【大山郁夫伝 別冊付録】1956
著者    大山郁夫記念事業会 編
出版者   中央公論社
出版年月日 1956
  人に知らせぬ苦痛
     安井信雄
  (京都・医博・安井病院長)
 安井病院元院長 足立道五郎
大山先生の京都における主治医として
ここ数年間先生が京都におられる間、
つねに影のようにお側にくっついていた私は
去年十一月二十四日
大山先生病重しの報に接して、
ハッとすると同時に、
不吉な予感と、
何ともいいようのない気持におそわれた。
先生のお伴をして
洛北の曼殊院に紅葉狩をしたのは
その数日前のことだった。
その紅葉狩の前日に、
先生は私の家に立ち寄られて、
どうも今日は頭が変に痛いがどうでしょうか、
とのことに、
一通り診察したが、
異常を認められず、
鎮痛剤を一服服用していただいたら、
間もなく何ともありませんと
いわれて出かけられた。
気になるので、
夕方先生の宿舎にお訪ねしたら、
時々頭がぼっとするようだが
大したことはありません、
とのこと、
念のため翌日の紅葉狩の出発前にも
一度お寄りしますといって辞した。
当日、正午すぎにお訪ねすると、
もうどうもありません。
皆さんがお待ちですから出かけましょう、
とのことに、
大事をとって、
自動車で目的地近くまでおつれし、
それから数町の道を曼殊院まで
手を組んで歩いて行った。
おそらく先生は、
その間も相当肉体的苦痛が
あったのではなかったかと、
あとで推察されたが、
先生はよほどのことがなければ
我慢して苦痛を表現されない。

先生はつねに大衆の要望や約束の前には、
自分の個人的な都合や、
肉体的な条件をふりきって進まれた。
これは先生の非凡の長所ではあったが、
一面また短所でもあった。
このようなことは随時随所にあった。

先年の参議院選挙戦の演説会のプランは、
先生の肉体的条件を考えて、
毎夜二ヵ所ぐらいで
一会場の演説時間も十五分前後に予定を組んでいたが、
聴衆の拍手がさかんになると熱が入って、
三十分を超過することしばし、
また会場を出たとたんに、
予定外の演説会場の主催者たちが先生に懇願すると、
それでは、
ちょっとだけでも御挨拶に寄ろうと、
お引き受けになる。
では一言挨拶だけにして下さい、
と約束して演壇に立たれると、
割れかえる拍手に応えて、
一言の挨拶が十分二十分になる。
間にはさまって周囲のものが
気をもむことおびただしい。

昨年の八月十二日、
広島の世界平和大会の帰路先生は、
かねて伝言された通り、
新築した私どもの病院に立ち寄られた。
先生を玄関に迎えて
差し出された先生の手を握ると、
火のように熱い、
お顔色は土色、
これは先生大変ですよと
さっそく病室にお連れして診ると、
体温は三十九・八度、
腰の筋肉が腫れ、
皮膚面は赤くただれている。
事情を聞くと、
実は広島大会参加中から、
帰路船の中でも悪感がして気分が変だったが、
大会に参加した方々や、
船に同乗した人たちの気分をこわすと
悪いから我慢していました、
といわれた。

それから二十四日間入院してもらって快癒し、
帰京されたが、
その後間もなく再発され、
それも一応治癒されたが、
この病根が先生の天寿を縮めた原因になったことを
その後の病状経過から推して
肯定せざるを得ない。

いま先生の霊は安らかに眠っていられるであろうが、
先生を偲ぶペンは後髪をひかれるように
何としてもすらすらと運ばない。
諒とせられよ。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2974797/1/22
大山先生の思い出(大山郁夫伝附録)
一九五六年十一月三十日発行
編集 大山郁夫記念事業会
監修 北沢新次郎
   末川  博
   平野義太郎
発行 中央公論社
   東京都中央区京橋二丁目一番地
(印刷・扶桑印刷)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2974797/1/25
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2018年05月06日04:28
[東京すくも人]第2号:
《小野梓先生を知るために》兵頭武郎
 結 び
大正から昭和にかけて、
大山郁夫という梓の孫弟子に当る教授が早稲田にいた。
彼は根っからのリベラリストで学生にも相当人気があった。
私も戦後大隈講堂で先生の講演を聞いたことがあるが
超満員で押しつぶされそうになったことを覚えている。
 ―略―
小野梓の『国憲汎論』が日本の新憲法に脈々と入り
生かされていることを知っている人は少ない。
この偉大な先駆者、
小野梓を早稲田当局も
ますます大切に扱っているのであるが、
われわれ、宿毛人も小野梓をもっとよく知り、
その偉業を顕章する必要があるのではないだろうか。
 (日本文芸社 社長)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大山 郁夫(おおやま いくお、
1880年(明治13年)9月20日 –
1955年(昭和30年)11月30日)は、
日本の政治家、政治学者。
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