《伊賀とら》さんのなさる美術は
生きた人間を相手にする美術である
【美容全集】山本久栄著 昭和2年(1927)
【美容全集】昭和2年(1927)
著者 山本久栄 著
出版者 騒人社書局
出版年月日 昭和2
巻後に 山本久榮 p203-209/213
私は幼少の時から手先が器用でありました。
種々家庭の事情などもあつて、
何か職業を覺えてそれで身を立てる決心を致しました。
それでいろんな技藝を研究して見ましたが、
何をやつても一
家五六人を養ふことの出來る仕事は容易にありません。
最初裁縫をやり、それから料理をやり、體操をやりました。
が、それで學校の敎師になつても
其の時分では二三人の家族を養ふことはどうやら出來ても、
一家五六人を養ふことは到底六ケ敷いことでした。
詰まり男子なれば格別、
女の痩腕で稼ぐ高は知れたものでした。
明治四十三年の三月頃のこと、
大阪のさる親類に婚禮があつて
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
十九年前の花嫁ゆう子の美顏化粧に
名髮結 伊賀とらの紹介
【世界一周旅日記】昭和11年
私はお手傳ひに行つて働いて居りました。
其の親類といふのは香水商で隨分の資産家でしたから、
婚禮の衣装は金にあかして拵へましたが、
餘り衣裳が立派過ぎて
大阪京都には其の衣裳に合はして
髪を結ふ髪結
https://dl.ndl.go.jp/pid/1192218/1/203
さんがありませんでした。
どんな髪結さんを連れて來ても
ぴつたりとあひません。
それで方々髪結さんを探し廻つた結果、
《伊賀とら》さんならばよかろう
といふことになつて、
東京から態々、
大阪へ來て貰ふことになりましたが、
其の時極めた報酬が
一日五十圓で五日間といふ約束でした。
今日でこそ五十圓は何でもありませんが、
明治四十三年頃の相場とすれば大變なものでした。
それもたかだか髪結さんの身で
一日五十圓の報酬と聞いては
誰でも驚かずには居られませんでした。
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明治43年 50円/日
現在に換算 50×1,500=75,000円/日
三菱MUJF信託銀行
貨幣価値・今昔物語
1901年(明治34年)の企業物価指数は0.469、
2019年(令和元年)は698.8です。
つまりおよそ1,490倍の差があることがわかります。
そのため1円は1,490円の価値があるといえます。
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今もよく覺えて居りますが、
其の時の衣裳は、
振袖の色直しの模樣が
紫紺の地に雪の下の總模樣でした。
着物は黑に若松、
それが襟模樣になつてゐるのであつて、
當時襟模樣といふものはめづらしいもので
振袖はみなで五つ重ねありましたが、
《伊賀とら》さんが髪を結ひますと、
どれを着替へても不思議なくらゐよく似合ふのでした。
衣装と髪との配合が何とも云へず宜ろしくて、
其のために花嫁の姿が
どれ程引き立つたことか知れませんでした。
式は無論島田で色直しは束髪を結ひました。
私は側でそれを見てゐて非常に感動させられました。
それ迄私は髪ひといふ仕事がこれ程
高尚な仕事であることを知らなかつたのです。
これは立派な美術であると私は思ひました。
私も其の前に東京の女子美術學校へ入つて
裁縫や刺繍や造花を學びましたが、
私の手先でする美術は
《伊賀とら》さんの美術と比べると
遠く及ばないことを悟りました。
「これは大したものだ」
と私は思ひました。
私の造る造花などは只床の間の飾り物である。
《伊賀とら》さんのなさる美術は
生きた人間を相手にする美術である。
どうせ自分も美術を志すなれば、
生きた人間を相手にしてやつて見度い、
《伊賀》さんも手が二本あれば私も手が二本ある、
同じ人間の手に變りはない筈、
《伊賀》さんに出來ることなら
私にだつて出來ない道理はないと思ひました。
自分も髪結ひを覺えて髪結ひさんになつて
身を立てようと深く決心致しました。
それに前にも申す通り
《伊賀》さんは一日五十圓の報酬を取る腕をもつてゐる。
自分もどうかして《伊賀》さんのやうな
報酬の取れる體になつて
人をも助けるやうになつて見度いといふことも、
私が髪結ひを志す動機の一つで御座いました。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1192218/1/204
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都下第一流の髪結ひ
大西白牡丹の廣告 明治44年11月
【日本新聞広告史】昭和15年
昭和二年十二月七日印刷 —美容全集—
昭和二年十二月十日發行 (定價貳圓九拾錢)
著 者 山本 久榮
發行者 村松 義一
東京市神田區材木町二番地
印刷者 野口常太郎
東京市神田區三崎町三丁目五拾六番地
印刷所 友文社印刷所
東京市神田區三崎町三丁目五拾六番地
發行所 騒人社書局
東京市神田區材木町二番地
電話 浪花二〇七五番
振替東京二六〇〇八番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1192218/1/209
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