋し是れ支那僧侶の希望にして、
伊藤氏は之を以て支那寺院の保護に任ぜんとしたりしなり。
然れども地方官憲は之を不当とし、遂に問題を生じて、
日支両国間の談判となれり。
 ―略―
茲に於て交渉は北京に移され、
時の公使内田康哉子其の衡に当りて、
日本仏教布教の、欧米条約布教権に均霑すべきを主張し、
月を累ねて決せず、
竟に浙江省事件は、
寺院財産は爾後没収す可らずとの発令を以て解決したりと雖も、
根本問題たる布教権の事に至りては、
支那政府条約の明文なきに藉口して、飽迄之を肯かず、
爾後布教権は懸案として以て今日に至る。
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