【新映画 5(10)】1948-10
出版者   映画出版社
出版年月日 1948-10
長谷川一夫・木暮実千代 國立図書館にて
 P2【新映画 5(10)】1948-10
〔画像〕p2【新映画 5(10)】1948-10
https://dl.ndl.go.jp/pid/7950585/1/2
  國立図書館を訪れて
永い間、外國使臣の迎賓館として
また皇族の集会所であった赤坂離宮が今度、
國立図書館に衣更えして、
一般に公開されることになりました。
そこで、長谷川一夫さんと木暮實千代さんが
映画界の先陣をきって見学に行き、
館長の金森德次郎先生や藤田嗣雄先生ともお会いして、
いろいろお話を伺いました。
金森先生は新憲法の草案者、
藤田先生は洋画家、
藤田嗣治氏のお兄さんです。
金森館長のお話によると、
この建物の出來上ったのが明治四十一年ですから、
丁度長谷川さんの生れた年に當るわけです。
長谷川さんが
「書籍はどの位、ございますか」
とお訊ねすると
「現在、三十万冊しかありません。
 日本で一番多い上野図書館で約八十万冊ですが、
 アメリカの議会図書館は八百十万冊あるそうです。
 この図書館も將來は一千万冊の藏書を
 得たいと考えています」
金森館長はこう答えられました。
そして、
「こんな良い施設を國民が利用しないのは
 勿体ないことですネ」
という木暮さんの言葉に対しても
「本当ですよ。一人でも多くの人がこゝへ來て
 好きな時に好きな本を自由に讀んでいたゞくことが
 私達の念願なのです」
と熱心にこの図書館の使命を説明されました。

写眞の
(A)は図書館前の長谷川さんと木暮さん。
 お二人はこの日が初顔合わせでした。
(B)は図書館の全景。
(C)は裏庭の日時計の前で。
(D)この建物のなかで一番きれいな部屋です。
 昔は羽衣の間といって皇族方がダンス・パーティの時、
 お使いになった部屋です。
(E)今は一般閲覽室になっていますが、
 もとは花鳥の間といって、
 皇族方の食堂に使われていました。
(F)向って右から長谷川さん、金森館長、
 木暮さん、藤田先生。
 この部屋は現在、館長室になっていますが、
 もとは陛下の御座所でした。
(G)裏庭の草むらで。
(H)こゝは國際文化振興會の図書室といって、
 日本の有名な文献を全部、
 英譯した本が置いてあります。
 映画俳優の写眞を載せた本には
 長谷川さんや木暮さんの名前も
 横文字で載っていました。
(I)二階の廊下で見学を終ったお二人。
 こゝは色彩の廣間という名前がついています。
 p5【新映画 5(10)】1948-10
〔画像〕p5【新映画 5(10)】1948-10
https://dl.ndl.go.jp/pid/7950585/1/5
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国立国会図書館 キッズページ
昭和23年(1948年)
「国立国会図書館法(こくりつこっかいとしょかんほう)」
という法律(ほうりつ)がつくられました。
東京都港区赤坂にある元の赤坂離宮(あかさかりきゅう)の
建物(たてもの)で、国立国会図書館が開館しました。
昭和36年(1961年)
東京都千代田区永田町(ながたちょう)に
今の国立国会図書館の建物の一部ができたので、
赤坂離宮から引っこしました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇