【生ぐさ太公望:随想】1976
著者    児玉誉士夫 著
出版者   広済堂出版
出版年月日 1976
p5【生ぐさ太公望:随想】1976
〔画像〕p5【生ぐさ太公望:随想】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12441628/1/5

  辻 政信さんのこと
河野一郎先生は支笏湖に着かれるや、
視察視察とあちらこちらと歩きまわり、
支笏湖の宿に一緒に泊ったのは二度か三度である。
河野先生の話は構想も大きく考え方も流石に深い。

「まず、北海道は観光は観光として、
 青函トンネルを開通し、
 道内には縦横に高速道路を伸ばし、
 そして、
 苫小牧あたりに大産業地帯を造成しないかぎり
 北海道の発展はあり得ない。
 だが、
 住んでいる人たちは道路を造ることに反対だろうし、
 海の近くに工業地帯を造るのも反対だろう。
 しかし、
 そんなことを一々とり上げていては
 いつまでたっても発展はできない」

自分も大いに同感である。

このとき先生は、ふと話題をかえ、
「君、辻政信君とは戦時中から深い関係だろう。
 辻君は向うで殺されたらしいが、
 一体どんな人だ!」
p52【生ぐさ太公望:随想】1976
〔画像〕p52【生ぐさ太公望:随想】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12441628/1/52

  永田ラッパの由来
昭和三十九年(1964)、四月頃のことだったと思う。

建設大臣をしていた河野さんから、
「名神高速道路の滋賀県栗東と
 岐阜県小牧との間の開通式があるんで
 京都へ行くが一緒に行かないか」
と誘われた。

京都には毎年のように出かけ、
琵琶湖の中をあちらこちらと釣りまわっている。

釣りの時期には一寸早いが、
「私は琵琶湖で釣りを楽しみますから
 お供をしましょう」
と言うと、
「それはちょうどよかった。
 僕も一日ぐらい閑ができるから
 釣りのおつき合いをしよう」
と、京都行きが決まり、
河野先生ご夫妻に自分と家内、
それに、
太刀川恒夫君と仲憲太郎君が
釣り道具や釣り竿をかついで一緒に出かける。

河野先生は定宿があるそうでそちらに泊り、
自分たちは八坂神社のすぐそばにある
『みどり屋』に泊る。

この宿は小さくて何の変哲もないが、
ご主人の岡村多内さんも子息の幸二君も
魚釣りは飯より好きだといった人たちで、
それに幸二君は料理番が本職であるから
https://dl.ndl.go.jp/pid/12441628/1/77

釣ってきた魚を思うように料理してくれるので、
自分のように釣りを楽しみに
旅行しているものにとっては、
かけがえのない旅館なのである。

釣り場の案内役には岡村多内さんの友人で
時計屋をしている岩本邦義さんという、
釣りもうまいが人柄もまた好ましい
よい人を紹介してもらっていた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12441628/1/78

<写真>釣り姿の河野一郎(中央)と筆者[児玉誉士夫](右)
p79-1【生ぐさ太公望:随想】1976
〔画像〕p79-1【生ぐさ太公望:随想】1976

<写真>釣り場へ向う河野一郎(左)と筆者[児玉誉士夫](中央)
p79-2【生ぐさ太公望:随想】1976
〔画像〕p79-2【生ぐさ太公望:随想】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12441628/1/79
生ぐさ太公望
著 者 児玉誉士夫
発行者 櫻井 義晃
発行所 廣済堂出版
    東京都千代田区飯田橋2-4-3
    日吉ビル4F
    電話 03-263-0781(代)
    振替 東京164137番
写真植字印刷 廣済堂印刷株式会社
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