岩崎革也伝(岩崎茂三郎)
京都府下で最初の社会主義者
【丹波風物誌】昭和57年(1982)
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更新日:2022年06月15日
京丹波町の功績者 岩崎革也の軌跡
日時 令和4年7月3日(日曜日)
   午後1時受付開始、午後1時30分開会、午後3時30分終了予定
会場 京丹波町役場2階大会議室(京丹波町蒲生蒲生野487番地1)
定員 120名(先着順)
対象 町内在住、在勤者
講師 岩崎革也研究会 会長 田中 仁氏
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【丹波風物誌】昭和57年(1982)
国立国会図書館/図書館・個人送信限定 図書
湯浅貞夫 著 (文理閣, 1982)  

【丹波風物誌】昭和57年(1982)p1
〔画像〕【丹波風物誌】昭和57年(1982)p1
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9576135/1

 京都府下で最初の社会主義者 岩崎革也伝(丹波町)

 君が家は吾が家に似たり
  明治四十四年  枯川書

 明治三十六年(一九〇三)発刊の平民新聞合本に
達筆でこう書いているのは、
初期の社会主義者堺利彦である。
これは現在船井郡丹波町須知の岩崎平造方に
大切に保存されている。

 須知の岩崎家は当時、
年貢が五百石も入る大地主の酒造家であった。

 当主平造氏の厳父、岩崎茂三郎氏は、
明治の中頃東京に出て
幸徳秋水や堺利彦などと交流し、
名を革也と改めた。
警察は丹波に帰った革也のあとを尾行する程であった。

 幸徳も堺も何回か岩崎家を訪問した。
わが国で最初のマルクスの共産党宣言を掲載したのは
平民新聞五十三号であった。
岩崎は平民新聞の発刊に当時の大金一千円を寄付した。
須知銀行の行員たちにもマルクスの資本論をすすめたという。

 明治四十三年、幸徳秋水ら十二名は、
明治天皇暗殺の大逆事件をデッチ上げられ死刑となった。
岩崎は、この遺族訪問旅行の費用も出し、
日本の社会主義運動を支援した。

その後、岩崎は須知銀行の頭取となり須知町長を勤め、
京都府会議員にもなった。
しかし「府会は腐会だ‼」といってやめてしまった。

岩崎は宮中御歌会で天皇の御題が
「山色連天」と決まると「菜色連地」をもって対置した。

しかし一面では
「実際取り立てのきつい地主だった」ともいう。
当時の社会主義は啓蒙時代で運動には一定の限界があった。

 資本家であり大地主である岩崎が何故社会主義者となったのか。
明治の自由民権運動には、
政府の地租や酒税に反対する酒造家たちが入っていた。
岩崎家の向かいには酒造家前田英吉がいた。
この人は板垣退助の自由党が組織した
大阪の全国酒屋会議に出席している。
この自由党の流れが、やがて生まれる労働者階級と結び付いて
社会主義思想となったのだろう。

 私たちは、今も岩崎家に残る貴重な遺墨や往復書簡を見ると、
当時の社会主義者の盛んな息吹を感ずることができるのである。
【丹波風物誌】昭和57年(1982)p43
〔画像〕【丹波風物誌】昭和57年(1982)p43
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9576135/43
著者紹介
湯浅貞夫
一九二八年 京都府園部町で生れる
現在 日本共産党京都府委員
   衆議院議員 寺前いわお事務所事務長
主著 『歴史の群像』『いばらの道』
住所 京都府船井郡日吉町字下保野田
   TEL 〇七七一七(二)〇一四六
丹波風物詩
1982年11月30日発行   ¥1,200.
著 者  湯浅 貞夫
発行者  黒川美富子
発行所  図書出版 文理閣
 京都市下京区七条河原町西南角
 TEL 075(351)7553
 ISBN4-89259-056-8
【丹波風物誌】昭和57年(1982)p88
〔画像〕【丹波風物誌】昭和57年(1982)p88
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9576135/88
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年03月09日
[岩崎革也]革也街道と呼ばれる府道桧山須知線
〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (一)
<幸徳秋水(その1)・北一輝・大石誠之助・森近運平・石川三四郎>
<西川光次郎・西川文子・赤羽一・座間止水・一木幸之助・前田英吉>
<丹後平民倶楽部>
〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (二)
<幸徳秋水(2)・幸徳千代子・高畠素之・遠藤友四郎・北原龍雄・岡野辰之介>
〔史料〕岩崎革也宛 書簡 (三)
<堺利彦>

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年06月12日
[072]〔岩崎革也君〕p097-098[現代船井郡人物史]
されど今や嗣子平造氏
早稲田大學を卒へ鄕にありて家事を助く、

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年02月03日
伊藤楯雄 京都 和歌山地方裁判所 判事:
【早稲田大学校友会会員名簿】
【早稲田大学校友会会員名簿】[第1冊]大正4年11月調
邦語法律科   p51/189
明治34年得業  p56/189
伊藤楯雄 京都 和歌山地方裁判所 判事 p56/189
大学部  政治経済学科  p41/189
大正3年 得業 p50/189
岩崎平造 京都 京都府須知町須知本町 p50/189

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2013年03月14日
[岩崎吉勝:岩崎革也 養子:希望社 經營 勤勞女學校 校長]
【早稲田大学紳士録】
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2022年06月22日
丹波の岩崎革也 塩田庄兵衛
【近代京都のあゆみ】昭和61年(1986)
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