《南條まつ》看護婦:日淸、日露、日獨の三戰役に從軍
【日本婦徳の鑑:昭和大典記念】昭和6年

【日本婦徳の鑑:昭和大典記念】昭和6年
 日本婦德の鑑刊行に就て   p6-7/506
 昭和六年十二月十五日
 東京婦人新聞社々長 藤廣憲藏
 凡 例           p7-8/506
昭和大典記念 日本婦德の鑑  p8-12/506
 目 次
《南條 まつ》        p392/506
 東京市芝濟生會内
慶應三年九月、
元敎育者 婦士とく子氏の令姉として
京都市五條橋東二丁目に生る、
東京府下蒲田町御園はその原籍地なり、
赤十字社第三回の卒業にして、
赤十字社内に勤務すること二ケ年、
後公爵鍋島家の令姉松平花貞院に仕ふること多年、
大正四年濟生會病院に入り、
前後十數年目下看護婦長として
内外の信望を蒐め令名嘖々たるものあり、
女史は嘗て敎育界に身を委ね、
後感ずるところありて斯界に身を投じ、
献身的に努力し來たり、
終生の職務とする決心なり、
日淸、日露、日獨の三戰役には何れも從軍し、
傷病兵の救護に奮闘努力す、
功に依り勳七等を賜る、
多趣味家にてあらゆるものに趣味を有するも
濟生會の事業に專心從事して顧(かえりみ)るの餘暇なし
令孫一枝嬢は大阪にて修業中なり。
續篇第五篇 現代婦人錄    p251/506
(記事内容は豫約當時調査現在とす。)
(索引巻末に附す。)
現代婦人錄索引        p492-504/506
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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