靭尋常小學校【大阪の公人:附・聯合区制の小史】大正5年

【大阪の公人:附・聯合区制の小史】大正5年
 (三)靭尋常小學校  p36/556
本校は元靭聯合を東西に分ち、
校の名稱が當初何番校なる
冠字を付することゝなりしを其儘踏襲して、
西大組第六番校、東大組第七番校と稱し、
後改めて靭東校、靭西校と爲り、
更に両校を合併して靭小學校と改め、
(明治)二十年四月現今の名稱に改正せり、

現在の位置は舊六番校
靭東小學校敷地内に新築せられたるものにして
即ち校地五百三十三坪、校舎三百四十五坪あり、
一ケ年度經費壹萬三千五百八十圓、
就學兒童數壹千七十人、
就學歩合百に對し九九・五四の割合なり。
大正五年四月十五日印刷
大正五年四月二十日發行 正價金七圓
著作兼 山本 光三
發行人 大阪市東區半入町七百五番地
印刷人 岡本 省三
    大阪市東區内淡路町一丁目三十一番地
印刷所 大阪活版所
    大阪市東區内淡路町一丁目三十一番地
發行諸 大阪の公人刊行事務所
    大阪市東區半入町七〇五番地
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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