【国民健康保険 17(1)】1966-01
出版者 国民健康保険中央会
出版年月日 1966-01
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/1
[歴代厚相物語](13)
二代・政治家の父と子
林譲治氏(上)
大野光義
林さん(右)が厚相在任中、
依岡秘書官をしたがえて、
新浜の鴨場に句作を練るひととき。
(昭和24年11月写)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/18
林さんがどれほど故里を愛したことか。
たまたま、昭和八、九年のころ、
北海道の網走に遊説に出かけた時のことである。
それは愛酒家で、
小唄もなかなかの名人なので、
林さんにとっては、
このいずれにしてもノドが鳴るのを
しいて抑えかねたのだ。
そこで持ち分の演説をすますと、
こっそりと会場を脱け出して、
網走の海が見えるさる料亭で、
旅の疲れも、やすめる
ひとときの酔いを楽しんだ。
——この席上で、
林さんは老妓を相手にしながら、
上機嫌になり……いよいよ飲むほどに、
ほろほろと酔いが廻って来るにつれて、
いささか、林さんの驚かされる事がもち上った。
——突然!この老妓のノドもとからは、朗々として、
土佐の名物の「ヨサコイ」節が、
三味の鳴りひびく音も美しく唄われ出した。
どこの宴席や、酒席でも、
およそ安来節がつきものだけれども、
これは又、遥かな思わぬ所で、
故里の「ヨサコイ」節をきかされて、
林さんはすっかり感興に心踊った。
と同時に、余りの上手さに不思議に思われて、
老妓に訊いた。
——君のは……なかなかの年期が入っていて、
素晴しい歌声だ。
いつ何処で、おぼえたのか、ね。」と、
好人物の林さんの真けんな表情に、
老妓は恐縮しながら、
——お客さま、大変……
お賞めのお言葉にあずかりまして、
有難うございます。
実はむかし、
土佐の捕鯨船が、
こちらまで鯨を追ってきました時、
その船員さん達から教わりました。」と、
その老妓は、ふと、
遠き日の想い出に感傷したものなのか――
また、人生の年輪と共に疲れた、
あわれな眼ざしを、
料亭の窓の外に見える網走の海面におとして、
面わ寂しく笑うのであった。
詩情の豊かな林さんは、
老妓をいたわるようにチップをはずんだ。
いつも……こうした時に、
その心ずかいには、ひと一倍も、
気をくばるのが常だった。
この網走で、林さんがまったく思いもかけない折……
しんみりと、故里の「ヨサコイ節」をきいて、
恰で童心のように喜ぶのは――
だれにもまして、
故里への愛着の純情からのことであった。
林さんは、この行きずりの老妓に別れしなにも、
こころあたたかく――お達者でね。」と、
やさしい言葉の愛想をかけるのであった。
これは林さんが、
庶民的な政治家というばかりではなくて、
その反面には、いたく“詩心”に富む、
うつくしい人間性に依るものであった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/18
機関誌 国民健康保険 一月号
(第十七巻第一号)
昭和四十一年一月一日発行
編 集 厚生省保険局国民健康保険課
発行人 有田栄一
発行所 国民健康保険調査会
東京都千代田区霞ケ関二ノ一
厚生省保険局内
振替東京三二四四三番
印刷所 弘済印刷株式会社
東京都台東区上野山下町二
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/19
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