《北神彌七》《北神彌一郎》
【大阪市食料品卸市場調査. 第4輯 大阪市海産物市場調査】大正13年
【大阪市食料品卸市場調査. 第4輯 大阪市海産物市場調査】
後 編 各市場概説 p51/131
甲、靭 海産物市場
第一章 市場の沿革
第二章 位置及區域 p54/131
靭海産物市場は西區靭中通一丁目、二丁目、三丁目、
南通四丁目、五丁目に跨り海部堀川の南側に沿い數丁の長さに及び、
西に寶船市場茂左衞門橋を北へ渡れば雜喉場魚市場あり、
橋詰の北詰より雜喉場魚市場の區域に屬し海部堀川、
阿波堀川、百間堀川の諸川に周ぐられ、
百間堀川は安治川、木津川等に連續し運輸上、水路至便にして、
其恩惠を恣にすれど梅田、湊町、難波各驛へは
何れも二十町以上を隔て陸路の連絡思はしからず。
本市場區域内には、
乾物商八軒、繩商二軒其他十軒餘の他種營業者在住す。
第三章 設 備
店舗は殆んど全部住宅を兼ね、木造二階建瓦葺にして、
店の間と、中の間に仕切り、
店の間は全部板敷とし商品を堆積して、
物置の代用となし東組合の海産物商にありては、
其扱品の關係上貯藏庫の必要あるを以て、
店舗の外に納屋、又は倉庫を所有し、
一時に入荷ありたる際納家及倉庫にて
尚狹隘を感ずる場合は裏通の濱に在る、
東神及杉村倉庫會社に寄託することあり。
店舗坪數
東組合にありては約九〇〇坪、
西組合にありては約五〇〇坪、
間口合計約四五〇間と約一五〇間となり。
東西兩組合を合して平均店舗坪數六坪二合に當り、
貯藏場坪數、東千二〇〇坪、西五〇〇坪
合計千七百坪にして、
一店舗當り平均約七坪五合とす。
第四章 組 織
靭海産物市場は靭東海産組合及西海産組合の二つに分離し、
前者は大仲間組合たる靭鹽魚干魚、鰹節商組合の分身にして、
後者の決濟機關なると同じく主として組合員間の金融機關を司る。
第七章 靭鹽魚乾魚鰹節商組合 p60/131
第一節 組合の沿革
本組合は靭東海産組合の前身にして明治十三年七月十六日
時の總代古座政七郎より大阪府知事建野郷三に願出て
始めて組合設立の許可を受けたるものにして
其規約中現今の時勢に適合せざる故を以て
組合員間にて履行せられざるもの多し。
第二節 組合の組織
組合員は殆んど全部 靭に於て營業せるものなれども
西區新町通三丁目 泉 喜助
同 新町南通三丁目 井上寶次郎
同 四丁目 松井 時三
西區新町南通五丁目 加茂貞二郎
同 西長堀五丁目 井爪龜四郎
同 立賣堀裏町 井爪 久一
東區豊後町 小林定次郎
北區天滿岩井町 伊東健太郎
同 天神筋町 神崎德兵衞
南區難波市場筋 西田 彌吉
は異例にして他區域にありて
取引の都合上本組合に加入せるものにして
組合員總計百四十名あり
是等を問屋、仲買及問屋仲買兼業者に區別すれば左の如し。
問 屋 二十四名
仲 買 百〇二名
問屋仲買兼業者 十四名
合 計 百四十名
靭鹽魚乾魚鰹節商組合員人名表(百四十名) p61/131
業 別 氏 名
仲買(東) 北神彌一郎 (東)東海産組合 ※原本:北上
△備考 表中東トアルハ東海産組合ニ加入セル者ニシテ
西トアルハ西海産組合ニ加入セルモノヲ示ス
表中ノ業別ハ推定業別ニシテ實質的ニ看テ
多少ノ差異アルヲ免レズ
第八章 靭東海産組合(金融機關) p68/131
第三條 本組合ノ事務所ハ、
大阪市西區靭中通貳丁目ニ之ヲ設置ス
第四條 本組合ノ資本金ハ金拾五萬圓ト爲シ
各組合員ニ於テ之ヲ出資ス
其ノ割合左ノ如シ
一金 貳百圓 北神 彌七
第五項 役 員 p73/131
役 名 住 所 業別 氏 名
取締組長 西區靭中通貳丁目一八地 問屋 板倉淸次郎
同副組長 西區靭中通貳丁目四五ノ三 仲買 印田 近藏
同 西區靭南通五丁目四地ノ九 問屋 泉 仁三郎
同 西區靭中通貳丁目甲三八 同 櫻井龜次郎
同 西區靭中通貳丁目一五地 仲買 中島 源吉
同 西區靭中通三丁目四八地 同 中村治三郎
監査役 西區靭中通貳丁目八九地 問屋 小倉 文七
同 缺 員
外に專務書記三名ありて實務に當る
東海産組合人名簿 百二十八名 p74/131
(大)ハ大仲買組合ニ加入セル者
(西)ハ西組合ニ加入セル者
問 屋 二十三名
仲 買 九十三名
問屋兼仲買 十二名
仲買 大 商號 北神彌一郎
△備考 表中示ス所ノ業別ハ推定業別ナルヲ以テ
實質的ニ看テ多少ノ差異アルヲ免レズ
大正十三年三月 二十日印刷
大正十三年三月二十五日發行
大阪市役所商工課
電話本局五〇五〇番
印刷人 石西 豐藏
大阪市北區玉江町一丁目一一地
印刷所 大石堂活版部
大阪市北區玉江町一丁目一一地
電話 土 二九五番 四三八七番
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その男、日本を変える
北神圭朗という生き方
祖父の血 p24-26
北神の祖父、
北神彌一朗は大正二年(一九一三年)一月二十八日、
鰹節問屋『北神』の五人兄弟の長男として大阪で生まれた。
父(※曾祖父:彌七)が三十九歳という若さで亡くなったため、
大倉高等商業学校(現・東京経済大学)を卒業すると同時に
家業を継いでいる。
-略-
平成十二年(二〇〇〇年)六月二十二日死去。
享年八十七歳だった。
2016年7月26日 第1版第1刷発行
著 者 松下隆一
発行者 安藤 卓
発行所 株式会社PHP研究所
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





