【生活・文学・歴史】昭和17年
著者    本位田祥男 著
出版者   愛宕書房
出版年月日 昭和17
p3【生活・文学・歴史】昭和17年
〔画像〕p3【生活・文学・歴史】昭和17年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1129900/1/3

  租界のある街とない街
  一 記念日の南京
季節は桃李の咲き匂ふ頃であり、
而も維新政府の成立一周年記念の祝日前後で
あつたせいもあらう、
私達の南京でえた印象は、
平和そのものであつた。

維新政府の一周年記念式には日本人を交へて
※維新政府成立一周年記念祝典擧行
※昭和14年(1939)3月28日

五百人位參列したであらうか。
式場は國民黨政府以來の行政院廰であつたから、
立派なものであつた。
儀仗兵の列んでゐる廊下を、
幾つかの内庭を奥へ奥へと進むのは、
自ら劇中にある思であつた。
式は型通りであつたが、
宴會は珍しかつた。

會場は式の大禮堂である。
その中に三十許りの圓いテーブルがならべてある。

一テーブルに十二人づゝとして
三百六十人許りのお客である。

それぞれには政府の要人が主人役として坐つてゐるが、
私達のそれは財政部次長の陳日平氏である。

早大出の關東人で、
話し方と云ひ顏と云ひ、
全く日本人そつくりである。

財政部長が病勝ちのために財政部は
彼がやつてゐると云つてもよい。
前日來のなじみなので、心安かつた。

その中に行政院長(總理)の梁鴻志が乾盃に廻つて來られた。
彼は三十もあるテーブルを一々乾盃に廻つてゐるのである。
その酒量だけでも驚くべきであるが、
かうして總てのお客に氣を配るのは大變である。
彼は支那の所謂
德の人として尊敬されてゐるとの事であるが、
見るからに溫容の中に德が溢れてゐる樣であつた。

その間に奏樂は絶えず、
支那の花孃は愛國行進曲や妻戀道中迄謡つて、
實にあいあいたるものであつた。

遙々北京からやつて來た王克敏は、
「三月二十八日は私にとつても記念すべき日である。
 昨年の今日は北京で私は狙撃され、
※昭和13年(1938)3月28日
 同乘の山本先生は不幸にして他界された」
と述べて、
人々を感慨に耽らせた。
私もかうしてなごやかな空氣にひたつてはゐるが、
さうした陰謀が、
どこでどう計劃されてゐるか知れないとも思つた。
そして又前の上海事變の際の式場に於ける
爆弾事件なぞも憶ひ出したが、
それも瞬間的であり、
さうした懸念も吹き飛ばされる程、
愉快に宴會は進んだのであつた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1129900/1/112
昭和十七年七月十五日印刷
昭和十七年七月二十日發行
初刷・3,000部
出文協承認・あ10047號
  生活・文學・歷史
  定價 貳圓參拾錢
著 者 本位田祥男(ほんゐでん よしお)
發行者 山崎 泰雄
    東京市芝區新橋七ノ十二
印刷者 小坂  孟
    東京市牛込區市谷加賀町一ノ十二
印刷所 (東東壹)大日本印刷株式會社
    東京市牛込區市谷加賀町一ノ十二
製本所 大島製本所
    東京市芝區新櫻田町十九
發行所 愛宕書房
    東京市芝區新橋七ノ十二
    出文協會員番號・一〇一〇五六番
    電話・芝(43)一三六八番
    振替番號・東京一七三七一二番
配給元 日本出版配給株式會社
    東京市神田區淡路町二ノ九
https://dl.ndl.go.jp/pid/1129900/1/150
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