WEEKLY 平凡パンチ 4:5 特大号100YEN
[No.353昭和46年(1971)4月5日]
パンチはなぜ京都に注目するのか
 [平凡パンチNo.353]p1
〔画像〕[平凡パンチNo.353]p1

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〔画像〕[平凡パンチNo.353]p2

京大西部講堂で ロックが爆発した!!
昭和46年(1971)3月20日
第一回<MOJO-WEST>の熱気をここに再現
イラスト・ルポ えと文・小林 泰彦
いま日本で、
いちばんスイングしてる街、京都。
生き生きとした若者がつくりあげている
現代の街、京都。
その京都で『MOJO・WEST』という
ロック・コンサートが開かれた。
MOJOは、黒人のスラングで、
“みんなといっしょに・・・”
という意味だ。

 押し寄せた 嬌声の少女たち
三月二十日。土曜日。
寒かった京都も、
やっと暖かくなった感じで、よい天気。

京大西部講堂というのは百万遍
(今出川通りと東大路通りの交差点)
の近くで、
電車通りに面した広場の正面にある
大きなカワラ屋根の建物。
その屋根に[でっかく]
“ROCK COMMUNE 70→∞”。”祭“とあり、
そのわきに小さく“FUCK”。
それと上のほうに大きな赤い足跡が、
ちょうど屋根をふんづけたように描いてある。

なかへ入るとこれが大変な荒れ方で、
そなえつけの木のベンチの
半分くらいがなくなっていて、
ベニヤ板製の妙な型のもので代用してある。
三月二十日の京都ではさぞ
オシリが冷たかろうと思う。
しかしその上にホコリがたっぷりのっているのだ。

舞台裏へ回るともっとはげしい状態で、
カベ一面の落書き文字は、
楽屋の鏡やテーブルからドアにまで
エスカレートしていて、
しかも荒れ放題に荒れているので、
ここがまったく学生の手にまかされている
地域なのだと思い当たる。
 [平凡パンチNo.353]p28
〔画像〕[平凡パンチNo.353]p28

ロック集会『MOJO WEST』は五時から始まる、
というのに、
昼すぎから若い人たちが少しずつ集まってくる。
講堂正面で看板などをつくっているのは
集会の関係者たちで、
講堂のまわりに群れているのはこれは意外に
若い女の子たちなので、
この中学生か高校生が今日の出演グループ
“PYG”のメンバー、
沢田研二と萩原健一を見にきているな、と見た。
これは今までのロック集会にない
変わった景色なのだけれど、
たとえば、フィルモアにG・ファンクが出た時や、
セントラル・パークのアーロ・ガスリーの
コンサートなんかの客席も、
ちょっとこんなのだったかな、
と思ったりした。

開場の時刻に、入り口が少し騒がしくなった。
前記の少女たちが入場を争ったためである。
定刻まぎわにやってきた一般のロック・ファンが
遠まきにして見るなかで、
集会の関係者はなれない態度で、
嬌声を上げる少女群衆を
鎮圧しなければならなかった。
そして、その奇妙な組み合わせは
プログラムの最中にまで持ちこされた。

すなわち、初めのグループ『OSTトリオ』
(これはなかな
 [平凡パンチNo.353]p29
〔画像〕[平凡パンチNo.353]p29

かうまくて大変にロックらしいグループだった)
の演奏の後で、
この集会の推進者、
木村英輝クンが――
ほんとうは君たち
(会場の前半分を埋める沢田(ジュリー)や
 萩原(ショーケン)のファンのこと)には、
来てほしくなかったのだ。
さわがないでもらいたい――という発言があり、
それに対して威勢のいい少女が
ステージにかけ上がって、
――そんなに文句言われることはない。
彼たちが出るから来たのがどうして悪いの?!――
というかけ合いに発展した。

もっとも木村クンは、
ほんとうはその後でつけたした。
――みんなで集まって、
おたがいに同じ生きてるなあ、
と感じ合うのが目的の集会なのだ――
というコトを言いたかったのだと思うが、
そのマクラのところが強すぎて少しもめたわけ。

でもこれは、これからのこうした集まりの際の、
ある問題にふれる話し合いだったと思うけれど。
で、けっきょく、案外あっさりと
木村クンが女の子たちに
あやまっちゃったりして一応シマイ。

 <PYG>は期待できるバンドだ
そのアトにギターを持った一人の男が登場。
この人は豊田クンといって、
近ごろ京都で若い人に人気のある
ロック・キャフェ『MAP』で歌って
ユニークな支持をうけているという。
フォーク・ロックふうの弾き語り、
それも即興的にどんどん話していく感じで歌いまくる。

豊田クンのあとで
ご存じの内田裕也がステージへ。
軽くあいさつという感じだけれど、
客席の反応は大きい。
この人、出てきただけで
かなりコミュニケーションができてしまうのだね。
それから、ミュージシャンの方の支度に
手間どっている間をつないで、
きょうの進行係の深水龍作クンが椅子に腰かけて
(この人、なぜかステージ中央にかならず
 椅子を引っぱり出してすわり込まないと
 具合が悪いらしい)
次回『MOJO WEST』 のチラシを読んだりする。

ここでつぎのグループ
<村八分>が出る。
結成したばかりの五人組で、
リードボーカルのチャーボが
ミック・ジャガーばり
 [平凡パンチNo.353]p30
〔画像〕[平凡パンチNo.353]p30
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whotele@whotele
パンチはなぜ京都に注目するのか
REVOLTIONARY KYOTO  (其の1)
※興味深い記事満載の大変良い雑誌です、
PYGや村八分のライブリポートは勿論、
当時の京都の空気感がいっぱいです。
〜週刊平凡パンチ 昭和46年4月5日号 特大号100円
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8:39 AM · Jul 30, 2019
 パンチはなぜ京都に注目するのか
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Revolutionary Kyoto:'70s ロックシーン
Revolutionary Kyoto 1971
MOJO & 京都ロックイベントシーンのミュージシャン達
MOJOの参加ミュージシャン達は次のようだった。
第1回MOJO WEST 1971.3.20 PM5:00
・OSTトリオ
・豊田勇造
・内田裕也
・村八分 (柴田チャー坊和志/山口富士夫/)
・PYG   (沢田ジュリー研二/萩原ショーケン健一/
     井上尭之/大野克夫/岸部サリー修三/大口広司)
 企画制作スタッフ
 木村英輝 ・ 山形不可止 ・深水龍作・小松辰夫ら
 第1回MOJO WEST 1971.3.20 PM500
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