【国民健康保険 17(1)】1966-01
出版者 国民健康保険中央会
出版年月日 1966-01
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/1
[歴代厚相物語](13)
二代・政治家の父と子
林譲治氏(上)
大野光義
林さん(右)が厚相在任中、
依岡秘書官をしたがえて、
新浜の鴨場に句作を練るひととき。
(昭和24年11月写)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/18
有造翁と少年・秋水
——幸徳秋水が生れてはじめて、
天下の名士に接した機会は、
この林有造翁が“最初”のひとであった。
それは、秋水が十五歳の時で、
明治十八年の十二月のことである。
当時、自由党の機関誌であった、
絵入りの「自由新聞」の、
少年秋水は愛読者であったから……
四海に有造翁の声明は、
頭の中にしっかりと焼きついていた。
或る日、秋水が住む土佐の中村の町にも、
——林有造先生が講演に見える。」
という噂が街中にひろまった。
これを機会に秋水は、きっと、
お目にかかる念願がかなえられると……
胸中の喜びをおさえ切れなかった、という。
―略―
——この頃、
幸徳秋水は、
林家の前記の縁つづきである、
「小野梓小伝」なる
著書を読んで、
小野を東洋の傑れた政治家として
夭折を惜しみながら、
その英才や博識ぶりに驚嘆の眼を注いでいる。
実に林家は、“土佐の名門”としてばかりでなく、
その”無形“の影響力がまことに大きかった事である。
機関誌 国民健康保険 一月号
(第十七巻第一号)
昭和四十一年一月一日発行
編 集 厚生省保険局国民健康保険課
発行人 有田栄一
発行所 国民健康保険調査会
東京都千代田区霞ケ関二ノ一
厚生省保険局内
振替東京三二四四三番
印刷所 弘済印刷株式会社
東京都台東区上野山下町二
https://dl.ndl.go.jp/pid/2693084/1/19
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【幸徳秋水全集 第9巻】1969
著者 幸徳秋水全集編集委員会 編
出版者 明治文献
出版年月日 1969
https://dl.ndl.go.jp/pid/2977663/1/3
後の形見緒言
―略―
明治廿二年一月中浣 於浪華
幸徳傳次郎 識
(曩者東洋政治家之少年小野梓君
死也君所記之梓小傳行于世、
是君カ後ノ形見ノ記セシモノナラン、
而ルニ君カ英才博識天下人ノ尊重スル所トナルノ価値ハ
後ノ形見ト迄ニ記セシモノカ
君ノ死後ニ行ハレタリ、
不知君向後城キ上ゲタル工夫ノ效果ハ果シテ能ク
此後ノ形見ヲシテ君カ死後天下ニ行ハレシムルニ至ルヤ
――〔執筆者不明〕) p10/317
https://dl.ndl.go.jp/pid/2977663/1/9
解説 塩田庄兵衞
幸徳秋水の自筆の日記が、三種類現存している。
本巻に収めた『後のかたみ』『時至録』および
『記事(渡米日記 他)』がそれである。
『後のかたみ』
幸徳秋水が、十七~十八歳のころ、
大阪および東京で中江兆民の書生に
住みこんでいた時期の日記で、
今日までに発見された彼のもっとも
若いときの作品である。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2977663/1/300
なお、原本の上欄に、
ところどころ朱筆で書き込んである感想・批評は、
印刷の体裁上本文中の適当な箇所に挿入した。
筆跡は同一人であり故・幸徳富治氏は
横田金馬のものであろうと推定しておられたが、
確証がないので〔執筆者不明〕としておいた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2977663/1/302
幸徳秋水全集 第九巻(第六回配本)
昭和四十四年十二月十日
定 価 二〇〇〇円
編 者 幸徳秋水全集編集委員会
発行者 藤原正人
印刷所 株式会社 精興社
製本所 株式会社 松岳社
発行所 株式会社 明治文献
東京都豊島区池袋二ノ一〇七〇ノ四〇一
電話・東京(03)984-0521
振替・東京三六二九〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/2977663/1/314
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