須磨より伊賀伊勢子(伊賀とら姉)
【東北日記 1之巻】昭和3年
【東北日記 1之巻】昭和3年
【東北日記 1之巻】昭和3年
著者 月の家 著
出版者 天声社
出版年月日 昭和3.8-4.2
東北日記
昭和三年七月十一日
梅田安子 伊賀伊勢 純子の三婦人
※伊賀伊勢:伊賀いせ(伊賀とら姉)
伊都雄 吉原 岩田氏 同車す。
※伊都雄:大国浩三(戸籍名)
大国 弘(小野又一の姉)の夫
七月十二日 於 高天閣
大津驛まで同車見送りたる
宣、信氏名左の如し。
京都より
出口日出麿、
伊賀治子(※伊賀とら)、
鎌光よね子、平野松三郎、木全仙右衛門、
大谷敬祐、粟辻忠造、荒川安史、南貴太郎、
三雲孝四郎、三雲麻子。
天恩郷より
加藤明子、日田井輝男、出村喜一郎。
宇治より
石田要之助(但し米原まで)。
大阪より
米倉一郎。
須磨より
伊賀伊勢子 ※伊賀治子(とら)の姉
の諸士にして、
大津に出むかへたる人々は、
西村爲次郎、藤丸、辻、堀江の夫妻諸氏なりき。
暑さの時節諸氏の厚情を感謝す。
又滋賀縣の農林主事補
北村常三氏の繁中の出迎を感謝す。
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2023年03月08日 05:40
《伊賀とら》義侠者の伊賀お寅
[下山京子]仲居變装記 常盤花壇
【一葉草紙】大正3年(1914)
三 藝者氣質 p130/187
《お寅さん》は相變らず後姿を見せて仕事に餘念ない。
黄色い聲の賑かな話は彼方此方に起つて
既(も)う私の存在は認められて居ないらしい。
周圍の事情がこんなだから
私もツイ油斷してゐると突然横手から、
『若し貴女、一寸(ちょ)いと』
と優しげな聲がする。
ハツと膽(きも)を潰(つぶ)して向ふを見ると、
何時の間にか廿五六の束髪に
結(ゆつ)た品の好い奥樣風の人が立つてゐて、
『此方でお話をしませう』
と澄(すん)だ東京辯で次の間へ案内された。
丁寧に頭を下げると、
『私は《お寅》の姉ですが
一體貴女は怎(ど)ういふ譯で―』
※伊賀いせ子[伊賀とら(伊賀治子の姉)]下記詳細
と凛々しい眼附で眤と見詰める。
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