【偕行 (451);7月号】1988-07
出版者   偕行社
出版年月日 1988-07
[本土防空作戦]⑰
 51期 辻 秀雄
◎はじめに
本土防空陣は、
外征作戦軍の防壁下にあるもので
あることを屢述した。
(昭和)19年6月16日早朝
支那派遣軍(第五航空軍)首脳が、
成都基地のB-29が北九州を爆撃したという、
大本営の電報を受領したときの
苦悩は絶大であった。
 ―略―
https://dl.ndl.go.jp/pid/11435533/1/9
〔第一次成都基地攻撃 (昭和19年)9月8日〕
 (第二次鞍山防空戦闘)
◎B-29、鞍山に向う
(昭和19年)9月8日、華中一帯は雨であった。
〇七五〇成都基地B-29出撃の報があり、
第五航空軍司令部は俄然緊張した。
11時やや前から
洛陽、郟県、開封等から80機以上
北東進の報告があり、
敵機は鞍山方面の攻撃に向うものと判断された。
これらの情報は、
第二航空軍(在満洲)にも伝達され、
やがて大連の電波警戒機が、
黄河河口付近に大型機編隊を捕捉し、
次いで鞍山の警戒機がこれを引き継いだ。

◎強化された鞍山防空戦力
鞍山の防空に任ずる第15飛行団は、
去る(昭和19年)7月29日の
鞍山第一次空襲の結果にかんがみ
独立第15飛行団(長、土生秀治少将31期)に
改編強化されていた。
その隷下の
飛行第70戦隊(長縄勝巳少佐、二式戦約30機)
及び
独立飛行第81中隊(長、大和田進大尉、百武司偵)が
鞍山に位置し、
また集成戦闘中隊を基幹として編成された
独立飛行第25中隊
(長、池田忠夫大尉、二式戦及び二式復戦)が
遼陽に展開していた。
 ―略―
なお、第70戦隊は松戸において、
関東地区の防空に任じていたが、
(昭和19年)7月31日急遽満州に派遣された部隊である。
p10【偕行 (452);7月号】1988-07
p10【偕行 (451);7月号】1988-07
https://dl.ndl.go.jp/pid/11435533/1/10
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